DAY17 錯覚

 天体観測から帰ったら、母がココアを淹れてくれていた。

 星は綺麗だったが寒さが身に染みた。

 双子も父もココアに飛びついた。


 あたたかいマグカップに触れて、真衣まいはほっと息をついた。


「あー、愛だねぇ」

 愛衣あいがしみじみと言う。


「うん、母さんの愛だ」

 父がしみじみとうなずいている。


「お父さんとお母さんっていつ知り合ったの? プロポーズはどっちから?」


 愛衣の突然の爆弾発言に父はココアを噴きそうになった。


「最初に会ったのは高校生の時ね」

 代わりに母が答えている。


「もうそんなことをさらっと聞く年になったのか」

 父はマグカップを持ってリビングに逃げて行った。


 相当照れてるんだなと真衣は父の背中を見てにやにやしてしまった。


「あ、父、戦線離脱」

「何を暴露されても文句は言えないね」


 ひとしきり笑ってから、母の話の続きを興味深く聞いた。


「高校の時は別に意識してなかったよ。ただのクラスメイトで、そこそこ話す相手、みたいな感じで」


 自分にとってはしんがそれに近い立場かなと真衣は思った。


「で、大学に進学してわたしは他に好きな人ができたんだけど、お友達と同じ人でねー、友達ともめたくないからひいちゃった。それを慰めてくれたのが、お父さん」

「えー、ちょっと、お父さん、うまいことやるなぁ」

「愛衣ちゃん、その言い方」


 倉橋家の女性三人の笑い声がキッチンに広がった。

 リビングの父は我関せずと背中を向けているが、何を話しているのかはしっかりとチェックしている体勢だと真衣は見ている。


「いいなぁ、そういうの。もしもわたしが失恋したら、誰か慰めてくれるかなぁ」


 真衣が言うと父が振り返った。


「真衣、好きなのがいるのか」

「やっぱり聞いてたー。お父さんが心配するようなことはないから大丈夫だよ」

「別に何も心配なんかしてないぞ」


 何そのツンデレ、と女性陣はまた笑う。

 父はまたそっぽを向いて、しかしこちらに聞こえる声で言った。


「所詮、恋は脳の錯覚なんだからな。悩むとしてもそんな真剣になることはないぞ」

「あの時と同じセリフねぇ」


 母がクスクスと笑っている。


「え、恋って脳の錯覚なの?」

「そう言うわねぇ。でもその時感じた気持ちは本物なんだから、いいじゃない、ねぇ」


 錯覚、かぁ。

 真衣は心の中でひとりごちた。

 悩むとしてもそんな真剣になることはないという父の言葉に、なんとなくほっとしている自分に気づいた。


 何が一番自分にとって大切なのか。ちょっと冷静になって考えてみようと思った。

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