第18話 参院選突入

 本格的な参議員選挙の戦いが始まって、華子は、各種集会への参加、テレビ出演、ネットでの発信、街頭演説、そして全国の候補者支援と、一日のスケジュールはびっしりと埋まっていた。

 彼女は何処へ行っても、今の日本が危険な状況になりつつあることを力説し、日虎政権を徹底して糾弾していった。


 華子の事務所では、西郷の知人でもある高知の坂本竜也という頭脳明晰な男が、選挙参謀に抜擢されていた。それは、選挙参謀と華子の秘書を兼務していた令子が、秘書に専念できるようにとの西郷の計らいだった。

 そして、京吾の代わりに警護の任に就いたのは、皇蘭だった。京吾から依頼を受けた陽禅は、考えた末に娘の皇蘭が適任だと判断して、彼女を来日させたのである。皇蘭は四十を過ぎてはいるが、長身で凛とした美しさは見る者を魅了し、その名の如く女王の風格があった。当然、彼女の太極拳の腕前は、鈴麗の比ではない。


 皇蘭は、寝室など、男性には出来ない華子に密着した警護の担当となった。華子は、それが京吾の計らいである事は分かっていたが、断る事はしなかった。   

「皇蘭さん。ご一家でお世話になって申し訳ありません。京吾とは会いましたか?」

「彼、中国までやって来て太極拳の修行をしていったわ」

「修行ですか?」

「そう、貴女を護るために強くなりたいと言ってね。あの子の頭には、貴女を護る事しか無いみたい。許してやったら?」

「……」

 皇蘭は、それ以上京吾の事には触れなかった。

 

 一方、日虎は、次第に高まる華子への民衆の指示に、苛立ちを隠せなかった。

「一体、大蛇たち死神軍団は何をしているのだ! 何故小娘一人殺すことが出来ないんだ!」

「申し訳ありません。東京で事を起こすにはリスクが高すぎます。これからは、全国回りが主流となりますから、チャンスは多くなるかと。但し、私が襲われたように、総理の身に危険が及ぶかもしれませんがよろしいのですね?」

 左腕を手術で接合する事に成功した虻島が、汗をかきながら言った。

「それを護るのもお前の仕事だろうが。いいか、選挙はスキャンダルが命取りとなる。これからは徹底して華子の誠実なイメージを崩すんだ。何でもいい。嘘も百回言えば本当になるというからな。華子のスキャンダルを垂れ流せ!」 

「はっ!」


 それから数日後、華子の作られたスキャンダルが、週刊誌やネットで流されるようになった。その内容は、華子が夜な夜な男遊びに呆けているとか、京吾との不仲説、離婚説などが、まことしやかに書かれてあった。

 一気に溢れだした華子のスキャンダルに、国民は動揺を隠せなかった。


「華子様、これを放置する訳には参りません。出版社に抗議しましょう」

 選挙参謀の坂本竜也は、出版社に出向き厳重抗議したが聞き入れられず、止む無く裁判を起こした。

「相手がデマで来るなら、こちらは何処までも真実を語るだけだわ。京吾じゃないけど百倍返しよ!」

 華子は、デマや中傷など歯牙にもかける様子は無く、日虎打倒への言論闘争を、更に激化させていった。

 

 ある夜、華子の両親(天皇、皇后)から電話がかかって来た。

「華子、元気な声を聞けて嬉しい。私達は何があっても華子の味方だからね。身体に気をつけて頑張りなさい。いつも見守っているからね」 

 そして母からは、

「京吾さんとは仲良くやっているの? 何があっても、あの人を離しちゃだめよ。貴女を護れるのは京吾さんしかいないわ。その事を忘れないで、身体を大事にね」

 京吾の事は話しそびれてしまったが、華子は両親を思って、その有難みに泣いた。

 


 参院選まで一月となった六月の初頭、華子は各地の選挙応援をしながら、四国から中国地方を経て、車三台を連ねて関門国道トンネルを抜け、九州へ向かおうとしていた。二十三時を回った国道に、車は少なかった。

