DAY13 樹洞

 部活の小休憩中、愛衣あいはテニスコートのそばにある桜の木の根元近くに、小さな裂け目を見つけた。


 ソメイヨシノの寿命は六十年ほどというのを聞いたことがある。木の病気に弱いので傷ついたところから幹を腐らせる菌が侵入しやすいのだとか。


 この木も寿命が近いのだろうか。

 こんなに生徒の手に届くような場所にあるのだから、保護されている桜よりは傷つきやすいだろうし、病気にもなりやすいかもしれない。


 今日明日でどうにかなってしまうような状態ではないにしても、将来、母校となったここを訪れた時、桜の木がないのは寂しいのではないかと思う。


「愛衣ー。番だよー」

「あ、はーい」


 桜は気になるが、とりあえず今は部活に集中することにした。




 帰り道で、桜の木の話を持ち出してみた。


「あの桜、春になったら描くのが楽しみなの。なくなってほしくないな」

 真衣まいが少し寂しそうに言う。


「先生にどうにかしてって頼んでみるとか」

「先生が手入れとかしてるわけじゃないだろ」

「手入れしてくれる園芸の人? 業者さん? に依頼してくれるかもしれないでしょ」


 愛衣と武瑠たけるのやりとりに、しんが意外にも真面目な意見を出してきた。


「あとさ、生徒ももっと桜を大事にしないといけないと思うんだよね。放送部でちょっと呼びかけてみようかな」


 真が言うには、ひどいヤツになると桜の花びらを散らせたいがために手が届く枝をゆすったり幹を蹴ったりするのもいるらしい。


 ひどいことをする。

 それはぜひ、注意してもらわないといけない。


 それぞれが何か考えることがあるのか、みんな黙ってしまった。


「全然関係ない話になるけどさ、物語とかでよく大きな木の幹の穴に入るってシチュエーションあるよねー。あれやってみたいと思ったことない?」


 重い雰囲気をひっくり返すのもまた、真だった。


「あ、わかるそれ。本とか読んでて、あこがれてた」


 真衣が大きくうなずいている。


「雨宿りで身を寄せ合う男女。いいよなー。真衣ちゃん、今度一緒に山に遊びに行こうか」

「行きません」


 こんなやりとりも、もはやお約束だ。


鎧塚よろいづかって真衣からかうの好きだよね」


 愛衣がそっと武瑠にささやくと。

 武瑠は、あいまいな顔で笑った。


(……あれ? ここは「ほんと、しょうがないヤツだ」って苦笑するところじゃないの?)


 武瑠の反応に愛衣は今までと違う何かを感じた。


 そして思い当たる。

 真の好きな相手って、もしかして真衣なのか、と。


 からかっているのではなく、いや、ちょっと茶化してる部分もあるかもしれないが、真は前から精一杯彼なりの方法で真衣にアプローチをしているのではないか。


 しかし真衣の好きな相手は、きっと真ではない。

 真衣は好きな相手にすげない態度をとるいわゆる「ツンデレ」ではない。


 果たして、真衣は真の気持ちに気づいていてそっけないのだろうか。それとも愛衣がそうだったように単にからかわれているだけだと思っているのだろうか。


 思わず武瑠を見つめた。

 武瑠も愛衣を見た。


 二人して、思わずため息をついた。

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