第22話 大型台風来る

 狙撃事件から数日が経ち、京吾の様態が安定した時点で、華子は選挙戦に復帰していた。

 そんな、投票一週間前となった九月七日の未明に、大型台風が九州を襲ったのである。この台風は最大瞬間風速七十メートルと非常に強く、家屋の倒壊、停電、高波による浸水などの被害が九州西部に集中していて、中でも鹿児島県の被害は甚大だった。

 華子は、京吾の病室のテレビで、その惨状を見ながら唇を噛んでいたが、思い切ったように言った。

「京吾、私、九州へ行くわ!」

「……気持ちは分かりますが選挙戦はどうするんです、今が一番大事な時なんでしょう?」

 京吾がベッドの中から怪訝そうな顔を覗かせた。彼の記憶はまだ戻っておらず、華子の事を華子様と呼んで、二人が結婚している事さえ忘れてしまっていた。

「苦しんでいる人に手を差し伸べるのが、国会議員というものでしょ。この戦いは何としても勝たねばならないけど、私は、被災地の惨状を手をこまねいて見ている事は出来ないわ」

「言葉よりも行動が、貴女の信条ですもんね」

「その通りよ。暫く留守にするけど大丈夫?」

「一緒に行きたいけど、この身体ではね。いつの間にか左腕迄無くなっているし……」

 京吾が、肘から先が無い左腕をしきりに見つめている。

「元気になったら、いくらでも一緒に居られるわ」

「そうだね、僕は華子様の護衛官だから何時も一緒だ」

「……」

 華子は嬉しそうに微笑む京吾に作り笑いで答えた。



 華子はホテルへ戻ると、幹事長の西郷と電話で話し合った。西郷自身、鹿児島の実家が被災していたにも拘らず、東京で懸命に指揮をとっていたのだ。


「何ですって! 選挙の真っ最中ですよ。それも、あと一週間という大事な時に、党首である貴女が戦線を離脱するなんて無茶というものです!」


 あまりの事に、西郷の声は上ずっていた。

「無茶は承知の上です。国民が苦しんでいる所へ行って、寄り添うのが我が民衆党の心ではないですか?」

 暫く押し問答が続いたが、結局、華子に押し切られ、西郷は彼女の鹿児島行きを認めるしかなかった。


 次の日、華子は警護の者八人を伴って鹿児島に向かった。空路、隣県の宮崎空港まで飛んで、そこから鹿児島へ車を飛ばした。彼らは、途中、電柱の倒壊で国道が塞がれていたり、交通渋滞に巻き込まれたりしたが、悪戦苦闘の末に、やっとの思いで鹿児島県庁に辿り着くことが出来たのである。


「現在、自衛隊、消防、警察、自治会等に働きかけて、被害状況を確認中です。海岸付近では高波による浸水が激しくて被害状況は掴めていません」

 華子は、県知事と連携をとって対応を検討し、連絡係として松下隊長を県庁に残して、特に被害が大きい海岸付近へと向かった。

 十五メートルの高波が襲った地域では、家屋の倒壊や浸水が起こり、低地では今も二階まで水に浸かっている所も少なくなかった。華子たちはゴムボートを使って、一軒一軒浸水家屋に人が居ないかを確認して回った。殆どの人は避難して無事だったが、一人暮らしの老人が取り残されていたり、逃げ遅れて溺死した遺体もあった。屋根やベランダから救助を求める人達も居た。

 そうした救助活動をしながら、一日目はあっという間に終わってしまった。

 県庁に戻った華子は、九州各県の同志と連携を取りながら、援助物資などの手配を東京にいる令子に依頼した。令子は財団のお金を使って、九州各県に援助物資を送り続けた。



 二日目には、昨日、華子が政府に申し入れた自衛隊の本格投入が始まり、救助活動は一気に進んだ。

 又、幹線道路を暫定工事で開通させると、物資を積んだトラックが続々と入って来るようになった。

 電気の復旧工事が夜を徹して行われるようになり、被害の全容も見えて来た。

 それによると、死者行方不明は、九州全土で二百人を越え、床上浸水は数万戸に、家屋の全半壊は五千軒を越え、非難者は十万人に達していた。

 華子は、政府に働きかけ、これらの諸問題に対応を迫ったが。政府の対応は遅かった。

「日虎は何故現場に来ようとしないの!?」

 華子は吐き捨てるように言って、虚空を睨んだ。



 三日目に入ると、華子は県内に数百ヵ所ある避難所に顔を出して皆の要望を聞き、一つ一つ実現していった。華子の顔を見た被災者は一様に驚き、彼女の励ましを受けると歓喜した。

 中には、選挙用のパフォーマンスではないかと白い目を向ける者もいたが、誠心誠意励まし続ける彼女の振る舞いに、彼らも感謝の思いに変わっていったのである。


 悪戦苦闘しながら、人知れず被災者の為に黙々と働き、手を取り共に泣いてくれる華子の姿は、彼女のドキュメントを取っていた一人のカメラマンによってテレビに流れ、やがて、ネットでも世界に拡散された。

 国民は、この華子の活躍を目の当たりにして、その姿に感動した。そして、「九州を救え!」と支援の大波が全国に広がっていったのである。


 次の日には、民衆党の候補者三百人が我先にと九州に集結していた。彼らは、華子の姿に涙して、自分達の意志で被災地へと飛び込んで来たのである。彼らはボランティアと一緒に真っ黒になって、被災家屋の清掃などに精を出した。

 選挙戦最終日、華子と民衆党の候補者は、被災者への打つべき手を全て打って、自分の選挙区へ意気揚々と帰っていった。彼らの顔は誇らしく輝いていた。


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