魔法使いの弟子となった日
夏の夕暮れ。学校からの帰り道。
僕は黒いランドセルを背負って、じめじめとした熱気とアスファルトからの照り返しにやられながら歩いていた。
なんてことのない、僕の日常。
「やあ、こんにちは。君は魔法を信じるかい?」
全身をぼろ布でまとった怪しいその人は、突然僕の前に現れた。
「え、」
慌てて後ろに数歩下がる。
そして僕は、ここがさっきまでの通学路と違うことに気が付いた。
いつの間にか辺りは薄暗い路地に様変わりしていて、僕は強烈な不安に襲われる。
一体何が起こったんだ。
「おーい、聞こえているかい?」
ひらひらと、その人はふざけた調子で手を振った。
「な、に?」
瞬間移動は、この人の仕業なのか。
ランドセルの紐を固く握りしめる。
「魔法を、信じるかい?」
ぐっと顔を近づけ、その人は真っ直ぐに僕に問いを重ねた。
この状況はもしかしたら、夏の暑さが僕に見せている夢なんじゃないかと思いながら答えた。
「知らない場所への一瞬の移動。これが現実なら、魔法は存在するんだろうね。」
「妙に理屈っぽいなぁ。思っていたのと違う……。」
その人は少しの間考え込んで、うなずいた。
「まあ、いいや。僕は魔法使い。まずは店に招待するよ。」
気づくとその人は扉の取っ手を握っていて、残りの手で、おいでおいでと僕を誘っている。
見知らぬ場所への瞬間移動、突然現れた魔法使いを名乗る怪しいこの人。
これはきっと夢だ。夢に違いない。
現状は全くの意味不明でついていけてないけど、夢なら覚める。
原因がこの目の前にいる自称魔法使いなら、帰り方も知っているはず。
僕は素直に魔法使いの後をついていくことにする。
普段親から言いつけられている、知らない大人と口をきいてはいけない。
ついて行ってはダメ。
とかの約束事は、すっかり僕の頭の中から抜け落ちていた。
あまりに非日常な展開に、追いつけないでいる。
「ようこそ、魔法使いの店へ。ここは不思議を売るお店。『普通』では決して手に入らないものをお売りいたします。」
魔法使いに誘われるまま踏み込んだ店内は、所狭しと並べられた本棚と詰め込まれた本でいっぱいだった。
本は、どれも分厚く年代を感じさせるもので、きっと価値のある古書ばかりなんだろうと思う。
読書好きの僕は、つい先ほどまでの不可思議な出来事をすっかり忘れて、この空間に魅せられてしまう。
「本は好きかい?」
「はい!」
反射的に答えてしまい、ハッと口を両手で抑える。
魔法使いは笑って、店の奥へと進んで行く。
「畳……?」
本棚だらけの店内の奥に、ぽっかりと空けたスペース。そこには不自然に四畳半の畳が敷かれていた。
魔法使いはその畳の上にあがって座り込むと、じいっと僕の顔を見つめた。
「な、なんですか?」
ぼろ布の方ばかりに気をとられていたけど、魔法使いの顔は整っていた。
スッと通った鼻に、切れ長の瞳。
薄い唇にシャープな顎。
よく見ると、瞳の色は薄く青みがかっていて、病的なほどに白い肌とあいまってどこか神秘的だ。
「うん、決めた。君、今日から僕の弟子にする。つまりはこうだ『魔法使いの弟子』。いい響きだろう。」
「は?」
わけがわからない。
頭が思考停止を起こしかける。
「君は訪れるだけでいい。少し僕とおしゃべりしてくれたら、あとは帰るなり、ここにある本を読むなり、好きにすれば。ここに来た、ということが大切なんだよ。悪い話じゃないだろう?君は来るだけで好きな本を思う存分に読める。これらの本はどれも貴重なものだから、他ではまずお目にかかれない。」
「あなたの、利点は?」
「んん?」
「どうして僕が、弟子なんですか?」
魔法使いは笑って。
「やっぱり君、理屈っぽいなぁ。」
それはそれは美しい笑みを浮かべて、言ったんだ。
「退屈していて、ね。可愛い弟子と刺激が欲しかったのさ。」
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