DAY7 秋は夕暮れ

 美術部で静物画を描くことになった。

 顧問の先生がまずは練習にと持ってきたのは、数個の柿だった。


「おいしそうだねー」

「こらこら、まずは描く。下書きなしで描いてみて」


 あははと笑いがあふれる中、真衣まいは幼い頃の出来事を思い出していた。




 小学校一年生の年だった。あれは十月の末だったか、十一月に入っていたか。

 近所の「ガミガミじいさん」の庭の柿の木に、たくさんの実がなっていた。


 おじいさんは一人暮らしで、そんなに食べきれないだろうに、収穫した柿を誰かに配ったりしているのを見たことがないねと近所の人がうわさしていた。

 離れたところに子供や孫が住んでいるのかもしれないね、とは両親の意見だ。

 だから愛衣あいも真衣も欲しいとは思わなかった。


 その日、愛衣と一緒に学校から帰っていた。

 夕日がとてもきれいな日だった。オレンジ色に染まる景色の中で、おじいさんの家の柿がますます美味しそうにっていた。


 しかし、秋の夕暮れの景色を綺麗だと感動する雰囲気ではなかった。

 上級生の男の子数人が、おじいさんの家の柿の木に小石を投げていた。そのうちの一つが柿にあたって落ちてきた。

 男の子達は柿を拾って逃げて行き、入れ替わるように家から怖い顔のおじいさんが跳び出してきた。


「おまえら! なにやっとる!」


 おじいさんは愛衣と真衣を睨みつけて怒鳴る。


 自分達が柿に石を当てて落としたのだと誤解されている。

 すぐに理解できたが、おじいさんのあまりの剣幕に真衣どころか、少し気の強い愛衣でさえも何も反論できなかった。


「人の家の柿を盗むなど、末恐ろしい子供だ。親もどういう教育をしているのか。さっさと盗った柿を返せ!」


 おじいさんのなおも真衣達を犯人にして怒りをぶつけてくる。

 そこへ、遅れて帰ってきた武瑠たけるが通りかかった。


「あれ? なにしてんの?」


 のんきに尋ねる武瑠に真衣も愛衣も涙目で振り返った。


「こいつらがワシの柿を盗んだんだ」


 おじいさんが武瑠にまで怖い声で言うと、武瑠はきょとんとした。


「えー、あいちゃんとまいちゃんがそんなことするはずないよ」

「柿に石が当てられて落ちたから出てきたらこの二人がいたんだから間違いない」

「ちがうとおもうよ。ほかの子がやってにげてったんじゃないかな」

「おまえは見てないのだろう!」

「うん。けど石をなげたのを、おじいちゃんも見てないよね?」


 武瑠はすごく得意顔だった。

 真実は常に一つとか、はい論破とか言い出しかねないほどのドヤ顔だ。


「なんでおまえはそう自信たっぷりなんだ」

「だって、友だちだから。二人のことはよくしってるよ。そんなことする子じゃないよ」


 武瑠の明るい顔と声に、おじいさんは言葉をなくしてうなり、少ししてから「もういい」と言って家の中に入って行った。


 緊張の糸が切れ、真衣は泣き出した。

 愛衣もつられて泣きながら「タケちゃんありがとう」と連呼していた。


 夕陽がとてもきれいな日だった。




 柿の実を絵具で画用紙に描きながら、真衣はそんなことを思い出していた。


 あれから七年経って、こう反論すればよかったとか、そもそも鞄や服を調べても柿が出てくるはずないのだから堂々としていればよかったのだとか思うが、それは今だから言える話である。


 真衣はとても怖かったし、おそらく愛衣もだろう。


 秋の鮮やかな夕暮れの景色を見ると、あのおじいさんを思い出してしまうこともある。


 しかし同時に、ガミガミじいさんとあだ名される偏屈じいさんを論破してくれた武瑠ヒーローのかっこいい思い出でもあった。




 部活が終わって、帰る支度が出来たら準備室に報告に来てねと先生は言い残して隣の部屋に入って行った。

 絵具を片付けて、荷物を持って準備室を覗いたら、先生がさっき描いた柿を切っていた。


「はーい、お楽しみタイムー。一人一個ね」


 みんな喜んで柿をつまんで口に運んだ。


 一緒に帰る愛衣達には申し訳ないが、一つしかないので真衣もこの場で食べてしまった。


 ふと外を見ると、沈みかけの太陽が辺り一帯を濃いオレンジに染めていた。


 秋の夕暮れの思い出が、また一つ増えた。

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