第11話 最強の刺客

  五月の青く澄み切った空を、華子たちの乗った飛行機は鹿児島へと飛んだ。

 鹿児島空港からはタクシーに乗り換え、桜島の白い噴煙を見ながら三十分程走ると、左手に古い大きな屋敷が見えて来た。車はその屋敷の大きな門を潜った。


「華子様、遠方まで足を運んで頂いて申し訳ありません」

 にこやかに出迎えたのは、主の西郷政治だった。長身で筋肉質な身体、額には太い眉毛が躍り、国会議員時代に西郷隆盛の再来と言われたことが頷ける風貌をしていた。

「こちらこそ急な訪問に時間を取っていただき、ありがとうございます」

「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」

 西郷が笑顔を消しながら、改まって聞いた。

「私が、来年の参議院選挙に向けて結党準備を進めている事はご存じだと思いますが、私達には、まだ政治に詳しい人物がいません。そこで、西郷先生にその中心的な役割を担って頂きたいと伺った次第です。この私に力を貸していただけないでしょうか?」

 華子は西郷の目を凝視して、懇願するように言った。

「私は、政治家として既に終わっています。還暦にもなりましたし、今は仕事の不動産業に精を出しているところです。申し訳ありませんが、華子様の期待には応えられません」

 既に戦う意思なしという西郷に、華子は心を揺さぶるように訴えた。

「今の日本は、ナチスが台頭した頃のドイツに酷似していると言われています。私は、日虎の野望は軍事独裁政権までも視野に入れていると思っています。そうなれば私達の自由は無くなり、日本は終わってしまいます。そうなってからでは遅いのです。日本の国民の為に立ち上がって頂けませんか!?

 三年の内には必ず衆院選がありますから、それまでに決着をつけたいと思っています。せめて五年、いえ、例え三年でも結構です。私に力を貸して下さい!」

 華子の言葉には、真剣を振り下ろすような凄まじさがあった。自分の命を犠牲にしてでも、日本の民を救おうと言う彼女の思いがビンビンと伝わって来るのだ。

「……」

「私共は既に命を捨てています。その覚悟が無ければ、この戦いに参加する資格はありません。いかがでしょう?」

 華子の黒い瞳には、有無を言わさぬような気迫が宿っていた。それは、お嬢様皇女のオーラでは無かった。

「……分かりました。戦っても死、留まっても死、ならば、あなたに賭けてみましょう。こんな老骨で良かったら、如何様にも使ってやってください」

 華子と西郷は、がっちりと握手を交わした。同志第一号の誕生である。


 華子たちは、こうして日本中を回り、衆参の議員候補に応募してきた一人一人と会っていった。多くの者は華子の尋常ならざる決意を聞かされると尻込みしたが、粘り強く対話を重ねる中で、一人また一人と一騎当千の味方が増えていった。更に、同志となった一人が次の新たな同志を生んでゆき、その陣列は燎原の火の如く急速に拡大していったのである。



 華子たちは、沖縄県の糸満市での仕事を終えて、夜の田舎道を車でホテルへ向かっていた。

 大きなカーブを曲がり終えようとしたその瞬間、彼らの車の前に黒い影が飛び出し、車は間一髪のところで急停車した。

 夜も遅く、辺りに他の車はいなかった。

 ヘッドライトに照らされたのは、兵士のような男だったが、顔は隠していなかった。彼が合図をすると、十人余りの黒づくめの一団が現れ、華子の車を遠巻きにした。彼らの手には、日本刀やナイフなどが握られていた。

 危険を察知した京吾は、華子を松下隊長に託して、一人、車から降りて彼らに向かっていった。

 彼らは、声も立てずに一斉に得物を振り上げ、京吾に襲い掛かった。その動きから京吾は、プロの殺し屋だと見抜いていた。


 京吾は、先頭の男の太刀を難なくかわして、こめかみに拳を炸裂させると、前方から斬りつけようとする二人を、前蹴りと足刀蹴りの連続技で倒し、そのまま空中に飛び上がった。

 空中で横に回転しながら三人の男を一気に蹴り倒し着地した京吾は、左右から同時に斬りかかって来る敵に向かって両腕を開き、両の掌から“気”を放った。その衝撃波が命中した彼らは、数メートルも弾き飛んだ。

 この京吾の一連の動きは、たった数秒の出来事だった。

 ヘッドライトに照らし出された京吾の戦いぶりを、華子は車の中から息を呑んで見ていた。それは、初めて見る、京吾の本気の戦いだった。


「あれは、太極拳です。体内に貯めた気を一気に放出する事で敵にダメージを与えることが出来ます」

 松下隊長が説明している間に、京吾は、十人余りの敵を蹴散らしていた。

 そして、ボスらしい最後の一人と対峙した。

「お前の太極拳の師匠は誰だ?」

 京吾よりも体格の良いその男が、幾分高い声で聞いた。

「師匠? 何を訳の分からぬことを。さっさとかかって来い!」

 問答無用と、京吾は男に挑んでいく。

 二人の拳が、足が、激しく動いてぶつかりあった。その動きは似通っていて、どうやら、敵の男も太極拳の達人のようである。

「お前の師匠は、陳陽禅先生ではないのか?」

「何! 陳先生を知っているのか?」

 男の口から師匠の名が出たので、京吾は驚き、拳を引いて男の顔を見た。が、知らぬ顔だった。

「どうやら俺はお前の先輩のようだな。大蛇(おおへび)という名を聞いた事は無いか?」

「大蛇? 太極拳で人を殺めて、破門された日本人がいたと言う話を聞いたことはあるが……」

「それが俺だ。俺は太極拳の奥義“業火掌”【気のエネルギーで、手の周りに超高温の火炎を作り出す技】を身に着けている。奥義を知らぬお前に勝ち目は無い、邪魔をするなら命を貰うぞ!」

「出来るものならやってみろ!」

 京吾と大蛇は再び拳を交え始めた。気と気がぶつかり合って、二人が互角の戦いを続けていたその時、不意に大蛇の掌が赤く光り始めたかと思うと、ガスバーナーのような火炎が、その手から吹き上がった。

「太極奥義、“業火掌”を受けてみろ!」 

 大蛇が、超高温の炎の拳を突き出したのを、京吾の左腕が咄嗟に受けた。その燃える拳が京後の腕に触れた瞬間、溶鉱炉に触れたようにジューッと肌が焼け焦げ、服が燃え上がった。

「何?!」

 京吾が、慌ててその火を右手で消そうとした刹那、大蛇の真っ赤に燃えた手刀が、京吾の左腕に振り下ろされた。

「ウウッ!!」

 京吾が、呻きながら左腕を押さえて膝をついた。彼の左腕は、肘から下が切断されて血が吹き出ていた。

「京吾!!」

 華子が、悲鳴のような声を上げて車から出ようとするのを、松下隊長が必死で止めた。 だが、華子はそれを強引に振り切って、松下の腰から警棒を掴むと、大蛇の前に躍り出た。


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