第3話 ホーンテッド・シャトー
「お——オレ……?」
そう、その場に凍りついたアルドを、挑発するかのように——人形は剣を構え、その切っ先を向ける。
メッキの瞳の表面に描かれた、乾いた白い星を光らせながら——人形はゆらりと体を傾けると、アルドを目指して走り出した。
その動きに、アルドは目を見張る。
(オレがロイの近くにいたら、ロイも狙われる——オレが前に出て、あいつからロイを引き離さないと!)
無我夢中で、アルドは絨毯を蹴った。
人形は軽やかな足取りで、アルドとの距離を、瞬く間に縮めていく。
漆黒の脛当てを纏った脚が地面を蹴り、軽い体が宙に浮かび上がる。落下の加速を利用しながら、迷いなく振り下ろした刃が、アルドに襲いかかる。
迎え撃つように、アルドも腕を頭上に振り上げ——降りてくる刃に剣を振るった。
カシンッ…………!!!
二本の剣がぶつかり合う音が、古城の廊下に響き渡る。
ただでさえ不利な角度に、体ごと圧し潰すような重圧——アルドは人形の攻撃を受け止めきれずに、踵で足下の絨毯を破きながら、後ろにずり下がる。
「——————っ…………!!!」
アルドの怯みに反応を返すことなく、人形は腕の力を増す。
アルドの顔を覗き込むことができるほどに、間合いを詰めながら——その細い体からは想像もつかないほどの力で、アルドを剣ごと圧し斬ろうとする。
(——やっぱりだ……!!)
剣を受け止める腕の痺れを感じながら、アルドは息を飲んだ。
(こいつも、シータ区画で戦った、トト人形も……、ロボットとは思えないくらい、力が強い……!!!)
そう、必死に頭を回転させながら——咬み合った剣に注意を集中させるあまり、所々、意識を途切れさせながら——アルドは目を見開く。
(ただ剣にかかる力が、強いだけじゃない……、自在に力を抜いて、抵抗を無くしてオレの力が抜けたところに、すかさず力点を移動させてきて……! まるで人間の筋肉みたいに、動きがしなやかで……!)
暗闇の中で火花が迸りそうなほどに、二本の剣が、刃と刃を押し付け合い、お互いを削り合う。押し戻すための力が限界を迎え、遂にアルドの目の前が白んだ。
(——このままじゃ、押し切られる……っ!!)
そう、悟ったアルドは——鍔迫り合いを解き、即座にその場で体勢を変えた。
(守りきれないなら……、攻めるしか、ないっ!!)
「————うわあああーーーーっ!!!」
そう、檄を放ちながら——アルドは全身の力を込め、剣を振り下ろした。
ビシイッッッ!!!
振り下ろしたアルドの刃が、人形の右腕に叩きつけられる。
アルドの剣がめり込んだ、人形の上腕の亀裂から、まばゆい白色の電流が光の筋となって放たれ、人形の全身に駆け巡る。
一瞬にして雷撃に包まれた人形は——何が起きているのか分からない、とでも言うような表情で、その顔すらも電流に包まれながら、虚空を見つめていた。
ゴトンッ…………
鈍い金属音を放ちながら、剣を握ったままの右腕が——古城の絨毯の上に落ちた。
だが。
人形は、こともなげに、首を傾げる。
そして、アルドに向けた視線を離さぬまま——床に転がった自分の手の中から、握られたロングソードを抜き取ると——左手で剣を構え、再びアルドに向き直った。
アルドは——自分が静かに、正気を失っていくのを感じていた。
(——ダメだ……っ)
そう、意識した途端に——まるで止まっていた時計が動き出したように、一斉に、体中から汗が噴き出し始める。
(——これじゃ、勝てない……っ!!!)
