第17話 奥義開眼

京吾は、時間をかければ炎を作り出すことは出来たが、とても実践で使える代物では無かった。彼は、寝る間も惜しんで修行に明け暮れたが、思うように炎を作る事が出来なかったのだ。

 京吾は地面に座り込み、「くそっ!」と地面に拳を叩きつけた。


「平常心は何処へ行ったの? 心が焦りで満たされていては何度やっても同じよ!」


 振り向くと、そこには皇蘭が立っていた。彼女は鈴麗の母親で、父の陽禅と同等の力を持っている太極拳の達人である。京吾のことが心配になって、様子を見に来たらしい。

「皇蘭さん。時間が無いから余計に焦りが先に立ってしまうんです」

「急がば回れよ。まずは心を無にしなさい」

 言われるままに、京吾は目を瞑り深呼吸をして、心を整えた。彼は、日本の事も、華子の事も、大蛇の事も忘れて心をクリアにした。

「私を大蛇だと思って本気で撃って来なさい!」

 皇蘭は、構えると瞬時に氷の塊を作り出し次々と京吾に放った。氷の塊とはいえ、高速で直撃すれば骨も砕き、当たり所が悪ければ、命も危うい。

 京吾は、氷の塊を避けながら炎の玉を作り放ったが、炎は皇蘭の服を焦がす間もなく消えてしまった。

「もっと、気を入れなさい! 私を仇と思うのよ!」

 皇蘭は叫びながら、更に強力な“極冷玉掌”(何ものも凍らす、冷気の玉。“極冷掌”の十倍の威力がある)を放ちだした。この冷気の玉は、服をかすめただけでも真っ白に凍り、直撃すれば完全に身体が凍って動けなくなってしまう。皇蘭の本気の攻撃に京吾も必死にならざるを得なかった。弱かった炎の力が増大し、炎の玉が掠めた皇蘭の服を焦がし始めた。だが、皇蘭は、五つの冷気の玉を一度に操って、京吾を翻弄した。

 その夜、京吾は疲れ切って、食事も摂らずに倒れるようにベッドに沈んだ。


「京吾、死んだように眠っているわ」

 京吾の様子を見にいった鈴麗が、心配そうな顔で戻って来た。

「たった一週間で奥義を会得しようという方が無理なのよ」

 皇蘭が大きな溜息をついた。

「確かにな。だが、追い詰めれば追い詰めるほど力を出すのが京吾だ。明日一日に賭けるしかあるまい」

 陽禅は、何としても京吾に奥義を会得させたいと、明日の修行方法を考えていた。



 最終日は、陽禅の容赦ない攻撃で修行は始まった。数十個の炎の玉に襲われて京吾は内力を放出して弾くのが精いっぱいだった。

「そんな事で、誰を護ろうというんだ! 虫一匹護れんぞ!」

 陽禅の激しい一喝に京吾の魂が弾けた。


「俺は、何があっても華子を護って見せる!!」


 京吾が叫んだ刹那、彼の手から激しい炎の玉が浮き上がった。その凄まじいエネルギーは、目も眩むほどの光を放ち、太陽のように煌々と輝いていた。それは、陽禅の“火炎玉掌”とは明らかに違うものだった。


「これで終わりだ!!」

 陽禅も負けじと、渾身の巨大な炎の玉を作り出し、京吾を襲った。次の瞬間、京吾の、太陽と輝く陽の玉は、陽禅が放った巨大な炎の玉を一瞬で粉砕して、陽禅に向かって一直線に飛んでいった。


「お父様危ない!!」


 皇蘭が叫ぶと同時に、“極冷玉掌”を京吾の陽の玉目掛けて放った。だが、陽の玉は冷気の玉をも破壊して尚も陽禅に向かって突進した。

 陽禅が観念して目を閉じた瞬間、陽の玉は陽禅の前でぴたりと止まり、黄金の光を放ちながら、やがて消えていった。

「……やりおるな。見事な“日輪掌”だ」

「日輪掌?」

「そうだ。我が流派の最強奥義で、太陽を操る掌という意味だ。破壊力は“火炎玉掌”の比ではない。

 分かっていると思うが、これは一つ間違えば一撃で多くの命を奪う殺人技じゃ。心して使わねばならんぞ。よいな」

「……」

 京吾に寄り添った皇蘭と鈴麗が「やったね」と、無表情で突っ立っている京吾の手を取って、微笑んだ。

 京吾は、無意識に最強奥義を使えたことに、まだ半信半疑だった。

 暫くして緊張の糸が切れると、彼はその場に倒れ込んでしまった。


「師匠、皆さん、お世話になりました。このご恩は一生忘れません」

 次の日、晴れ晴れとした様子の京吾は、皆に別れを告げて懐かしの街を後にした。

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