第4話 時空を超えて



 アルドは、古代の地を見下ろしていた。



 遮るもののない大空を駆ける、合成機竜の甲板の上。そこに立ち、ゆっくりと近づく地表を見つめるアルドの視界には、パルシファル王国の広大な領地が展開されていた。


 眼下には、大陸中央部の水源から湿地帯へと至る原色の鳥瞰図が、雲の切れ目から姿を現す。その中心に位置する、緑の原生林に包まれたパルシファル宮殿を見つめ、アルドは思いを巡らせていた。


(昔の動く人形って言われて、最初に浮かんだのは、ゴーレムだけど……。宮殿にいる知り合いで、ゴーレムについて教えてくれそうな人はいるかな?)


 そう考えに耽るアルドを乗せたまま、戦艦は次第に高度を下げ、原生林への着陸態勢に入っていった。




 それから、数刻の内に。

 アルドはパルシファル宮殿の石畳を踏みながら、目的の部屋を目指していた。

 いつ訪れても変わらない、湿気の混じったような、汗ばむような陽気。厨房から漏れ出る香辛料の匂いと、咲き乱れる花の香りが、アルドの鼻腔を刺激した。



「ゴーレムのことを知りたい?」

「うん……。実はオレは今、ゴーレムみたいな機械人形……ひとりでに動く人形と戦っているんだ。その人形の弱点を探すために、色々な種類の人形の仕組みを調べないといけないんだけど……」


 そう、自分の問いに答えるアルドに、目の前の椅子に腰掛けた、白いローブの女性——ラチェットは、穏やかに頷いた。


「そう……。自分で思考して、行動する人形……それは確かに、ゴーレムに似ているようね」

 そう言うと、ラチェットはしばし口籠る。その理知的な瞳は、青年に自分の思考を伝えるため、言葉を探しているようだった。


「でも、その仕組みを知りたい、ということだと——私達ではお役に立てるかどうか、分からないわ」


 話の続きを促すアルドの瞳に、長く黒々とした睫毛の間から視線を返し、ラチェットは言葉を続けた。


「ゴーレムは、その仕組みを論理的に説明できるほど、人工的なものではないの。殆どのゴーレムは、魔工師達が込める、エレメンタルを帯びた意思の力——その力は、コアとなる胸の宝石に集約されるのだけど——で動いているのよ」


 そこまで説明するとラチェットは、まるで探るような瞳をアルドに向けながら、次の言葉を続けた。


「アルド——あなたが今戦っている『機械人形』というのは、一体何を動力にする人形なのかしら?」

 そうラチェットに問われ、アルドは、虚を突かれたように目を丸くする。


「ゴーレムのような魔法生物と同じように、エレメンタルの力で……それとも、あなたやサイラスと一緒にいるのように、それとはまるで異なる、私達には想像もできない力で動いているのかしら?」


 その問いに答えることができず、切り抜ける言葉を探そうとするアルドの様子を観察しながら、ラチェットは続けた。


「だとすれば、その人形が生き物のように生き、考えを持っていることの方が——私にとっては、魔法みたいに思えるわ。ゴーレムの体自体には、秘密は何もない……魔法がなければ、中身のない泥人形と変わりがないのよ」

「そうか……」

 そう、ラチェットの言葉に返事をすると、アルドは残念そうに眉尻を下げた。


 その様子を見ると、ラチェットは軽い笑みをその褐色の唇の端に浮かべ——子に語る母親のような、穏やかな口調でアルドに問いかけた。


「ねえ、アルド……。あなたは、人はどうして人形を作るのだと思う?」


 そう問われ、不思議そうに顔を上げたアルドの視線と、ラチェットの包み込むようなまなざしが交叉する。


「人形が造られた目的のひとつは、王墓への副葬品……王や族長のような人間が墓に葬られるときに、生きた人間を生贄として埋める代わりに、あの世に供をさせるためだったと言われているわ」


 そしてラチェットは、細かい皺が何重にも重ねられた目元を細め、どこかおどけたようにアルドに向けて囁いた。


「あの世まで私達を導いてくれる、永遠に死なない道連れ……。私達はいつになれば、この世を生きるこの姿に対する執着から、自由になれるのかしら……、ね?」




 それから数刻。

 ラチェットと話した酒場を離れ、宮殿の入り口へと戻りながら、アルドは再び考えを巡らせていた。


(魔法で動いているなら、ゴーレムの仕組みは、ロボットにはあんまり関係なかったかもしれないな……。なら、もう少し新しい時代に行った方がいいのかな? 機械でできている、ひとりでに動く人形といえば……)


