DAY12 ふわふわ

 母に小説を返して、真衣まいは自室に戻ってきた。


「なんか嬉しそうな顔してるよ」

 愛衣あいが声をかけてきた。


 まるでふわふわと雲の上を歩いているかのような気分の真衣は、うん、とうなずいて先ほどの母との話を愛衣に話した。


 父にはナイショという話だったが、愛衣に話してはいけない、とは言われていない。

 それに、両親に関するこんな幸せなエピソードを独り占めしているのは申し訳ないとさえ思うのだ。


「えー? お父さんが――」

「しーっ、しーっ」


 目を輝かせた愛衣が発した大声に真衣は慌てて両手を振った。

 二人は声どころか息も殺して廊下の気配を伺った。

 幸いにも廊下には誰もいないようだ。

 双子は顔を見合わせてほぅっと息をつく。


「でもでもっ、そりゃ声も出るよっ。あのお父さんが、しゃれたことするよねっ」


 ひそひそ声の愛衣がすごく興奮しているのは表情や息遣いで判る。


「なんか、にやけてきちゃう」

「だよねー。明日の朝までに落ち着かないと」


 二人はあははっと笑った。


「わたしも好きな人にしゃれた告白とかされてみたいわ」


 愛衣の「好きな人」という言葉に、真衣は急に現実に引き戻された気分になった。


「愛衣ちゃん、好きな人っているの?」


 もしも武瑠たけるだったらと思うと胸が痛い。

 だが愛衣はあっさりと「いないよー」と答えた。

 そのあまりにもあっけらかんとした声に、あ、これは本当だなと真衣は感じた。


 ほっとした。

 愛衣がライバルだなんて、他の誰よりも嫌だ。

 勝てないと思うし、それ以前に争う気になれない。


「真衣は?」

「えっとー」


 この話の流れだとこうかえってくるのは自然の流れだ。

 答えを用意し損ねていた真衣は、咄嗟に尋ねてしまったことを悔やんだがもう遅い。


「いるんだー?」

「う、うん……」


 思わずもじもじとしてしまう。


鎧塚よろいづかもだけど、真衣も判りやすいよね」


 軽く笑われて、真衣はもう返す言葉がない。


「ちょっとうらやましいなぁ」

「どうして?」

「なんか、ふわふわって感じで、幸せそうな雰囲気」


 愛衣から見ると自分はそう映っているのだ。


 恋はふわふわ。

 そう考えるとなるほど幸せなのかもしれないが。

 でも真衣としては本気で悩んでいるのだ。


「協力するからさー。誰なのか教える気、ない?」


 武瑠に言われたことを気にしているのが判る枕詞に真衣は笑顔になる。


「本当に行き詰って愛衣ちゃんの力が必要になった時にね」

「それじゃそんな時、来ない方がいいか」


 今は聞かれたくないという意思を愛衣は受け取ってくれたようだ。

 ほっと安心しながら、付け足した。


「うまくいった時も報告するよ。そうできるように願ってて」

「うん。そっちのほうがいいね。きっとわたしもふわふわな気持ちになれるから」


 みんなふわふわの気持ちになれたらいいのになと真衣はうなずいた。



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