エピローグ

 朝の食卓にはベーコンの焼けた香ばしい匂いと、味噌汁の芳醇な香りが漂っていた。テレビは朝の情報番組を映しており、ゲストコメンテーターが、巷で流行りのグルメについてのコメントを述べていた。

「おはよう」

 少し眠たそうな様子で道正はあいさつした。学生服を着ており、身なりもきちんとしていて、依然とは打って変わった印象だ。

「おはよう」

 母親と雄星が同時に挨拶を返した。母親は出勤前で、ビジネススーツにエプロンをしている。雄星はジーンズにパーカーという、いたって普通の格好だ。

 道正が大きく欠伸をして椅子に座った。

「昨日も遅くまで勉強?」

 味噌汁を流し込んで、雄星が聞いた。

「うん。サボってたから」

「あまり無理をしちゃだめよ」

 母親が、ほどよく焼けた厚切りのベーコン二枚と、目玉焼き二枚の乗った皿をテーブルに置いた。食べ盛りなのでこのくらいがちょうどいいのだ。

「わかってるよ。でも、どうしても、父さんの遺志を継ぎたいんだ。もちろん、それが僕の意志でもあるよ」

「わかってるわ。頑張りなさい。ちなみに、あなたが私の息子だからって、手心を加えるなんてことはないから、そのつもりで」

 道正は笑って「母さんがそんなことするわけないって知ってるよ」

 母親はにこやかに微笑んで椅子に腰を下ろし、雄星の方を見て「あなたはどうなの? 勉強ははかどってる? 学科を変えたんでしょう?」と心配そうに言った。

「うん」雄星はわずかに表情を曇らせた。「正直に言うと、少し苦労してる。頭がパンパンだよ」しかし、すぐに戦意漲る顔つきに変わって「でも、頑張るよ。外交官になると決めたんだから」

「あなたならきっとできるわ。今度の経験が生きるはずだもの」

 ちょうどその時、テレビのキャスターの口調がまじめな調子に変わって、こちらの世界とあちらの世界の、代表者同士の合同記者会見の模様を報じた。昨日まで三日間に渡って、両世界の今後についての会談が行われ、両世界は、互いを不可侵とし、平和的に交流を進めて行くことで合意した。まだまだ決めなければならないことは山ほどあるが、話し合いは始まったばかりで、その最初の一歩としては、十分な成果と言えるだろう。今後、様々な議論が交わされていくはずだ。その時、両世界に対してパイプを持つ、雄星のような人材が必要となるだろう。

 会見には、こちらの世界の代表一名と、あちらの世界の代表として、ヤナ王と、ラント王となったメアリの姿があった。彼らは互いの友好と平和を誓い合ったのち、互いの手を握りあい、その友情を確かめ合った。

 画面が切り替わり、別のニュースを伝え始めた。

「さてと」母親は軽く手を打ち合わせた。「そろそろ学校へ行く時間ね」

 道正は、壁掛け時計をちらりと見て、慌てて味噌汁を掻き込んだ。

「次からはもっと早く起きなよ」

 雄星は苦笑いを浮かべ、食器を片付けつつ言った。

「目覚ましのやつが寝坊したんだ」

「だったら新しいの買わなくちゃいけないわね」母親は微笑を湛えて「寝坊しないのを選びましょうね」と付け加えた。

 道正ははにかみ笑いを浮かべた。

 雄星は苦笑を漏らしつつ、食器をもって立ち上がり、キッチンへ向かった。

 母親が言った。

「あなたはこの後大学?」

「午前中はバイト。午後から講義漬けだよ」

「そう」母親はくすっと笑って「二人とも頑張るのよ」

「うん。それじゃ、行ってきます」

「行ってきます」

 道正は食器を片付けて、鞄を引っ掴むと兄の後を追った。

「行ってらっしゃい」

 母親は優しく言って、息子二人の背中を見送った。玄関のドアが閉まると、彼女は棚の上の写真立てに目を向けた。そして、あなたの息子も本当に立派になったわ、と声をかけ、ショルダーバックを肩にかけ、玄関へと向かった。


                   了

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繋がる世界 藤吉郎 @SK5155

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