 華子は、長いトンネルの照明に照らされながら、単調なトンネル内の景色を見ている内、疲れも伴って皇蘭の肩を借りて微睡み始めた。

 その時、ドーンという爆発音が前方の方で響いた。

 暫く行くと黒煙が前方から流れて来て、激しく燃える車が遠くに見えた。前方の車が次々とユーターンして来る。

「車の火災のようです。ユーターンして戻ります!」

 前方を走る令子たちの乗った車から、無線連絡が入った。

 運転手は、手際よく反対車線に車を乗せた。

 目を覚ました華子が、追いかけてくる黒い煙を心配そうに見ていたが、車が少ない時間帯だったのが幸いして、大した混雑も無く出口へと向かった。

 と、その時、


「ズズーン!!!」


 轟音と共に、トンネルを揺らす地響きが起こり、天井の照明が消えて真っ暗になってしまった。

「今のは何なの?!」

 華子が、不安そうな顔を後方に向けたが、仲間の車が見えるだけだった。

「かなりの振動でしたから、トンネルが爆破された可能性があります。急ぎましょう」

 スミスは、前後の車にも無線で危険を知らせた。

「大蛇の仕業かもしれないわね。海底に達していたら海水が押し寄せて来るわよ!」 

 皇蘭の顔にも、緊張感が走った。

 

 華子たちの車が猛スピードで出口へと急いでいた次の瞬間だった。前方に閃光が走ったかと思うと、凄まじい爆発が起こったのだ。濛々と立ちこめる噴煙、あちこちで照明器具などの落下する音が響き、細かな石が車を叩いた。


 噴煙が収まってみると、トンネルは崩落し完全に塞がれていて、彼らの三台の車だけが閉じ込められていたのである。


「後方から濁流が押し寄せて来ます!」


 後方の車から、叫ぶような無線の声が入った。

「何だと! 挟み撃ちか……」

 スミスの顔が曇る。だが、打つ手は無かった。

 その時、

「皇蘭さん。“極冷玉掌”【太極拳奥義の一つ。何ものをも凍らせる、冷気の玉】で海水を凍らせることは出来ませんか!?」

 無線の声は、聞きなれた京吾の声だった。彼は、前方の車の警護人に成りすまして、華子を護っていたのだ。

「その手があったわね。やってみるわ!」

 皇蘭は、車を飛び出して後方へ走った。見ると、濁流は直ぐそこまで押し寄せて来ていた。

 彼女は両足を踏ん張り、両の掌の間から青白く光る玉を作り出すと、逆巻き押し寄せる濁流目掛けて打ち込んだ。閃光と共に破裂した冷気の玉は、瞬時に濁流を凍らせ、氷の壁にしてしまった。


 華子達は、その魔法のような技に言葉を失って呆然と見ていた。

「京吾! そう長くは持たないわよ。前方の瓦礫を吹き飛ばして!」

「了解! スミス、車三台を並べて爆風を防ぐんだ。華子様にも防護服を着てもらってくれ!」

「ラジャー!」

 スミスは警護のメンバーを指揮して車を移動させ、華子も防護服を着用して外へ出た。


 京吾らしき防護服を着た男が、瓦礫の前に立った。彼が右の掌の上に、煌々と輝く直径五センチほどの小さな玉を作り出すと、辺りは真昼のように明るくなった。彼は、それを一気に瓦礫の上部に向かって弾いた。京吾の“日輪掌”は破壊力が半端でない為、出来るだけ破壊力を押さえた上で、比較的瓦礫の少ない上部付近を狙ったのだ。

 凄まじい閃光と爆音、その後に、猛烈な爆風と共に土砂や瓦礫が襲ってきた。爆風よけにしていた一台目と二台目の車は、無残に大破した。


 噴煙が収まると、瓦礫の上部に反対側に抜ける空洞が開いていた。

 だが、京吾の姿は何処にもなかった。

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