第26話 敵地潜入

その日の夜、京吾達五十名の海兵部隊は、夜陰に紛れて皇居を目指していた。

 彼らは、装備を詰めた大きなリュックを背負い、敵の目を逃れながら、皇居近くの高層ビルの屋上に集結した。

 京吾の合図で、彼らはリュックからハンググライダーの部品を取り出し、見る間に、真っ黒な小型のハンググライダーを完成させた。


「何が何でもこの作戦は成功させる。そして、全員生きて帰るんだ。降下開始!」


 京吾の声が無線を通して響くと、彼らはムササビのように夜空に舞い、風に乗った。

 大勢の自衛隊員を眼下に見ながら、闇と一体化した五十体のハンググライダーは、音も無く皇居の林の中へと降下していった。


 地上に降りた彼らは、見張りに立っている敵の兵士達を、物音もたてずに倒しながら侵攻し、主要な建物の機械室に忍び込んで、空調設備に麻酔ガスを流した。


「麻酔のタイムリミットは一時間だ。それまでに全てを終わらせる。突入!」


 京吾の合図で、ガスマスクを装着した彼らは、正殿の玄関から手慣れた動きで侵入し、回廊を渡って竹の間に一気に進むと、そこには十数名の大臣達が囚われていた。

 催眠ガスで寝ている彼らを外へ運び出し、尚も、松の間、梅の間へと進んだが、ここには数十人の敵の兵士が倒れているだけだった。

 そして、最後の部屋、豊明殿の扉を開けると、日虎の親衛隊である大勢の傭兵達が倒れていて、此処が日虎の本部だと分かった。


 京吾が先行して、注意深く一歩部屋に足を踏み入れた瞬間だった。

 眠っているはずの傭兵達がむっくりと起き上がり、銃口を京吾達に向けたのだ。その顔にはガスマスクが装着されていた。


「罠だ、伏せろ!!」


 京吾の叫びと共に、敵の機関銃が一斉に火を噴いた。京吾は後方の仲間を護ろうと両腕を広げて仁王立ちとなったが、無数の弾丸を身体に浴びて、たまらず、前のめりに倒れ込んでしまった。

