魂狩りブロムと魔石の技術
かみたか さち
第1話 女魂狩りブロム
後ろ足で立ち上がった獣は、頭が二階建て家屋の窓に達するかという巨体だった。どす黒い双眼を怒らせ、迫ってくる。横に広げた口から咆哮と共に荒く吐き出された生臭い息は、辺りにねっとりと留まり、ブロムの、女性ながら逞しい身体にまとわりついた。
満身創痍の獣に取り憑いているのは、悪霊化した人の魂だ。未練を残し、自然の理に背いてこの世に留まりすぎた魂は、岩が風化するように理性を風化させ、悪霊と化す。それが、この惑星の常識だ。
悪霊に取り憑かれた獣は、かなり弱っていた。悪霊が抱えた未練が憎しみとなり、散々、操られ、振り回されたのだろう。今更、解放してやっても助からない。
かといって、取り憑かれたままにするわけにもいかなかった。
振り下ろされたけ毛むくじゃらの手が、また一つ、屋台をなぎ倒した。運悪く獣の爪に当たってしまった少女が、うずくまった体をさらに縮めて、飛び散る木屑から逃れようとする。本来なら夕餉の食材を求める客で賑わう市場の中心に設けられた広場は、恐怖と嫌悪、意地の悪い好奇心で満ちていた。
舌打ちをし、ブロムは噛み締めた歯の間から息を吐き出した。頬に刻まれた、
深く息を吸い込めば、獣臭さに眉を顰めたくなる。我慢して、ゆっくりと腰にさげた剣の柄を構えた。
「おい、刃がないじゃないか」
せせら笑う声も、聞こえないふりをした。
内心舌打ちをして、柄を握る手に神経を集中させる。胸の内に灯った熱が、次第に全身へ広がり、掌へと流れ込む。呼応するように、柄を飾る魔石が白い光を放った。
魔石に凝縮された魂の力が、渦巻き、柄を震わせた。
「彷徨い囚われた数多の魂よ。我の声に従い、我を助けよ」
わざと、言わずともよい決め文句を放つ。
言い終わると同時に、柄から一条の光が伸びた。一振りすれば、光は透き通る刃となり、風を切る。
どよめきに心のうちでほくそ笑み、ブロムは地を蹴った。マントをはためかせ、高く飛び上がり、中振りの剣を獣の頭上に振り上げた。
咆哮をあげる獣の全身が、眩く光った。鼻先を天へ向け、苦しそうに悶える。蠢く影が固まり、動かなくなった。
弱まる光は煙のように渦を巻き、とぐろを巻いてブロムの刃に絡みつく。強靭な光を帯びていた刃は、光に包まれ、輪郭を溶かしていく。混じり合った二つの光は次第に細く収束すると、魔石へ吸い込まれていった。獣に取り憑いていた悪霊は浄められ、次の機会にブロムを助けてくれるだろう。
広場には、静寂が満ちていた。人々は言葉を失い、口を半開きにして獣を見上げていた。硬直した獣の肉体が、ゆっくりと傾ぐ。覆いかぶさる影に、慌てて逃げ惑うのは、先程ブロムに嫌味を浴びせた男だった。
密かに舌を出し、ブロムはマントを翻した。
惑星間貿易船が、淡い空を横切る。静かなモーター音を聞きながら、無言で立ち去る。
用済みの魂狩りに声をかける者はいない。助けられても、感謝されることもない。人々は魂狩りを疎み、恐れ、忌み嫌いながら必要としていた。
冷たさを含んだ秋の風に、ブロムはマントの襟を引き上げた。獣臭さが染み付いている。顔を顰め、町の出口である門をくぐった。門番が口を引き結び、刃のない剣をさげた女魂狩りを見て見ぬふりを決め込む。
ふと、かすかな気配を察してブロムは足を止めた。
『気のせいか』
感覚を研ぎ澄ませて辺りを窺うが、悪霊化した魂が近くに浮遊している様子はない。
代わりに、か細く、頼りない、鼻を鳴らす声を聞きつけた。門の脇の浅い窪みで、小さな毛玉が動いていた。砂とすっかり同化した毛玉は、モコモコと動くと顔を上げた。つぶらな黒い瞳が、ブロムの藍色の目を真っ直ぐに見上げていた。
(#novelber1日目お題:門)
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