 そしてアルドは、次の行き先に思いを馳せながら、デリスモ街道の外れに停泊させた合成鬼竜を目指した。




 どこまでも続く、幅の広い廊下。

 西洋式の王城とは異なり、まるで屋外のように壁を取り払い、桜の樹や遠くの山並みすらをも取り込む、山中の城。磨き抜かれた板張りの床は、ぴかぴかと照り返しを放ち、時折客人の足を攫う。

 そのクロサギ城の長い回廊を、両足をもふもふに包んだアルドは、音も立てずに歩いていた。


 その時、アルドの足下を小さな影が走り抜けた。


 思わずアルドは、足を止める。

 だがその小さな生き物は、アルドの事など目に入らないかのように、一目散に突進する。そしてすぐ目の前の壁に激突すると、頭をめり込ませるようにして、ばたばたと短い足を回転させた。


 その様子をアルドが眺めていると、すぐ背後から、男性の声がした。


「おお〜い、兄ちゃ〜ん、そいつを止めてやってくれよぉ〜!」


 アルドを追ってきたのは、イザナの市中の男性だった。髷も結わず、具足も身につけない姿からは、男性が武士サムライではなく、城中の下男であることが分かる。


「あんたがからくり猫を飼っているのか?」

「兄ちゃん、こいつに興味があんのか?」


 そう言いながら、男性はその場にしゃがみ込み、小さな生き物——背中の薇が巻き終わらず、動力を持て余すからくり猫を持ち上げた。


「おお〜よしよしよしっ! 可愛いなぁ! ほら見ろ、こいつはなぁ……、こうやって尻尾のつけ根を撫でてやるとなぁ、ごろごろってしてくれるんだぞ!」

「ふうん……それって、意味があるのか?」

「意味はねぇが、可愛いだろぉ〜?」

 からくり猫の、やすりのかかった滑らかな表面に頬擦りをしながら、男性は満足そうに言った。


「可愛いだけじゃなくて、こいつは賢いんだぞぉ〜! 朝は決まった時間に起こしてくれるし、便所にケツを拭く紙も持ってきてくれるしなぁ〜?」

「へえ……、それは凄いな。この猫、あんたが作ったのか?」

「いやっ! こいつは貰いもんよ。呂の国のからくり師の知り合いとかいう、うさんくさい男から、二束三文で譲り受けたのよ」


 そう言うと、男性はからくり猫を床から抱き上げ、肩に担ぐようにしたまま、アルドとの話を続けた。


「兄ちゃん、からくりは知ってるか? 俺たちのご先祖様は、土偶っていう、ひとりでに動く人形を作っててな。隣の大陸には、まじないの力で人形を動かせるような奴もいたらしいが、そういう力を持ってなかった俺達の先祖は、からくりで動く人形を作ってたんだ」


 そうして会話をしている間にも、からくり猫はぱたぱたと手足を動かし、長い胴体が男性の肩からずり落ちてくる。男性はそれに気づくと、またその場にしゃがみ込み、からくり猫を板張りの床に降ろした。


「ああ、からくり猫は、本当に可愛いなぁ……。俺のうちにも猫がいたんだが、かあちゃんにお迎えが来たあとに、追いかけていっしょにあっちに行っちまってなぁ……」


 そして、男は自分を見つめるからくり猫を抱きしめ、その小さな顔に頬を寄せながら、穏やかな声で呟いた。


「からくりには、寿命ってものがないからよ……、ずうっと、俺たちに添い遂げてくれるんだ。そりゃ生きてる猫には適わねぇかもしれねぇが、こいつらだってこいつらなりに、健気で可愛いだろう? 俺みたいな寂しい、もう一度連れ合いと一緒になる予定もない、やもめの連れにはぴったりだよ」




 それから数刻。

 アルドはクロサギ城の城門を潜り、イザナの市中へと向かいながら、再び考えを巡らせていた。


(うーん、さっきの人の話じゃあ、からくりについて詳しいことは分からなかったな……。実際にからくりを作っている人に、話を聞いた方がいいのかな? さっきの人、土偶って言っていたな……)


