第10話 体制作りへ

  次の日の朝、二人は令子から送られて来ていた、結党へのスケジュールなどの資料に目を通していた。

 二時間余り経って、明日、令子たちと詳細を決定する段取りをつけてから、ティータイムをとった。

「華子さん、まだ一日ですが、この家の住み心地はどうです?」

「快適よ、本当にご両親には感謝しかありませんわ」

「気になる事があったら何でも言って下さいね」

 京吾は、今迄とは全く違う生活となった華子に、不自由な思いをさせてはいけないと気を使っていた。

「ありがとう、今は充分です」

 華子はコーヒーを一口飲むと、改まって言った。

「京吾さんは、私の事をどう思ってる?」

「好きか嫌いかという意味なら、大好きですよ」


「抱きたいくらい?」


 華子らしくない質問に、京吾は戸惑う。

「えっ? それは……食べたいくらいにです」

「まじめに答えて」

「いたってまじめですが」

「じゃあ、何故、昨日は私を抱かなかったの?」


「抱いてほしかったんですか?」


「質問に答えて」

 華子は、京吾の本音を聞き出そうと追撃の手を緩めない。それは、昨日のように、京吾が襲ってくるかもしれないと言う不安を、払しょくしておきたかったからである。

「華子さんは、結婚してもベッドは別にと言っていたじゃないですか。ですから、私も純粋にこれは偽装結婚なんだと割り切っています」

「でも、昨日キスを迫ったわ」

「キスもダメなんですか?」

「キスだけで終われるの?」

「うーん、そう言われれば……ですね。分かりました。警護以外で貴女の身体に触れないと誓います。安心して下さい」

「ごめんなさい。あなたの気持ちに応えられなくて……」

「そんな気遣いは無用です。私は、貴女と一緒に居られるだけで幸せなんですから」

「ありがとう、京吾さん」

 華子も、京吾の事が気にならないわけでは無かったが、恋だの愛だのと言っている時ではないと、自分に言い聞かせていた。



 警視庁は、華子のアメリカでの襲撃事件を受けて、一般人となった彼女に、新たな警備体制を敷いていた。皇宮警察から京吾、竹田、梅川、松下の四人を警視庁へ移動させて、今まで通り華子の警護に当たらせる事にしたのだ。それは、華子にとっては願っても無い話だった。


 次の日、華子たちの新居に、警護メンバー三人と、退職し秘書として雇われた令子が顔を見せた。

「華子様、新しい生活はどうですか?」

 令子が二人を見ながら、にこやかに言った。

「お陰様で、快適な生活を送らせて頂いているわ。帰るべき家が無いと存分な戦いは出来ないものね」


「華子様、今後、この四人で貴女の警護を担当する事になりました。特例という事ですので、期間は決まっていませんが、精いっぱい務めさせていただきます」

 松下隊長、竹田、梅川が頭を下げると、

「こちらこそよろしくお願いします。これからは、日本中を回る事になると思います。ご苦労をお掛けしますが」

 華子も深々と頭を下げた。

「隣接地に、父が華子さんの事務所を作ってくれました。そこの一階に警備室がありますので使って下さい」

 その事務所は、京吾の実家の隣にあった三階建ての空きビルを改装したもので、今後、活動の中心拠点として機能していく事になる。


「お父様には何から何まで申し訳ない限りだわ」

「これからは、日虎に睨まれる事も覚悟しているようです。例え倒産の憂き目にあっても支援は続けてくれるでしょう。日本の未来への投資ですからね」

「有難いことです。何としても、期待に応えないといけませんわ」

 華子が決意を込めて言うと、令子が頷いて言った。

「当面は、人材の発掘を最優先で行ってはどうでしょうか。現在ネットで候補を募っていますから、順次面接して決定していきたいと思います。これからやろうとしている事を思えば、何があっても最後まで戦ってくれる気骨ある人材が欲しいですね。

 来年七月の参院選挙の改選議席は百二十四議席ですから、最低でも百名は立候補させて、七十議席以上を目標にしてはどうでしょうか。それから、党としての要綱も決めなければいけないし、政治の専門家や、選挙参謀も必要です」

 令子の頭脳がフル回転して、次々と具体案が弾き出された。


「そうね。選挙参謀と党の核となる重鎮は大事よね。令子さん、誰か心当たりはあるの?」

「参謀の方は、当面私が兼務します。重鎮の方は、鹿児島に西郷政治という元国会議員がいたのを覚えていますか?」

「ええ、西郷隆盛の再来と言われ、次期総裁候補にまで名を連ねていたけれど、日虎の謀略にあって政治生命を絶たれた人がいましたわね」

「そう、彼なら実力もあるし、日虎を憎んでもいる。適任だと思うんですけど」

「一度会ってみたいわ」

 華子が目を輝かせた。

「すぐに手配します」

 令子が勢いよく立ち上がった。

 数日後、西郷政治との連絡がついて、華子達は鹿児島へと向かう事になった。

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