第19話 死闘、関門トンネル

「京吾!!」


 華子の甲高い声がトンネルに響き、駆けだそうとする彼女を皇蘭が止めた。

 すると、瓦礫の中から、誇りまみれになった京吾がむっくりと起き上がり、ぶるぶると埃を払った。

「いつ天井が崩れるか分からないぞ。今の内に歩いて瓦礫を越えよう!」

 京吾の元気な声を聴いて、華子は胸をなで下ろした。

 彼らが、瓦礫をよじ登って反対側の道路に下りた直後、皇蘭が凍らせた濁流の壁が崩れ一気に溢れ出したが、崩落した瓦礫の山が防波堤となって濁流を押しとどめてくれた。

「早くトンネルを出よう!」

 京吾は皆を先導してトンネル内を進んだ。ヘルメットのヘッドライトを頼りに、真っ暗闇の中を歩く内、何時しか京吾の手を華子が握っていた。二人は、互いの手の温もりを感じながら、心を通わせていた。


「トラックだ。助けを呼ぼう」 

 前方に大型トラックが三台、ヘッドライトを点して止まっているのが見えた。

 京吾が手を振って近付こうとした時、トラックの影から数十人の軍団が現れた。それは、またしても死神達だった。


「伏せろ!」


 京吾が言い終わらぬ内に、機関銃の連射音がトンネル内に轟いた。彼は、華子の盾となって抱きしめ、その場に伏せた。

 皆が伏せたのを確認した京吾が、抱きしめている華子に視線を落とすと、彼女は真っすぐに京吾を見ていた。

「女王様、直ぐに終わらせます」

 ニヤリと笑った京吾が、伏せたまま握った右の拳を開いた瞬間、小さな炎の玉を次々と死神達に放った。それは、赤い光跡を引きながら彼らに着弾すると、戦闘服を燃やし、機関銃を破壊し、トラックを炎上させた。

 炎に包まれ転げまわる死神達に、今度は、皇蘭の“極冷玉掌”が放たれた。冷気が凝縮された青白い玉が死神達の頭上で炸裂すると、彼らは、一瞬の内に真っ白に凍りつき、身動き出来なくなってしまった。

 五十人程居た死神達は、京吾と皇蘭のたった一度の攻撃で、ほとんど壊滅状態となった。


 京吾が破壊した三台のトラックが音を立てて燃え上がる中、宿敵大蛇がゆっくりと姿を現した。

「皇蘭、久しぶりだな。相変わらず綺麗じゃないか」

「あなたなんかに褒められても嬉しくないわ。一体、どこまで悪行を重ねれば気が済むの!」

「ふん、あんたまで出てこられちゃ俺に勝ち目は無さそうだが、悪には悪の意地がある。華子の命は必ず貰う。止められるものなら止めてみろ! 

 見よ、我が最終奥義“炎魔化身(えんまけしん)”!!」

 大蛇が修羅の如き顔になって叫んだ途端、彼の身体全体が赤く光り出したかと思うと、一気に火炎が噴出して火達磨となった。“炎魔化身”は、身体全体から火炎を放出する凄まじい技だが、我が身も焼き尽くす捨て身の技である。

「??何のつもりだ!」

「京吾、気をつけて、彼は死ぬ気よ!」

 火達磨になった大蛇は、京吾と皇蘭に向かって突進して来た。京吾たちが身構えた瞬間、大蛇の身体は宙に舞い、二人を飛び越して華子の前に飛び降りていた。

「しまった! 華子!!」

 京吾が叫び、大蛇の燃える身体が華子を抱きしめようとした刹那、横っ飛びに飛んだ皇蘭の“極冷玉掌”が、一瞬早く華子を凍りつかせた。

 真っ白になった華子を、火達磨の大蛇ががっしりと抱きすくめると、火炎は轟々と音を立てて燃え上がり、彼女を飲み込んでいった。


 皇蘭は、大蛇の火炎から華子を護る為に敢えて凍らせたのだが、このままでは大蛇の地獄の業火に氷は解かされ、焼け死んでしまうのは時間の問題だった。既に、華子の身体の表面を覆った氷が火炎の勢いに負けて溶け始め、シューシューと蒸気が噴き上がっていた。

「京吾、早く大蛇を引き離すのよ!」

 皇蘭の声を背中に聴きながら、京吾は大蛇の背中に回り込んだ。途轍もない熱気がジリジリと防護服を焦がす。


「京吾ーっ!!」


 京吾は、炎の中から、華子の叫び声が聞こえたような気がした。

(華子、直ぐに助ける!!)

 京吾は必死の形相で、業火掌の手刀【炎の刀】を使って、大蛇の両腕を瞬時に斬り落とし、二人の間に鋼鉄の左手を差し入れて強引に引き離した。

 大蛇は炎に包まれながら、仰向けにドッと倒れたまま動かなかった。


 京吾は、華子の焼けただれた防護服を急いで脱がせて、身体を揺さぶったが反応は無かった。彼は、顔に血の気の無い華子の胸に耳を当てて、心音を確認した。


「し……心臓が動いていない!」


 京吾が、青ざめた顔で皇蘭を見る。

「急激な温度変化に身体が対応できず、ショック状態になったんだわ。早く心臓マッサージを!」

 京吾は、皇蘭の助けを借りて必死に心臓マッサージを試みたが、華子は蘇生しなかった。

「京吾、気功波で衝撃を与えてみて!」

 京吾は言われるままに内力を貯め、気功波を華子の心臓目掛けて放った。

 ドクンと華子の身体が揺れて、数秒経って心臓が鼓動を打ち始め、やがて呼吸が戻った。

「ああ、良かった。華子、華子……」

 京吾が、泣きながら華子を抱きしめた。

「京吾……」

 華子は虚ろな目で京吾の顔を見ていた。遠くにサイレンの音が聞こえた。

 大蛇の身体は、彼の命の終焉を告げるように激しく燃え上がり、燃え尽きようとしていた。


 華子は二三日入院して自宅に戻った。その間、京吾が影の如く付き添っていた。

「私は、何があっても貴方を離してはいけなかったんだわ。京吾。私の警護に復帰してもらいたいの、夫としてもね。いいでしょ?」

 華子は机の中に仕舞っておいた離婚届を取り出して破り捨てた。この離婚届は、京吾が、万一犯罪者になった時、華子に災いが及ぶのを防ぐために送ったものだった。

「分かった。無茶をしないと約束するよ」

 二人は久しぶりに微笑み合った。

 

 関門国道トンネル爆破の事件は、国民に大きな衝撃を与えた。華子を狙ったテロとして政府も対応せざるを得なかったが、日虎が真実を世間に出すはずも無かった。首謀者は日虎本人だったからである。結局真実は、又しても闇に葬られようとしていた。

 だが、国民もここに来て、度重なる華子の襲撃事件が、日虎の指示によるものではないかと疑い始めていた。

 世界の各国も、日本政府の事件解決への対応の緩慢さを批判した。



 そうした中、終に、参議院選挙投票日を迎えた。華子と京吾は午前中投票を済ませると、夜には事務所に入ってテレビの開票速報に見入っていた。

 次々に入る当選確実の報に歓声が上がり、華子が当選の赤いバラを付けていった。


 零時過ぎには大勢が判明して、華子が率いる新党「民衆党」は七十二議席を獲得して、見事に大勝利することが出来たのだ。自改党は改選議席八十議席から四十議席へと大敗した。華子は、その夜は眠る間もなく、テレビへの出演やマスコミの取材に追われた。


 数日後、華子は、正式に「民衆党」の党首となった。

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