DAY28 霜降り

 クラスメイトの家にプリントを届けるという任務を果たし、愛衣あいは手をこすり合わせながら部屋に戻った。


「おかえり愛衣ちゃん」


 真衣まいが笑顔で迎えてくれたが、すぐに彼女の笑顔がひきつった。


「ただいまー。あ、ごめんすぐ閉めるよ」


 部屋のドアが開いているから冷たい空気が入ってきたのだと思った愛衣は、慌ててドアを閉めた。

 だが真衣の中途半端な笑顔はしぼんで、悲しそうな顔になっている。


「真衣? どうしたの」


 愛衣が尋ねたが真衣はすぐには答えなかった。

 なんだ? と首を傾げつつ、愛衣はジャンバーを脱いでハンガーにかけようとした。

 そこには自分のジャンバーがある。


 あっ。


 武瑠たけるにジャンバーを借りたままだったことを思い出して、思わず手にあるそれと、真衣を見比べた。


「判ってたよ。武瑠くんは、愛衣ちゃんが好きなんだって……」


 真衣がつぶやいた一言に愛衣は「えぇっ!?」と声をあげた。


「ちょ、確かにこれはタケちゃんに借りたけど、だからって好きとか話飛びすぎでしょっ」


 愛衣は本当にそう思っていた。

 だが真衣はかぶりを振った。


「愛衣ちゃん、気づいてないんだ。武瑠くん、今までの関係、変えたがってるんだよ」

「それってどういうこと?」

「そんなこと、なんでわたしが教えないといけないのよ。自分で考えてみたら?」


 それっきり真衣は何も話さなくなった。


 そんな中途半端に言われても、愛衣にはさっぱり判らない。

 判らないことにいらだたれても困るし、判ってほしいならはっきり言ってよと憤る気持ちもある。

 しかし妹の悔しそうで悲しそうな顔にこれ以上尋ねられない。


 武瑠が変わろうとしている理由を真衣は自分の口では言いたくないのだということも判った。


 武瑠のどの態度を見て、彼が愛衣を好きなのだと真衣は感じているのだろう。


 派手に言い争ったわけではないが、空気が重い。

 夜の間に降り積もって植物を冷やす霜のようだ。


 夕食後、真衣はさっさと部屋に戻った。

 先を越された愛衣は仕方なくキッチンでぼんやりする。


 母が片付けるのを眺めながら、どうすればいいんだろうかと愛衣は考えた。


「何か困りごと?」

 母が尋ねてきた。


「うーん、判らないことで相手が怒ってるけどどうしたらいいのか判らない、って感じかな」


 愛衣は素直に打ち明けた。


「それは、判らないのはごめんねって謝っておいて、あとは放っておくしかないわねぇ」


 意外な答えだった。


「愛衣ちゃんが先に判るかもしれないし、真衣ちゃんが理由をきちんと話してもいいって思うのが先かもしれないし。もっとほかの解決法があるかもしれないし。焦ったってなにもいいことないわよきっと」


 母に言われて、確かに早く仲直りしたいと焦っていることに気づいた。


「でも、家の中ぎくしゃくしちゃうよ?」

「仕方ないんじゃない?」

「ドライだっ」


 愛衣は思わず笑った。


「家族だって人と人の集まりだから、そんな時もあるよ」


 母の一言で、ずいぶん気分が楽になったと愛衣は思う。


「じゃあ、そうする」


 明日は気晴らしに一人でどこかに出かけてみるのもいいかもしれない、と愛衣は気楽に考えることにした。

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