第16話 太極の里

 中国の杭州市の田舎町に、行方が知れなかった京吾の姿があった。彼は、十数年ぶりに訪れた懐かしい街並みを左右に見ながら、小走りに歩いていた。街のメイン道路を突っ切って街を抜けると、左手の丘の中腹に古い大きな家が建っていた。彼は、五年間修業に明け暮れた懐かしい日々を思い出しながら、その家の門をくぐった。 


「京吾か! 久しぶりだな」

 門を入った所で庭を掃いていた師、陳陽禅に出くわした。七十前だというのに、その気概は十数年前と変わるところはなかった。

「御無沙汰してすいません。それに、鈴麗を送って下さり有難うございました。お陰で窮地を凌ぐことが出来ました」

 頭を下げる京吾の腕を取って、陽禅は家の中へと招き入れた。

「まだ、太極拳の道場を開いているのですね」

「ああ、稽古は娘の皇蘭と孫の鈴麗が見てくれている。儂は専ら道場の修繕と掃除が仕事じゃ」

 ハッハッハッと、陽禅は嬉しそうに笑った。

「ところで、日本を留守にしていいのか? 華子様の警護はどうしたのだ」

「少し彼女と意見の食い違いがありまして、警護を外されてしまいました。代わりの者を送っていますので、暫くは大丈夫でしょう」

「それならいいが、大蛇も動いているのだろう。あいつの拳は殺人拳だ。油断は出来ないぞ」

「分かっています。鈴麗に“極冷掌”を教えてもらいましたので、今なら互角に戦えると思います」

「それで、ここへは何のために来たのだ。儂とお茶を飲むためではあるまい」

「それは……」

 彼は少し言い淀んだが、意を決して言った。

「私に、奥義の手ほどきをお願いします、もっと力をつけたいのです。

 あと一つ、日本に来て華子の傍で警護をする人物が欲しいのです。命懸けの仕事ですから、それなりの実力者でなければ務まりません。鈴麗は実力はありますが、もしもの事があったら師匠や皇蘭さんに申し訳ありませんし、彼女に何度も来てもらう訳にもいきません」

「分かった、考えておこう。それで、何時までいられるんだ?」

「一週間のつもりで来ました」

「一週間か、時間が無いな……」


 次の日から、京吾の修行が始まった。

 陽禅と京吾は、丘の頂上に昇り、そこを修行の場所とした。

「“極冷掌”は鈴麗から習ったから、次は“火炎玉掌”を教えよう。これは、火力を凝縮した火炎の玉を作り出して武器とする技で、破壊力は業火掌の比ではない。

 技は違っても、基本は同じじゃ。気を操りながら、炎を強くイメージするだけなのじゃが、炎の玉を作り出すのは至難の業だぞ。まずはやってみろ」

 京吾は、言われるままに精神を集中して、掌の上に炎をイメージしながら気を集めた。段々と手が熱くなり更に気を集めると、掌の表面が赤く光り、ゆらゆらと陽炎が立ちだした。気でコントロールしている為、掌が焼ける事は無い。

「いいぞ。掌の上で炎を燃やしてみろ!」

「はい!」

 京吾の掌の上で炎がボッと燃えだした。だが、その炎の勢いは弱く、風が吹くとあっけなく消えてしまった。

「……」

「まあ、最初はそんなもんだ。後は、そのパワーを増して実戦に使えるようにするだけだ。見ていろ!」

 陽禅は、目を閉じて、掌の上にパッと炎を燃え上がらせると、炎の勢いを一気に増幅して火炎の玉を作りだした。その炎の玉は赤く輝き、何ものも焼き尽くさん勢いがあった。

 彼は、その火炎の玉を、一気に前方の大岩に向かって放った。炎の玉は、目も眩む閃光と共に大爆発を起こして、大岩を木っ端微塵に吹き飛ばした。

「なんと!!」

 (何という力だ。とても人間技とは思えない……)

 京吾は、その凄まじい力に度肝を抜かれて唖然としていた。

「これが、“火炎玉掌”だ。これを習得できれば大蛇もお前には歯が立つまい。励め!」

 呆然としている京吾を他所に、陽禅はさっさと丘を下りて行った。

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