 そしてアルドは、合成機竜を停めたイザナの郊外を目指した。




「土偶職人……、あれっ?」


 アルドは暖簾をくぐり、ふと首を傾げる。

 天井近くの小さな窓から、薄暗い部屋に日の光が差し込んでいる。この山中の村落に典型的な、藁と丸太を組み合わせて造られた、高床式の住居である。

 そのガダロの小屋でアルドが目にしたのは、記憶に残る落ち着いた物腰の青年ではなく、鉢巻きを締めた、無精髭の目立つ中年の男性だった。


「どうした、お前? うちの土偶工房に、いったい何の用だ?」

「いや、オレは……、ここにいた土偶職人に、土偶の話を聞こうと思って来たんだけど……」


 そのアルドの言葉を耳にした途端、その顔中を土で汚した男性は、きらきらと目を輝かせた。


「土偶の事が知りたいだとぉ〜〜??」

「いや、その、う〜ん……、うん、そうだな! オレに土偶の事、教えてくれよ!」


 そうアルドに言われると、その土偶職人はますます笑みを深め、逞しい腕を体の前で組み、胸を反らせた。


「そうか、そうかぁ〜! まあ土偶と言っても、うちの親方の土偶は、そんじょそこらの土偶とはひと味違うからなぁ〜!」

 男性の大きく自信に満ちた声が、長閑のどかなガダロの小屋に響き渡る。

「ま、どうしても知りたいって言うんなら、この一番弟子の俺様が、直々に説明してやってもいいけどなぁ〜!」

 アルドはその、男性の舞い上がった様子に、無言の笑みを浮かべた。


「うちの工房の土偶の、一体どこがすごいのかと言うとだなぁ〜……、そうだなぁ〜……、うちの土偶はまさに、"はいぶりっど"なのよ!」

「"はいぶりっど"って……、なんだ?」

「う〜ん、まあ……"おいしいとこどり"、って意味だな!」


 そう勢いよく言い放つと、土偶職人は腕を組み直し、いっそう得意気に話を続けた。


「ザミの巻きわらは見たことがあるだろ? あの人形は、あの土地に集まる魂魄が、ふらぁ〜っとわら人形に乗り移り、動かしているんだ。だからあの巻きわらはただのわらの束だし、動きたいように勝手に動く……、ま、一種の精霊みたいなもんなんだ」


「だが、うちの工房で作ってる土偶は……、それだけじゃない!」

 そう、男性は一際大きな声を張り上げると、土色に染まった包帯を巻いた拳を、宙に突き上げる。

「もちろん、ものに命を吹き込むのには魂魄が必要だから、贄偶窟の土を固めて、魂魄が降りるのを待つ……。でも……その先が違う! そう……うちの土偶には、があるのよ!」


「うちの土偶の頭の部分には、俺達の声に反応して、魂魄の流れる向きや速さを変えるを組み込んでいる。これをあれこれ組み合わせることで、土偶を色々な風に動かすことができるのよ」

 そう、少し早口になりながら、土偶職人の男性は、アルドの反応をちらちらと伺いながら話を続ける。


「で、土偶の体の中には、巻きわらのように魂魄がぐるんぐるんと流れているが……、その魂魄を体のあちこちに送り込んでいるのは、頭の中のからくりだ。つまりこの土偶は、霊魂の力と、俺達の手で作ったからくりを組み合わせた、"はいぶりっど"なのよ!」


 そう語る男性の瞳は、純粋な興奮に輝き続けている。きょとんと目を丸くするアルドに、職人はさらに説明を続けた。


「で、その頭の部分のからくりと、体をぐるんぐるんと流れる魂魄を繋げることで……、これは、土偶の首の後ろの部分……、ここを通って、魂魄が行き来をするんだけれども……、魂魄です〜いす〜いと動きながらも、俺達の"にーず"を叶えてくれる土偶が完成したってことなんだな!」

「"にーず"……?」


 話についていくことができず、意味の分からない言葉を聞き返すアルドに、土偶職人は、いきなり居住まいを正した。


「人っていうのは、必ず歳をとるだろう? だけど人の頭というのは、いくら体が衰えていっても、ずっと考え続けることができる……、いや、死の瞬間まで、考えることを止められない。自分の体が老いて、どんどんぽんこつになっていくのを、見守り続けないといけないんだな」


 そしてそれから土偶職人は、これまでアルドに見せた表情が嘘であったかのように、神妙な顔つきで、言葉を結んだ。


「だから俺達は、土偶という存在が、人には必要だと思ってる。俺達の肉体が衰えていっても、俺達のそばに土偶がいれば、俺達はずっと長く、人間らしい生を送ることができる……。俺達はそれを、と呼んでいるが……。そういう、人のようであって人ではない、人に寄り添ってくれる存在が、人の幸福のためには必要なのよ」