そう、一瞬でも、その考えが頭を過った瞬間——、自分の全身が脱力し、充満していたはずの覇気が失われていくのを、アルドは感じていた。
人形は、はじめとまったく変わらずに——アルドに向かって剣を構えていた。
まるで時間が巻き戻ったかのように、無邪気な笑みを浮かべて——片腕を失った上体のバランスを取りながら、アルドとの間合いを計っている。
その背後は、いつの間にか、空間ではなくなっていた。
人形の後ろに続く、無限のごとく広がっていく古城の廊下。その奥の空間には——無数の眼が光り、突撃の好機を伺っているのが見えた。
高い位置にある眼、背の低い眼。横に長い眼、小さい眼、片方が潰れた眼、飛び出して顔の外側にはみ出した眼——
フフッ…………
古城の回廊に、掠れた合成音声が
「——っ……!!!」
アルドは戦慄した。
恐怖に背筋が粟立つ中で、ただひとつ——闇に一筋の光が射すように、ある対象がアルドの理性を呼び戻す。
(ロイを……、守らないと……)
そう、アルドが背後を振り返ると。
「……うっ……、ううっ…………」
床に倒れ込んだロイが、そう呻きながら、絨毯に肘をつき——、ぐったりと萎縮した上体を、必死に持ち上げようとしていた。
(ロイ……!)
朽ち果てた絨毯に突っ伏し、埃と黴にまみれた顔をやっとのことで上げると——、ロイはすぐさま、ロボットの一群と、その前に立ちはだかったアルドの姿を見上げる。
そして、状況を理解したのか——弾かれたように体を起こし、辺りを見回すと——ある一点を見つめて動きを止め、瞬時にアルドに背中を向け、廊下を逆向きに走り出した。
(あいつ……、何を……!?)
そのロイの行動に気を取られた、アルドの一瞬の隙を——人形たちは見逃さなかった。
カシィンッッ!!
人形は再び走り出すと、片手で握った剣をゆらめかせ——鋭い一閃をアルドに浴びせる。
「くっ…………!!」
アルドはすぐに向き直り、太刀筋を切り返すが——体勢を崩した状態からの反撃では、剣を弾き飛ばされないように守ることが精一杯だった。
その一方で——ロイは、廊下の端に跪いていた。
「はあっ……、はあっ……」
廊下の床面から柱までを、
「——うっ……!!」
そして、柱の中程の盛り上がった部分に、その〈何か〉を認めると——そこに覆い被さるようにして体を屈め、普段の様子からは想像もできない俊敏さで、手を動かし始めた。
そしてロイは振り向き、アルドに向かって声を放った。
「アルドさん……いつも通りの速さで、走って来て下さい!!」
「…………!!?」
訳もわからず、だがその声に即座に
背中を向けたアルドを、ロボットたちが一斉に追う。人形を筆頭に、その背後に控えていたロボット達——トト人形、
だが。
アルドの向かう先は、不意に、眩いばかりの光の洪水に包まれた。
ロイのいたはずの柱の側に、床から壁、壁から天井へと、床面と垂直な輪を描くように、光の波が広がる。
まるで回廊に光の膜が張るようにして——アルドの目の前に、再びあの青い光の輪が姿を現した。
(時空の、穴が——!?)
目の前で起きていることに、理解が追いつかないままに——アルドは古城の回廊を駆け抜け、光の輪の中へと飛び込んだ。
「…………ううっ……」
背に走る鈍い痛みに、ロイは目を覚ます。
目を開けて、見慣れた白い天井が目に入ったとき、ロイはようやく、自分が眠っていたことに気がついた。
体の下にあるのも、あの朽ちた絨毯の、ごわごわした感触ではない——いつの間にか寝間着を着込んだロイの体を受けとめるのは、優しいシーツの感触だった。
ロイは——午後の光に包まれた、ラウラ・ドームの自宅に戻っていた。
「ロイ……大丈夫か?」
この状況を理解できないロイの頭上から、そう、穏やかな声が降り注ぐ。
ロイが声のする方に顔を向けると、ベッドの側に立ったアルドが、心配そうに、ロイの顔を覗き込んでいた。
「オレ、この家の機械の使い方は、よく分からないんだけど……。さっきロイをベッドに寝かせたら、壁の穴から、これが出てきたから……」
そう言って、アルドはおずおずと腕を伸ばす。固く絞られた温かな白いタオルが、ロイの手元に差し出された。
