第2話 招かざる毛玉

 魂狩りソウルハンターとして、悪霊化した魂を追って惑星中を渡り歩くブロムに、生き物を愛でる意思は皆無だ。

 だか、何を思ってか、毛玉は一目散にブロムの足元へ転がり、フンフンとブーツの臭いを嗅ぐ。小さな舌を出し、へっへと息をしては、ブロムを見上げて短い尾を千切れんばかりに振った。

「イヌか」

 呟けば、毛玉はキャン、と鳴く。ブロムの足元をグルリと周り、再び濡れた目で見上げて舌を出す。

「悪いが、他をあたってくれ」

 魂に取り憑かれていないただの仔犬に、用はない。

 まだ日暮れには時間があり、街道はたくさんの人が行き交っていた。客観的に見て愛らしい部類に入る仔犬を旅の供に迎え入れたい人に出逢う機会はいくらでもありそうだ。

 踵を返すブロムの背に、物悲しい鳴き声がきゅうんと縋った。

 構わず、ブロムは先へ進んだ。

 街道沿いには、魂狩りのギルドがいくつかある。魔石に取り込んだ魂の査定をしてもらい、見合った額の報酬を受け取って、次の仕事を紹介してもらう。それが、ブロムの日常だった。

 魂狩りとなって、もうすぐ10年になる。

 最初は、精神力を刃に変換することも思うように出来ず、危ない目にも遭った。人々の冷たい視線や罵詈雑言、嫌味にくじけそうになったこともある。

 だが、気がつけば、魂狩りとして階級を上げ、どこのギルドでも顔を知られるようになってしまった。

 それも、あと数年の間だろう。歳をとり、30を越えれば体力も落ちてくる。それまでに、ブロムにはやり遂げたいことがあった。

 ふっと息を吐いた刹那、目の端で何かが動いた。ハッとして身構えた先で、砂色の毛玉がチロチロと尾を振った。

 付いてきていたのか。

 舌打ちし、ブロムは足を速めた。極限まで歩幅を広げ、乾いた砂を蹴散らかせながら、人の間をぬってドカドカと進む。眉を顰められても気にせず、荷車の脇をすり抜ける。

 引き離せたかと振り返れば、仔犬は毛むくじゃらの短い足を懸命に動かし、後を追っていた。余裕などないだろうに、ブロムと目が合うと首を傾げ、ご丁寧に尾を振る。

 こうなれば、走るしかない。

 人の流れが途切れる箇所を見極め、踏み出そうとしたブロムの背後で、仔犬の悲鳴が上がった。旅人の足に蹴り上げられた毛玉が宙に浮く。

 旅人に悪気はなかったのだろう。だが、集まる非難の視線に、男は不必要な悪態を吐いた。

「ったく、危ないだろ。足元をチョロチョロと。しつけの悪い飼い主だな」

 あらぬ疑惑を向けられた年配の女性が、顔を強張らせ、被りを振る。

 ブロムはため息をついた。うつむき、それでも小さな足を踏ん張ってよろめき歩く仔犬を両手に抱えあげると、男に頭を下げた。

「悪かった」

 男はなにかを言いかけたが、ブロムの頬にある珠花のタトゥーを見ると、顔を顰めて立ち去った。

 人々は、何事もなかったようにそれぞれの道に戻った。

 ブロムは、もう一度ため息を吐いた。

 腕の中の仔犬は、安心した顔でブロムの手に湿った鼻面を擦りつけてきた。


(#novelber 2日目お題:吐息)

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