DAY11 栞

 真衣まいは本を読むのが好きだ。

 趣味は読書です、と公言できるような高尚な本ばかりを読んでいるわけではないが。


 学校の図書室にもラノベを置いてくれているので気軽に借りてきて読んでいる。

 今日も本を返しに来たついでに何か新しく借りようかと思ってラノベコーナーをざっと見てみたが、これ、というタイトルに巡り合えなかった。


 家に帰って、そういえば両親もわりと本好きだと思い出す。


 父は社会や経済を扱ったようなちょっと難しい本を好んでいるようだが母はそこまで「お堅い」わけでもないらしい。


「お母さん、なにか面白そうな本ない?」

「どんなジャンルがいい? ファンタジー? 恋愛? SF? あ、ミステリーもあるよ」

「ジャンル広っ」


 思わず即反応すると母は笑った。


「今はあまり買わなくなっちゃったけど、結婚する前は結構いろんな本を読んでたのよ。で、なにがいい?」


 真衣はうーんと考えて、それじゃファンタジーで、と答えた。

 それならこれがおすすめ、と渡された小説には栞が挟まっていた。後ろから四分の一ぐらいだ。


 読み切りならクライマックス直前で挟んだのかなと想像しながら愛衣は自室に戻った。


 本を机の上に置こうとした時、手を滑らせてしまった。

 真衣の手を離れた小説は机の上にコトリと落ち、栞が挟まったページが開いた。


「あなたを幸せにします」


 前後は空行の、そのセリフに真衣の目が引き寄せられた。

 真衣はドキドキしながら本を閉じた。


 どんな場面でどんな登場人物が発したセリフだろうか。

 気になって気になって仕方ない。

 大きく深呼吸して、最初のページを開いた。


 物語のメインストーリーも面白いが、真衣はキャラクター達の心理描写にも注目しながら読み進めた。

 話が進むにつれ、誰が誰に言った言葉なのかは予測出来てきた。


 にまにまと笑いが込み上げてくる。


 やがてクライマックス直前になって、あの場面がやってきた。

 主人公がヒロインに永遠の愛を誓うシーンだった。


 最初からあのセリフありきで読み進めたが、何も知らないで読むのとはまた違う面白さがあるなと真衣は思った。

 だがやはり、できるだけ先は知らないで読みたいな、とも。


 物語は大団円を迎え、本の最後のページを閉じた時、もう十時を回っていた。二時間近く本の世界に没頭していた。


「お母さん、小説ありがとう」

「えっ、もう読んじゃったの?」

「うん。すごく面白かったよ。お母さんはあの栞のところから一気に最後まで読んだんだよね。判るわー。盛り上がるもんね」


 真衣が少し興奮気味に言うと、母は軽く首を傾げた。


「栞? どこに挟まってた?」

「『あなたを幸せにします』のとこ」


 母は、「あぁ……」と感嘆の声を漏らして、少し頬を上気させた。


「ふふ、懐かしい」

「なになに?」

「お父さんにはナイショよ?」


 前置きをして母は嬉しそうな顔になって話し始めた。


「あの小説ね、婚約してる時にお父さんがこれ読んでみたらって貸してくれたのよ。いつも結構ビジネス関係のとか読んでるお父さんが珍しいなぁって思ってたら、最初からあそこに栞が挟まってたのよ」


 それって、つまり……。

 真衣の心に温かいものが広がった。


「口下手なお父さんの、一生懸命の誓いの言葉だったんだね」

「そうね。自分の趣味とか興味のあることはよくしゃべるのに、好きとか愛してるとか、そういうことは全然言ってくれなかったけど、あの時は嬉しかったわ」


 いい話! と真衣は感動した。


 が、もしもお母さんが栞に気づかなかったり、挟んでいるのをさっさと取ってしまったりでメッセージが伝わらないかもしれないとお父さんは考えなかったのだろうか、と思い至る。


 しっかりしている父の少しうっかりな面を知って、真衣は今まで以上に父に親しみを覚えた。

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