第27話 首都解放
「ええーい、殺せ!!」
日虎の狂気の声が響き、傭兵たちが機関銃の引き金を引こうとした刹那、京吾の右手から、青白く光る拳大の玉が彼らに向かって放たれた。
青白い玉は、日虎たちの頭上で爆発し、真っ白な冷気を拡散させたかと思うと、彼らを一瞬で凍らせてしまった。太極拳奥義“極冷玉掌”である。
「両陛下をお護りしろ!」
京吾が叫ぶと、スミス達は我に返って機敏に動き出した。
「華子、大丈夫かい?」
京吾が、笑みを湛えながら華子の手を取った。
「京吾、あなた死んだんじゃ……」
「これは防弾スーツだ。銃弾のショックで気絶していただけだよ。お陰で記憶も戻った」 華子は、色んな思いが込み上げて来て、京吾に抱きついていた。
「嫌な思いをさせてごめんよ」
華子は、京吾に抱きしめられながら、彼の心の中に、愛する自分が戻った事が嬉しくて、涙が止まらなかった。
「華子!」
二人が振り向くと、天皇と皇后が駆け寄って来た。
「お父様、お母さま!」
両陛下は、華子を優しく抱きしめ、京吾の働きを労った。
京吾は、仮死状態の日虎たちを“日輪掌”で溶かして全員を縛り上げた。
「よし、退却だ。トラックの準備は出来ているか、日虎達も連行しろ!」
彼らは、自衛隊のトラック四台を連ねて、坂下門に向かった。そこでは、自衛隊がバリケードを置いて検問していた。
傭兵に化けた、スミスが彼らと応対した。
「日虎様の命令で、捕虜を赤坂御所に搬送する。通してくれ」
「念のため荷台を改めさせて下さい」
「急いでいるんだ。日虎様の逆鱗に触れても知らんぞ!」
スミスが兵士を一喝した。
「……わ、分かりました。お通り下さい」
怯んだ兵士を睨みながら、スミスが車を出そうとすると、荷台の方から「助けて……」と、呻くような声が漏れた。
「いまのは何です! 荷台を改めます。車を降りて下さい!」
兵士がスミスに銃を向けると、門を固めていた二十人程の自衛隊員が、銃を構えて集まって来た。
「まずいな。京吾頼む」
スミスが、助手席の京吾に呟いた。京吾は、何も言わずにトラックを降りると、“極冷玉掌”を駆使して、彼らの銃を凍らせ、地面を凍らせて身動きできなくした。
「行こう!」
京吾が飛び乗ると、トラックはバリケードを突き破り、猛スピードで走りだした。
だが、交差点を左折した瞬間、十数両の戦車が道を塞いでいるのが、彼らの目に飛び込んで来たのだ。トラックは急停車して、反対側へUターンしようとしたが、バックミラーには、後方から猛然と迫って来る別の戦車部隊が映っていた。挟み撃ちである。
「突っ切れ!!」
京吾はそう指示すると、窓から運転室の上によじ登り、その上に立った。
戦車部隊に向かって疾走する四台のトラックに、戦車の主砲がググっと照準を合わせた。
そして京吾は、トラックの運転席の上で、煌々と輝く最大級の陽の玉を作り出していた。最強奥義“日輪掌”である。
辺りを真昼のように明るく照らす謎の光源に、戦車軍団は度肝を抜かれたように動きを止めた。
「京吾、殺しちゃだめよ!」
助手席の窓から、華子が顔を出して叫んだ。
「分かっている」
京吾は、その陽の玉を前方の戦車部隊に向かって放った。京吾が操る陽の球は、輝きを増しながら戦車部隊に近づいたかと思うと、次々と主砲を破壊していった。
全ての主砲を破壊した陽の玉は、後方の戦車部隊の方に飛んで行き、その数十メートル手前の道路に激突して大爆発を起こした。凄まじい閃光が走り、巨大な爆炎は魔王のように天を焦がした。
道路には直径三十メートルほどの大きな穴が開いて、戦車部隊は爆風でひっくり返っていた。その途轍もない威力を目の当たりにした前方の戦車部隊は、恐れ戦き道を開けるしかなかった。
「何という破壊力なんだ……」
“日輪掌”の真の力を見せられ、スミス達も目を見張った。
「さあ、帰ろう」
屋根の上から、京吾の声がした。
彼らの乗った四台のトラックは、包囲網を突破して横須賀基地へと疾走していった。
助手席の京吾は、いつの間にか華子に寄りかかって、眠り込んでしまっていた。奥義の使いすぎで、体力を消耗してしまったのだ。
華子は、京吾の背中に手を回し、抱き寄せながら、その額に優しいキスをした。
「お疲れ様、あなた」
翌日、華子は米軍に護られながら、戒厳令下の東京へと入って行き、トラックの上から、自衛隊と警察に対し戒厳令を解除するよう訴えたのである。その模様はテレビで全国に放映されていた。
「総理の一条です。日虎のクーデターは失敗に終わりました。両陛下始め、全ての人質は解放され、首謀者たちは全員逮捕されました。最早あなた方がやっている事は何の意味もありません。速やかに武装を解除して、自分達の基地へ戻って待機して下さい!」
トラックの荷台には、縛り上げられた日虎たち首謀者の面々が晒されていた。最初は動かなかった自衛隊も、日虎たちの姿を見せつけられて状況を悟り、徐々に東京を離れていった。
道路をはじめとする交通網や、テレビや電話、ネットなども全てが復旧し、都民は三日ぶりに解放され、外の空気を吸うことが出来たのである。
華子は、クーデター事件の全容解明の為の委員会を立ち上げた。自衛隊と警察の再編など、やらねばならぬ事はあまりにも多かったが、一条政権が復活した事で、世界は胸をなでおろしていた。
クーデターから一週間が過ぎて、華子と京吾は、総理公邸で久しぶりに二人で休むことが出来た。クーデターの後処理などで、時間は既に零時を回っていた。二人は互いのベッドに腰を掛け見つめ合っていた。
「あなたは私だけじゃなく日本を救ってくれた。お礼の言葉も無いわ」
「夫が妻を助けるのは当たり前のことだ。気遣いは無用だよ」
「国としても、貴方を何かで顕彰したいという意見も出ているの」
「それなら、米軍の海兵隊の連中に何かしてやってくれ。彼らがいなければ今回の作戦も成功しなかったからね」
「検討するわ。あなたは本当にいいの?」
「ああ、必要ない。僕には君という最愛の妻がいる。それ以外に求めるものは無い」
「嬉しい!」
華子は目を輝かせて京吾に抱きつき、キスをせがんだ。そこには、一国を背負う、気丈な女性総理ではなく、一人の男を愛する可愛い女性がいた。
二人は、互いの心からの愛を確かめ合った。
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