皇女華子、護衛官と偽装結婚して国を救います

安田 けいじ

第1話 皇女華子

  時は、近未来の日本。

 現天皇、良仁(よしひと)には、今年二十五歳になる華子(かこ)という長女がいる。

 アメリカのハーバード大学を優秀な成績で卒業した彼女は、得意な英語を駆使して、海外での公務も一人で精力的に熟すことが出来た。

 彼女は、訪問国の国王や元首との会談でも、物おじせず気さくに話すことが出来る対話の名人で、日本の外交にも大きな貢献を果たしていた。


 三つ上に、皇太子である兄の真仁(まひと)がいる。この時代では、女性の皇位継承が認められている事から、彼女は皇位継承第二位でもある。

 華子は、美人で気さく、剣道の有段者でもあり、淑女と言うよりは活動的なキャリアウーマンのイメージが強かった。


 彼女は、政界の不祥事等にも公然と批判を行った。話し方は柔らかなのだが、その内容は痛烈だった。政権党の自改党からは「皇室の者が政治に口を出すな!」と攻められたが、彼女が沈黙する事は無かった。


 この時代の政権党は自由改革党で、数十年に渡って政権を担当している。衆参議席の三分の二に迫ろうという安定政権の為か、傲慢になった議員の不祥事は後を絶たなかったが、弱体化した野党は政権交代の器ではなく、国民の不満は投票率の低下という形で現れていた。

 自改党の日虎(ひとら)総理は、安定政権に安住して、十年の長期政権となっている。

 彼は、アメリカの顔色を伺いながらの政権運営にうんざりしていて、アメリカとの安保条約を解消し、核武装して自前の軍隊で国防をしようという野望を持っていた。そして、徴兵制度を復活させ、軍国主義の独裁政治への道を模索していたのである。彼は、国民の不信をかわしながら、いかに憲法改正をするかを常に考えていて、その機会を虎視眈々と伺っていた。

 華子は、日頃の日虎総理の言動から、軍国主義に向かおうとしている彼のもくろみを、敏感に感じ取っていた。


 又、頻繁に起こる地震や風水害の災害発生時には、現地にいち早く駆けつけ、被災者を励まし、泥まみれになって復興を手伝う彼女の姿が常にあった。

 この、自由奔放ではあるが、国民を思う心がぶれない皇女は、国民から絶大な人気があった。


 華子の皇宮護衛官(ボディガード)は、令子という女性と一条京吾(いちじょうきょうご)という青年が就いている。令子は三十歳で、警護の他に秘書も兼務している。

 一方、京吾は、戦闘の専門家で、アメリカ海兵隊で訓練を受け、格闘、ナイフ、銃、爆発物等に精通していて、武闘派太極拳の達人でもある。警護に当たっては、全てのケースを想定した柔軟な発想で、危機を脱する知力も備えていた。

 他に、護衛隊長の松下、同僚の竹田、梅川が京吾達をサポートしている。


 皇居内には、皇宮警察の出張所があって、その建物の中に華子の小さな事務所が設けられていた。

「日虎は、日本を再び軍国主義化しようとしているように思えてなりません。自改党に憲法改正に必要な三分の二の勢力を与えてしまったら、豹変して独裁への道を突き進むに決まっています。今の日本の状況が、あの稀代の独裁者ヒトラーを生んだ時代に酷似している事に、皆どうして気付かないのかしら」

 華子が、背中まで垂れ下がった髪を躍らせながら憤って話すのを、静かに聞いていた秘書の令子が溜息をついた。

「ほんとに、名前までヒトラーに似ているなんて、厄介な総理が現れたものですね」

「私が暗殺して来ましょうか?」

 表情も変えず突飛な事を言ったのは、護衛官の京吾(きょうご)だった。

「馬鹿をおっしゃらないで。そんな事で政治が変わるなら苦労はありませんわ」

 華子の口調は穏やかだが、その目は京吾を睨んでいた。

「いやだなア、ジョークですよ、ジョーク。でも、皇女の貴女がいくら喚いても、今の政治は変わらないですよね。本気で今の政治を変えようとするなら、華子様が何方かと結婚して、一般人になって政党を立ち上げれば、現実に日虎と戦う道が開かれるのではないですか」

「……たまには良いこともおっしゃるのね。実を言うと、私も同じ事を考えていたの。皇室に居ては、政治に関わることは出来ませんもの」

「華子様、政党をつくると言ってもお金が要りますよ。先ずは、大金持ちの婿殿を早急に見つける必要がありますね。貴女はお綺麗だから選り取り見取りでしょうけど」

 京吾が皮肉っぽく言った。

「お金があれば良いというものでもなくてよ。時の権力者に挑もうと言うのですから、それなりの覚悟が無くては私の夫は務まりませんわ。それに、私にも選ぶ権利はあるでしょ」

「まあ、それは……」

 二人の会話を聞いていた令子が、真剣な顔で話に入って来た。

「華子様が本気で日本の政治を変えようとおっしゃるなら、事は急いだほうがよろしいかと。どうなさいますか?」

 それは流石に性急すぎませんかと、京吾が令子に言おうとした時、


「勿論、やりますわ!」


 華子は、その言葉を待っていたかのように即答していた。

 令子の言うように、現状を考えれば悠長に構えている暇はなかった。華子は早急に結婚して政党立ち上げの準備に入る事を、決断したのだ。

「では、私は宮内庁と相談しながら、婿候補を探してみましょう。両陛下には、華子様からお話しください」

 秘書の令子の冴えた頭脳が勢いよく回転を始め、華子が目指す政治改革の実現に向かって、事態は大きく動き出そうとしていた。

 



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