第24話 華子攫わる
それから一月が経ち、京吾の怪我も順調に回復して、退院の日が来た。
華子は午前中の全てのスケジュールをキャンセルして、病院へ京吾を迎えに行った。
「華子さん、無理をしなくても自分で帰れたのに……」
頭の包帯も取れて、元気になった京吾が申し訳なさそうな顔をしている。
「何言ってるの、夫の退院に妻が駆けつけるのは当たり前でしょう。それに、今日は退院祝いにお母さまが昼食をご馳走してくださるそうよ」
「そうか、皆で食事なんて久しぶりだな」
京吾の顔が綻んだ。
「そうそう、スミスから聞いたんだけど、日虎が不穏な動きをしているようなの」
華子が荷物をカバンに詰めながら、思い出したように言った。
「そのようだね。あの日虎のことだから、また、何か良からぬことを企んでいるのだろう。僕も体力が戻り次第警護に復帰するけど、華子さんも今まで以上に気をつけた方が良いと思う」
京吾は、日虎が外国の傭兵たちを集めているという報告をスミスから聞いていた。日虎が、このまま泣き寝入りするような人物ではない事を知っている彼は、自分が復帰するまで何も起こらないでくれと、祈るような気持になっていた。
「総理官邸警護隊にも伝えておくわ」
華子は手際よく荷物を纏めると、SP達にも運んでもらって、物思いにふける京吾を急かせて病院を後にした。
京吾の実家では、彼の退院祝いの食事会が行われた。母の手作りの料理がテーブルの上に所狭しと並んでいて、スミスや松下などSP達と、秘書の令子も招待されていた。
「京吾退院おめでとう。一時はどうなるかと思ったが、お前の事だから必ず治ると信じていたよ。よく頑張ったね」
京吾の父が、満面の笑みをたたえて言った。
「父さん、母さん、心配をおかけしました」
「本当ですよ。私達が早死にしたらあなたのせいですからね」
母に言われて、京吾は苦笑いして頭をかいた。
「それにしても、華子様の事を忘れてしまうなんてねぇ」
母が、独り言のように言う。
「母さん、そうじゃなくて、華子さんと結婚した事を忘れたんですよ」
「同じ事じゃないの」
京吾も母には敵わない。令子達から笑い声が漏れた。
京吾は、終始笑顔で食事会を心から楽しんでいるようだ。そんな、めったに見せない京吾の幸せそうな顔を見ながら、華子も嬉しさが込み上げて来るのだった。
数日後、京吾は総理公邸に引っ越した。彼は、忙しい華子のフォローをしながら、一日も早く華子の警護に復帰したいと、太極拳の技に磨きをかけていた。だが、彼の太極拳の最強奥義である“日輪掌”は、今の京吾の記憶には無かった。
そんな忙しくも穏やかな生活が続いていたある夜のこと、京吾が所用で実家に帰っている時に事件は起きた。
十一月二十九日午後九時、総理官邸の執務室では華子が机に向かっていて、数名の事務職員もまだ残っていた。
華子が一息入れようと立ち上がったその時、「ズズーン!」という爆発音と共に、建物が激しく揺れた。
「スミス、今の音は何なの?!」
華子は、部屋の外に控えているスミスに、ドア越しに聞いた。
「すぐに確認します。華子様は動かないでください」
スミスは、部下に一階の様子を見てくるよう指示して、他の者と執務室の入り口を固めた。
暫くして、様子を見に行ったSPが顔色を変えて走って来た。
「大変です! 玄関が爆破され、五十名ほどの武装した兵士が機関銃を撃ちながら乱入して来ています。只今、官邸警護隊と交戦中です!」
緊急事態の発生に、スミス達は華子を護りながら秘密の脱出通路を通り、車を置いてある地下駐車場へと急いだ。だが、ドアを開けたそこには、待機しているはずの数人のSPは倒されていて、代わりに、十名余りの正体不明の武装兵士が機関銃を構えていたのだ。
彼らは、スミス達の銃を取り上げ手錠で拘束すると、華子を拉致して何処かへ連れ去ってしまった。
その頃、京吾は、家での用事を終えて、車で総理官邸に向かっていた。途中、日頃は見ない、多くの自衛隊の軍用車両と擦れ違った。彼は胸騒ぎを覚えて、総理官邸へとアクセルを踏んだ。
官邸に着いた京吾は唖然とした。玄関は大きく破壊されていて、十名程の警護隊の死体が転がっていた。そして、そこかしこの壁には、夥しい数の弾痕が残っていたのだ。
彼は華子の執務室に駆けあがったが、そこには誰も居なかった。秘密の通路を通って地下駐車場に出ると、スミス達が倒れているのを発見した。
「スミス、大丈夫か!?」
京吾が抱き上げ揺り起こすと、スミスは目を覚ました。彼は、頭を銃で殴られて脳震盪を起こしていただけだった。
「京吾、すまない。……華子様を奪われてしまった」
「何だって!」
京吾の顔から、サッと血の気が引いた。
「これだけの事件が起きているのに警察が来ないのは変だ。これはクーデターかもしれない。スミス、仲間に連絡して華子さんの行方を捜索するよう伝えてくれ!」
「ラジャー!」
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