それを見て、ロイは心からの安心に包まれると、弱々しい笑みを浮かべた。
「ロイ、さっきは、本当にありがとうな……。まさかあんな風に、オレのことを逃がしてくれるなんて。あれは一体、どうやったんだ?」
そう尋ねるアルドにロイは、なぜか照れたような笑みを浮かべた。
「良かったです、ほんの、思いつきでしたが……。アルドさんの平均走行速度から逆算して、ぴったりアルドさんだけが飛び込めるタイミングで、回路を閉じて……。物理演算で赤点ばかり取っていた、落ちこぼれの学生時代に戻ったようで、冷や汗が止まりませんでした」
そう言うと、まるで過ぎ去った日々の思い出を懐かしむように、ロイは力なくはにかんだ。
だがすぐに、ロイは表情を引き締めた。
「アルドさん……、あの、青い光の輪が発生する装置、ですが……。どうやら、簡易な転送装置のようです。見た目は初めて見るものですが、機能としては、お粗末なもので……ある一点と一点を繋ぐ機能しか持たないようです。恐らくはあの城の内部に、他の市街地への回路もあるのでしょう」
そのロイの説明に、アルドは頷く。
「けれどこれで、はっきりしました……。遊園地からロボット人形を送り込んでいる人物が潜伏しているのは、間違いなく、あの城のどこかです。どうにかして、あの装置から先に進まなければ……」
「そうか……」
そう、ロイの説明に頷きながら、腕を組むと——アルドは先程の戦いを思い返しながら、ロイに尋ねた。
「だけど……、あのロボットたちをどうする? 一体一体は倒せても、あれだけの数をまともに相手にするのは、現実的じゃないよな……。……おまけにあの、オレそっくりなロボット人形……」
「はい……、ボクも、見ていました……」
ロイはそう言うと、考え込むように、自分の顎に手を添える。
「あのロボットは……、誰が、何の目的で作ったのかは、分かりませんが……、他の人形たちよりも、明らかに新しいものです」
そう、ロイは言葉を選び、話を続ける。
「他の旧式のロボット人形たちは、ボクの
だが、そこまで言うと、ロイは——まるで自分自身の考えに困惑するように、眉を寄せた。
「あの人形は、見た目は非常に精巧なのですが——彼のアルゴリズム自体は、トト人形と大きな差がないようなのです」
「どういうことだ……?」
「あの転送装置や、アルドさんを模したあのロボット……。いずれも利用されている技術は旧式のもので、最低限の部品からなる簡素なものです」
そう、ロイは迷いながら、言葉を続ける。
「つまりあの城に立て籠もっている犯人は、技術も備品も、最低限のものしか持ち合わせていない……。ドリームランドの敷地内から一歩も出ずに、園内で入手できる部品を使って、初歩的な転送装置を組み立てたり、ロボットのパーツや旧型回路を流用したりしているのだと思います」
「そうなのか……、なんだか、気味の悪いやつだな……。食べ物とかは、一体どうしているんだろう?」
そう眉を顰めるアルドに、ロイは首肯した。
「たしかに、謎の多い人物ですが……。あの新しいロボットだけは、頭脳こそ旧式であるものの、抜きん出て高い戦闘能力を持っています。もし犯人があの城に潜んでいるのなら、それこそ用心棒のように、彼を側に置いている可能性は高いと思います。突破できれば、核心に近づくことができるのではないかと思うのですが……」
「そうか……、たしかにそうだな……。でも……、あいつを倒すには、一体どうすればいいんだろう……」
そのアルドの言葉を聞くと、ロイは発言を続けようとして——それから、躊躇うように口元を押さえた。
「あまり、確信はないのですが……」
そう言うと、ロイはおずおずと口を開いた。
「もしかすると……、彼を倒すための手がかりは、
「どういうことだ……?」
アルドが顔を上げて、ロイを見つめると——ロイは、さらに逡巡し、それから徐に口を開いた。
「遊園地のロボットを設計した、メイエルドですが……彼は人形に、並々ならない関心を抱いていたのです」
ロイの言葉に、アルドは耳を欹てた。
「
そう、ロイは静かに話を続ける。
「とくに中世以降の、資料が残存する時代のことであれば、まるでその時代に生まれた人間であるかのように、細部に至るまで知り尽くしていました——ミグランス王室の人形を巡る、口にするのも憚られるような