 スミス達海兵隊は、床に伏せながら後退りして、ドアの外から応戦した。

「京吾! 大丈夫か!?」

 スミスが大声で呼び掛けたが、入口から二メートルほどの所で俯せに倒れている京吾からの返事は無かった。


 壮絶な銃撃戦が暫く続いていたが、突然、中からの銃声がピタリと止んだ。スミスが不審に思い、味方に発砲を止めるよう合図すると、中から誰かが叫んだ。


「銃を捨てて投降しなければ、一条総理の命は無いぞ!」


 スミスが恐る恐る中を覗くと、正面の壁際の真ん中付近で、華子が椅子に縛りつけられ、傭兵の銃口が彼女の頭に突きつけられていた。

「くそっ!」

 スミス達三十数名の海兵隊は止む無く銃を捨て、両手を上げて豊明殿の中へ入った。彼らは、右側の壁に横一列に立たされた。

 反対側の壁には、日虎の傭兵部隊が防毒マスクを取って銃口を向けている。その数約四十名。


 床に倒れている京吾は、警護用の防護服に防毒マスクをしたまま動く気配は無く、華子もそれが京吾だとは気付いていない様子だった。

「ふん、飛んで火に入る何とかだな。儂も甘く見られたもんだ。丁度良い、此処で華子様に死んでいただこう。交戦中の事故と言えば誰も疑うまい。それ、華子を引き立てろ!」

 傭兵たちが華子の腕を無理矢理掴んで、海兵隊が並んでいる壁際に連れて行った。

「華子様!」

 スミス達が思わず、無念の声を上げる。


「京吾は居ないの?」


 華子の問いにスミスは、倒れている京吾の方を見て、あれがそうだと目で合図した。

「京吾! ああ、そんな……」

 華子は、力が抜けたようにその場にしゃがみ込み、倒れている京吾を見つめた。スミス達は、そんな彼女を無言で取り囲んだ。

「ふん、その人間の盾がいつまで持つかな?」

 日虎が顔を歪めて、せせら笑う。


「こんな面白い余興は無い。俺たちにも撃たせてくれ」

 そう言って、傭兵から機関銃を受け取ったのは、元防衛大臣の武田、元官房長官の虻島、陸上幕僚長の岩鬼、航空幕僚長の龍、海上幕僚長の磯川、元警察庁長官の犬山、官房長の犬田などクーデターの黒幕達七名だった。彼らの目は、既に常人の目ではなく、狂っていた。

「よし、俺にも銃をよこせ。両陛下も連れて来い。儂に逆らえばどうなるか見せつけてやるんだ!」

 日虎が銃を取って、彼らの中央に並んだ。


 その時、先ほどの銃声を聞きつけた、数十人の自衛隊員が、緊張した面持ちで駆け付けて来た。

「何があったんです?」

 将校らしい一人が訪ねた。

「心配は要らん、侵入者は捕らえた。自衛隊は持ち場を離れるなと皆に伝えろ!」

 日虎の一言で、自衛隊員は安心して帰っていった。


「日虎様、これだけの女、只殺すには惜しいとは思いませんか。たっぷりと可愛がってやらねば」

 ふしだらな笑いを浮かべたのは、陸幕長の岩鬼だった。

「岩鬼、皆の前で華子を犯す度胸があるのか?」

「お任せください。必ず彼女を喘がせて見せましょう」

 岩鬼が銃を兵士に渡し、制服の上着を脱ぎ捨てると、鍛え上げられた筋肉質な身体が現れた。彼はスミス達を押しのけ、華子に近寄ると、いきなり腕を取った。

「無礼者!」

 華子のビンタが飛んで「パシッ!」という音が部屋に響いた。だが、岩鬼は不敵な笑いを浮かべながら華子を無理矢理押し倒し、その上に覆いかぶさった。華子が岩鬼を睨みつけ、あがこうとしたが、彼の剛腕に押さえつけられて動くことが出来なかった。


「華子様!」


 スミス達が怒りで震える顔で口々に叫ぶ。彼らは、岩鬼がこれ以上の行為に及べば、隠し持った短剣で、岩鬼を刺すつもりでいたのだ。


 そこへ、両陛下が傭兵達に連れて来られ、華子の姿を見て悲壮な声を上げた。

「止めなさい! それでも人間か? 殺すなら私を殺せ!」

 両陛下が、必死の形相で華子の傍に行こうとしたが、傭兵たちに引き戻されてしまった。


 岩鬼の右手が、華子のスカートに差し入れられ、スミス達が短剣を抜こうとした、その刹那。

 オレンジ色の細い光が、シュッと岩鬼の方に飛んだかと思うと、彼の右腕を瞬時に貫いた。


「ぎゃあぁ!!」


 岩鬼が悲鳴を上げて、血が噴き出る腕を押さえながら転げまわる。華子は起き上がり、スミスの傍に走り寄って、何が起きたのかと振り向き、目を見開いた。

「お前達、何をした!」

 日虎が、スミス達を睨んで銃口を上げる。


「日虎! 俺の妻に何をしようというんだ?」

 

「だ、誰だ!」

 日虎が、怪訝な顔で声のする方に目を向けると、床に倒れていた京吾が、むくっと起き上がり、マスクを外して日虎を睨みつけた。

 彼の鋼鉄の左手には、ビー玉大の小さなオレンジ色の炎の玉が輝いていた。それは、太極拳奥義“火炎玉掌”のミニ版だった。通常の“火炎玉掌”では破壊力が凄まじ過ぎる為、最小の炎の玉を作り、高速で岩鬼の腕を貫いたのだ。


「貴様何者だ!」

 日虎が、今にも機関銃の引き金を引きそうな勢いで叫ぶ。


「俺は華子の夫、一条京吾だ! 日虎、今日こそ決着をつける!」

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