第2話 それぞれの決断
「私は秘書として、華子様についていきますが、京吾はどうするの?」
有無を言わせぬような令子の視線が京吾を襲う。
「皇宮護衛官を辞めると生活はどうするんです? 華子様のお相手が金持ちとは限らないんでしょう。令子姉さんだって、華子様が国会議員になるまではボランティアになるんですよ」
京吾は、令子には何故か頭が上がらなかった。だから、いつも姉さんと呼んで慕っているのだ。
「国が滅亡するかも分からないと言う時に、京吾は自分の給料の心配をするの!?」
令子が声を荒げた。
「それはそうだけど、生活の手段も考えないと……」
二人の話を聞いていた華子が真顔で尋ねた。
「あなた方を見てると、仲のいい姉弟か恋人同士に見えるわ。そんな関係なのですか?」
「とんでもない。姉さんには松下隊長と言う婚約者がいるんですよ」
京吾が、違う違うと手を振った。
「そうなの。私には何でも言い合える友人は居ないから、羨ましいですわ」
「天皇の子と言う特異な存在だから無理もないですよ。これからやろうとしている事も孤独な戦いとなりますからね」
京吾が、華子に同情を寄せながら言った。
「だから、私が最も信頼するあなた方には同志となってほしいの。京吾さんはお嫌なの?」
華子の真っすぐな目が、京吾を見つめて離さない。
「参ったなア。……分かりました、引き受けましょう。それなら、私と結婚しませんか? 本当の夫婦ではなくて、偽装結婚てやつです。常に一緒の方が護りやすいんですよ。他の人と結婚すれば、その人にも危険が及ぶことになる。私なら自分の身は護れますから、合理的な話でしょう。突飛な話と聞こえるかもしれませんが、これからやろうとしている事を思えば最良の策だと思いますが、どうです?」
華子の目が一瞬泳いだ。
「合理的ではあっても、現実的ではないわ。華子様の気持ちはどうなるの? それに、貴方は富豪じゃないでしょう。ほんとに貴方の考えにはついていけないんだから」
令子が、あきれ顔で京吾を一瞥したが、華子は真顔で答えた。
「警護の専門家としての発想ね。でも、私の為に命をかけてくれるとおっしゃっているんでしょう。一つの選択肢として考えてみますわ」
京吾と令子は華子の返答に驚き、この国を変えようとする彼女の覚悟の深さを、垣間見た思いがした。
京吾と令子は、華子を吹上御所まで送ってから、千代田の皇宮警察本部に立ち寄り、松下護衛隊長を訪ねた。
「よう、ご苦労さん。二人揃って何かあったのか?」
隊長の松下は、京吾にとっては兄貴のような存在だった。だから、令子と婚約したことを知った時は本当に嬉しかったのだ。
京吾達は、先ほどの華子とのやり取りを彼に話した。
「そうか、何時かは大事を成す人だとは思っていたが、そこまで考えていたとはな。京吾も華子様と偽装結婚などとよく言えたものだ。お前、彼女が好きなのか?」
「理想の女性ではありますね。ただ、皇女ですから、実際に結婚相手となると考えてしまいます。偽装結婚は、あくまで警護上の案のつもりで言ったのですが、華子様が考えてみると言われた時は、さすがに驚きました」
「警護については、お前以上の適任者は居ないだろうから、名案かもしれないがな。まあ、決めるのは華子様だ。万が一の事も考えておけ」
「はぁ……」
京吾は、今になって、余計な事を言ってしまったと後悔していた。
「結婚の事よりも、華子様が一般人になったら、皇宮警察の支援は受けられないから、それからの警護の体制の方が心配だわ。京吾と、私の二人だけでは限界があるでしょう。何かいい案は無いかしら?」
令子が松下に助けを求めると、松下は腕組みをして「うーん」と唸ってから答えた。
「当面、警視庁からの警護をつける事は可能だが、期間は限定されると思う。新たにSPのプロを雇えば、かなりの金が要るだろうし。華子様が政党をつくるとなると、結婚一時金も当てにはできない。結局、経済的支援をしてくれるスポンサーを探すしかないんじゃないか?」
「そうよね。華子様が富豪と結婚して下さればいいんだけど。とにかく婿探しをして見るわ。あなた方もスポンサーを当たってみて」
三人は今後も華子の支えとなる事を約し合って、その日は別れた。
一方、華子も自室に入ってから、ベッドの上にゴロっと仰向けになって、京吾が言った偽装結婚について考え始めていた。偽装とはいえ、ベッドを共にしないまでも、同じ狭い空間で生活をしなければならない。果たしてそんな事が京吾と二人で出来るのかと言う不安は当然あった。
彼女は立場上、今迄、気軽に恋人を作ることはしなかった。ハーバード時代を含めて男性と付き合う事は殆ど無かったのだ。だから、一護衛官の京吾の事を、結婚相手として考えた事などあるはずも無かった。
京吾は、丁度一年前から華子の護衛官として任務に就きだした。護衛官としての動きは群を抜いていて、安心できる存在だ。彼も、最初は取っ付きにくいところがあったのだが、最近では、華子の事を皇女ではなく普通の女性として接してくれて、冗談の一つも言えるようになっていた。華子にとって、近い存在の一人ではあった。
一度結婚すれば、その後、離婚しても皇室には戻れない。彼女にとっては偽装結婚も本当の結婚と同じ覚悟が必要なのだ。ただ、誰と結婚するにしても、華子がやろうとしている改革は命懸けとなる為、甘い結婚生活を夢見る事は許されないと彼女は思った。
華子は、ガバッと起きると居間に居る両親の所へ向かった。
「お父様、お母さま、折り入ってお話があるのですが」
華子が畏まって言うと、天皇と皇后は、何かあったのかと彼女の前にやって来た。
「実は、結婚を前提としたお見合いをしたいと考えています。お許しいただけるでしょうか?」
「華子も年頃だから、いい人が出来たらいつでも連れて来なさい。でも、どうしてそんな気になったのかな?」
父が笑みを湛えながら聞いた。
「それは……」
華子は現政権の危険な思想に危惧を抱いていて、結婚して政治家となって、彼らの野望を阻止したいという胸の内を包み隠さず話した。
「華子が言うように、私も、あの日虎総理は非常に危険な存在だと思っている。本気でやるなら命懸けだよ。その覚悟はあるのかな?」
父は、静かな口調ではあったが、眼光は鋭くなっていて、母の顔は青ざめていた。
「覚悟はしています。そして、それが出来るのは私しかいないとも思っています」
「そうか、華子は言い出したら聞かない所があるから、反対してもやるんだろうね。親としては危険な事に関わってほしくないが、国が亡ぶのを手をこまねいて見ている訳にもいかない。分かりました、親として了承します。とことんやってみなさい」
「有難うございます、お父様、お母さま」
華子は、両親に深く頭を下げた。
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