そう語るロイの声に、真剣に耳を傾け——アルドは、探るようなまなざしを向けながら聞き入っていた。
「彼の偏愛の対象はミグランス朝期の人形で、その結晶が、あのホーンテッド・シャトーだったのですが……。それだけでは飽き足らず、ありとあらゆる時代や地域の人形の情報を蒐集していた、と言われています」
「そうだったのか……。でも、その話と、あのロボットたちに、どんな関係があるんだ?」
「ボクの、素人考えですが……」
そう、アルドの質問に返事を返すと——ロイは、まるで自分の考えの稚拙さに恥じ入るかのように、頬を赤らめながら、会話を続けた。
「メイエルドは——まるで芸術家が、自分の作品にサインを入れるように——、自分の設計した『作品』の一部に、旧式の機械人形の機構を組み込むことがあったのです」
そう、ロイは徐に打ち明けた。
「それは、華やかで芝居がかった性格だった彼の、一種のパフォーマンスだったのですが……。彼の作るロボットは、見る目を持つ技師が解体して中を見れば、一目で見て彼の『作品』と分かる機構を持っていました」
それから、ロイはすぐに、まるで自分の提案の浅はかさを恥じるように、眼鏡の山を指で触ると、おずおずと言葉を続けた。
「ですから——これは、アルドさんのように戦う力を持たないボクの、まったくの素人考えなのですが——、もしその機構について、もっとよく調べてみれば……。もしかすると、ロボットと戦うための手がかりが得られるかもしれない、と思ったのですが……」
そこまで、ロイの説明を聞き終わると——アルドは頷き、決心したように、真っ直ぐに前を睨んだ。
「————分かった」
そう言ってアルドは、ロイの眠るベッドの側に膝まづくと、ロイの顔を見上げた。
「オレ、昔の人形のことを知っている人に、心当たりがあるから……。これからその人に会って、話を聞いてくるよ」
そしてアルドは、ロイの顔を真摯な瞳で見つめると、強い口調で言った。
「でも……、ロイは、ここでしばらく休んで、待っていてほしいんだ」
「で……、ですが、アルドさん……!」
そのアルドの言葉を聞いて、慌てて上体を起こそうとするロイを——アルドはブランケットの上に置いた腕で、強く、だが優しく制する。
そして、そのすべてを見透かすような、黒い茨のような睫毛に縁取られた、深い蒼色の瞳が——傾きかけた陽に満ちた部屋の中で、青年の瞳と交叉した。
「ロイ——オレには……キミに言えない、秘密があるんだ」
そう言うと——ロイの方に振り返ることもせず、アルドは、ロイの家を出て行った。
アルドはラウラ・ドームの郊外に、一人立っていた。
舗装された道路が終わり、プレートの断崖が遠くに始まる場所。物資輸送用シャトルの滑走路として使われているその道路は、金色の麦畑を貫きながら、霞む地平線へと向けて走っていた。
プレートを揺らすような、大きな地響きが聞こえる。
そこから——まるで麦の穂を逆撫でするかのような、強い一陣の突風が、アルドの足下から吹き上がる。
吹き上げる風に、豊かな黒髪や、はためく赤いマントを任せたまま、アルドは地響きのする方向を一心に見つめていた。
不意に、麦畑の向こう側に、巨大な影が現れた。
ズオオオオオオ…………
まるで麦畑の中から姿を現したかのような、黒い塊——それはまるで、空を泳ぐ一匹の鯨のような、優美で幻想的な生物にすら見えるが——その実態は、厳めしい砲台を甲板に構えた、巨大な空母である。
機械であるのか、生きた有機体であるのか、あるいは、そのような境界の存在すら、霞んでしまうような——明滅を続ける無数の装置に、藤壺のようにその全身を覆われながら——、竜の頭部を象ったその船首は、まるで自らの意思を持ち、アルドの姿を見下ろしているようだった。
浮上した、紫紺の竜に——アルドは、朗々と声をかけた。
「合成機竜……、BC20000に行こう!」
そう言い放つと、アルドは麦畑の向こうで自分を待つ次元戦艦に向かい、足早に一歩を踏み出した。
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