 それから数刻。

 ガダロの土偶職人の家を後にし、ホキシの森の外れに停めた合成機竜の元へ向かいながら、アルドは再び考えを巡らせていた。


(うーん、手当たり次第に話を聞いてはみたけど、やっぱりオレ一人じゃ知識がないから、断片的なことしか分からなかったな……)


 けれど——

 アルドはそう、一人反芻を重ねながら、先程まで会話を交わしていた人物たちの表情を、思い返していた。


(でも、何だか……、オレもちょっとだけ、人形のことに詳しくなったような気がして、楽しかったな)


 そう思いながら、アルドは、自分がかけられた言葉の一つ一つを思い出し、光に溢れる森の小道を踏みしめていた。


(人形……人と機械の間の、どっちでもない存在か。これまでも沢山の人が、沢山の思いを、人形に託してきたんだな)


 そう、話をした一人一人の顔を思い浮かべながら、自分に与えられた言葉を思い出す。その度に、どこか温かい気持ちに包まれるように、アルドは感じていた。


(メイエルドって人が……、人形のことを好きになった気持ちも、なんだか少しだけ、分かったような気がするな)


 そしていつしかアルドは——ロイの言葉と、涙を思い出していた。



 すぐに、アルドは顔を上げた。


(————行こう)


 アルドの丸みを帯びた、だが精悍な瞳が、真っ直ぐに前を見据える。


(ロイをこれ以上、危険な目に遭わせるわけには行かない——もう一度オレだけで、ホーンテッド・シャトーに行ってみよう)


 そう心を決めると、自分の帰りを待つ合成機竜の元に向かうために、アルドはさらに、古代の森の奥を目指した。





 古城——ホーンテッド・シャトーには、決して昼の光が訪れることはない。


 廊下に連なるステンドグラスは、陽光を透かして輝くことはなく——窓枠に嵌め込まれた、そこかしこが破損した液晶画面には、800年前の夜空と月が揺らめいている。


 アルドは、長剣を体の近くに構えたまま、生きたものの気配が完全に途絶えた夜の回廊を、再び歩いていた。



 フフッ……

 その合成音が、耳に飛び込む前に——アルドは既に、自分を待ち構えているおぞましい気配の存在を、肌で悟っていた。


 黒いもやのような、はっきりとした輪郭を持たない影が、アルドの歩く廊下の突き当たりに立っている。

 それが、漏れ出す産業プリズマ体に身を包まれた、機械人形の一群であることは明らかである。自分たちが個体であることを、いつしか忘れてしまったかのように——人形達は肌を寄せ合い、掠れた笑い声を立てながら、ひとつの黒い塊のように意識ごと融け合っていた。

 そして、その中心には——まるで、壊れたおもちゃの家臣達にかしずかれた、廃城の王子のように——片腕を欠損なくした冷たいアルドが、無邪気に微笑んでいた。


「出たなっ…………!!!」


 そう言い放ちながら、アルドは人形達に向き合い、即座に懐中に手を潜ませる。

 最前列に控えたトト人形や道化師人形が、絨毯を蹴って躍りあがったとほぼ同時に——アルドは懐から取り出した物体を、ロボット達に突きつけていた。


「——くらえっ!!!」



 キイイイ………… イイン…………



 廃城の廊下に、機械音が鳴り響く。

 ロボット達に向かって突きつけられた、アルドの手に握られていたのは——だった。


 ドサッ、ドサドサッ……

 絨毯に躯体が衝突する、鈍い音を次々に立てて、ロボット人形達がその場に倒れ伏していく。

 だが片腕のアルドは、それをものともせずに——おそらく、仲間達に起こった異変に、気づくことすらもできずに——ゆらりと不安定な体を躍らせ、標的アルドを目がけて、一心不乱に走り出した。


(やっぱり……、ロイの言っていた通り、あいつにこの機械は効かない……。——でも……!!)


「今度こそ……、負けないぞ!!」


 そう、鬨の声を、古城にこだまさせながら。

 アルドは長剣を構え、向かってくるもうひとりの自分を迎え撃つために、紅い絨毯を蹴って、長い廊下を駆け出した。



「お前の、弱点は……!!」



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 ▷首だ!

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