DAY15 オルゴール

 家に戻って、愛衣あいはノートを机の上に置いた。


「発表、うまくまとまった?」


 真衣まいが声をかけてきた。


「うん。ありがとう」


 本当は発表の話なんてしていないのだが愛衣は笑顔でうなずいた。


 真衣は真のことをどう思ってるんだろう。

 と考えてみたが、妹の真に対する態度を見ていると、好意的な感情に結びつかない。嫌いではないというレベルだろう。

 真のストレートな好意の表現がからかいでないと気づいた時、真衣はどう応えるのだろうか。


「何かあった?」


 問われて、愛衣は我に返った。


「ううん。そんな大したことじゃないんだけど、タケちゃんね、まだ六年の時に作ったオルゴール残してたんだよ」

「そうなんだー。見せてもらったの?」

「机の上に置いてた」


 真衣は「へぇ」と笑った。

 その笑顔が、少し複雑なものを含んでいることに、愛衣は気づいた。


 忘れていた、オルゴールに関する出来事を思い出した。


 小学六年生の三学期、卒業を間近に控えた頃だった。

 図画工作の時間でオルゴールを作ることになった。

 機械の部分は注文して、外枠を自分達で作るのだ。

 オルゴールの曲は候補が十曲近くあり、その中から選ぶことになっている。


 倉橋くらはし姉妹と武瑠、真は四人でお揃いの曲にしようと申し込んだが、希望の曲は二人分しかなかった。

 誰が最初の希望の曲にするのか、軽くもめたのだった。


「愛衣ちゃんと真衣ちゃんでいいんじゃないか? 双子なんだしお揃いがいいだろ?」

 武瑠が提案した。


 愛衣はうなずけなかった。

 仲良しグループ四人がお揃いにすることに意味があるのであって、姉妹二人だけでお揃いの曲にしてもあまり意味がない。オルゴールを楽しむならむしろ違う曲の方がいいんじゃないか、と愛衣は思った。


 すると、真衣が同じことを口にした。


 愛衣は驚いた。真衣はあまり自分から意見を主張することはないから。


「武瑠くんと真くんでいいんじゃないかな」

「えー? 男同士だけでお揃いってやだよ。だったら真衣ちゃんとがいい」


 真が異を唱えた。


 今思うと、あの頃から真は真衣のことが好きだったのだろうか。


「だったら、じゃんけんとかくじ引きにしよう」


 真衣はさらりと真の希望を無視して、偶発的要素にゆだねる案を出した。

 結果、愛衣と武瑠が第一希望の曲になり、真衣と真はそれぞれ別の曲を選んだ。

 ここで真が真衣と同じ曲にしていたら、あの時に真の本気の気持ちに気づいていたのかもしれないが。


「愛衣ちゃん?」


 呼びかけられて、愛衣の思考が今に戻ってきた。


「あぁごめん。あの時のこと思い出してて」

「オルゴールの曲を選んだ時のこと?」

「うん。四人揃って同じのにできなくて残念だったなって」

「でも愛衣ちゃんは武瑠くんと同じでよかったじゃない」

「まぁ一番好きな曲ではあったけど……」


 真衣が「まずい」という顔をしたので愛衣の返事が中途半端になってしまった。


(え? どういうこと? 真衣はタケちゃんと同じのがよかったってこと? それって……)


 それってつまり。

 真衣が武瑠を好きだということ。

 そこに思い至るのに何の不思議もない。


「やっぱ、四人一緒がよかったね」


 気づかないふりをして愛衣は最後まで言い切った。


「うん、そうだね」


 真衣も何事もなかったように答えて、その話題は終わりになった。




 就寝時間になって、暗い部屋の中で愛衣は眠れずに考えていた。


 真は真衣が好き。

 真衣は武瑠が好き。

 武瑠は?


 考えても判らない。


 一つ言えるのは、自分が蚊帳の外だということだった。

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