第25話 日虎牙をむく

その夜、眠らぬ街東京に、次々と異変が起きた。テレビやラジオ放送が突然止まったかと思うと、携帯電話が通話不能になり、ネットも繋がらなくなった。

 唯一放送されていた、NHKのテレビでは、

「東京に戒厳令が敷かれました。外出は出来ません。外にいる人は直ぐに家に戻って下さい。これに従わぬ者は射殺されます!」

 と、アナウンサーがひきつった顔で、オウムのように繰り返していた。 

 街の至る所に、銃を持った自衛隊と警官隊が大挙押し寄せて来て、都民に家に帰るよう促した。指示に従わぬ者には銃で威嚇射撃を行い、暴力を振るった。それでも聞かぬ者は射殺されたのである。


「そんな馬鹿な……」


 その光景を見ていた人々は、顔色を変えて逃げ散った。

 道路、鉄道、飛行機など全ての交通網は遮断され、やがて、大都会東京から、人影が消えた。

 都民は、この街で何が起きているのかと不安を募らせたが、自衛隊の銃の前になす術もなく、家に引きこもり沈黙するしかなかった。


 

 戒厳令の東京に朝が来た。京吾は父の会社の倉庫の一室で、海兵隊仲間から報告を受けていた。彼らは、ドローンで撮影したという映像を見せながら説明した。

「今、東京には約十万人の自衛隊員と警察官が集結しているようです。攻撃ヘリや装甲車、戦車部隊までも動員して、都内の放送局、政府機関、都庁などを完全に制圧しています。華子様始め政府高官も拉致され、皇居周辺も、おびただしい自衛隊員や警察官で包囲されていますから、天皇陛下も拉致されたと思われます。

 この陣容を見ると、日虎達は皇居を本部としているように思えます。華子様も皇居に囚われている可能性が高いです」

「自衛隊や警察を、日虎はどうやって動かしているんだ?」

「まだそこまで調べはついていませんが、全ての通信網、交通網が遮断されているので、情報が入らないのが現状です」

「ともかく総理の奪還が第一だ。彼女がいないと、日虎に対抗する勢力を立ち上げられないからな。何かいい案は無いか?」

 京吾達は、華子奪還の計画の立案に余念が無かった。


 その日の正午、NHKテレビで緊急放送があった。後方中央に、正装した天皇皇后両陛下が厳しい顔で座っており、その前に、日虎元総理、元防衛大臣の武田、元官房長官の虻島、陸上幕僚長の岩鬼、航空幕僚長の龍、海上幕僚長の磯川、元警察庁長官の犬山、官房長の犬田など八名が並んでいた。

 日虎はおもむろに演壇に進み出ると、キッとテレビカメラを睨んだ。

「攻撃開始!」

 日虎が叫ぶと、映像が切り替わり東京都庁が映し出された。次に、はるか後方に待機していた、数十台の戦車部隊が映し出されたかと思うと、

「ズドドドドーン!!」

 その戦車砲が一斉に火を噴いた。

 天空にそびえる巨大な都庁ビルに、次々と砲弾が炸裂して、見るも無残に破壊されてゆく。更に容赦ない砲撃が続くと、三つの庁舎は轟音と共に崩れ去った。巨大な噴煙が辺りを覆い、その後には、瓦礫の山だけが残っていた。


 映像は、再び、日虎の姿を映し出した。

「見ての通り、自衛隊と警察は、この日虎の指揮下にある。よって、一条政権を破棄し、新たな日虎政権の樹立をここに宣言する! 一条総理始め各大臣は、国を乱した罪により逮捕監禁中である。早々に裁かれるであろう。我々は天皇陛下を中心とした新たな天皇制に移行する準備を進めている。今後は、米国との安全保障条約を破棄し、日本独自の軍隊を増強して、世界のリーダーシップが執れる強国を目指していきたい。この為、核爆弾と搭載ロケットの製造を、防衛庁に指示した事を報告しておく。尚、この日虎に楯突く者は、誰人であろうと武力制裁を受ける事になるだろう。以上!」

 日虎のクーデター宣言である。彼は野望実現の為に、自衛隊と警察幹部には、自分の思い通りになる人間を登用して来たのである。そして、国民の反発を緩和する為、天皇を利用し、前面に押し出そうとしていた。

 この放送を見ていた国民は、日本という平和な国でクーデターが起こった事に驚愕した。そして、華子の叫んで来たことが正しかったことに、今更ながら気付いたのである。 

 世界はこの報道に驚き、日本の軍国主義の復活だとして、日虎政権を痛烈に批判した。



 夕方近く、京吾たちは東京を脱出して、米軍横須賀基地に身を寄せていた。

「この基地が制圧されていなくて良かった」

「まったくだ。近くに、戦車隊や攻撃ヘリを待機させて、我々を牽制しているようだが、日虎も馬鹿ではない、攻撃はして来ないだろう。今、アメリカを相手に戦争しても、勝ち目が無いことくらい承知しているだろうからな」

 京吾と話しているのは、司令官のムーア大佐である。彼は、京吾が海兵隊に居た時の上官で、ハリス大統領から華子を護るよう命令を受けて、京吾に協力していたのだ。

「今、東京都民は買い物にも出られず、大変な状況にあります。そのうち、彼らは生きる為にスーパーなどへ殺到し、自衛隊と衝突するでしょう。そうなれば多くの犠牲者が出る事は間違いありません。恐らく三日が限度です」

「三日か……。とりあえず、第七艦隊の空母レーガンを呼び寄せてはいるが、総理や両陛下が人質では攻撃も出来ん。何か打開策は無いものかな?」

 ムーアは居並ぶ士官たちに意見を求めたが、発言する者はいなかった。

「司令官、私に五十名ほど兵を貸して頂けませんか?」

 京吾が真剣な目をムーアに向ける。

「京吾、何をしようと言うんだ?」

「人質を救い、日虎たち首謀者を捕まえることが出来れば、この戦いは終わります」

「お前の妻である華子様の事も心配だろうが、事はそう簡単にはいかん。日虎は、外国の傭兵部隊に護られているという情報も入っている。ましてや、数万の自衛隊が皇居を取り囲んでいるんだぞ」

「分かっています。ですが、私に勝算があります。是非やらせてください、必ず成功させて見せます!」

  京吾は、必死の思いでムーアに頼み込んだ。

「……お前に賭けてみるか」

 八方塞がりの中、ムーアは、兵士としての京吾の実力と運に賭けてみようと、頭を縦に振った。

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