DAY5 チェス

 夕食後、子供部屋の自分のスペースで真衣は漫画を読みながら物思いにふけっていた。


 帰り道で、武瑠たけるが姉の愛衣あいをほめていた。

 愛衣には愛衣に似合う良さがある、と。


 すごく当たり前のことで、真衣まいもそう思っている。むしろ真衣の方が愛衣よりもいい子だと思う。


 愛衣の言うように、とってつけたフォローのような言い方でもあった。


 しかし、あの瞬間に感じてしまった。

 理屈ではない感情的なところで察したのだ。

 もしかすると武瑠は愛衣が好きなのかもしれないと。


 中二になってから何かと格好をつけたがる武瑠だが、女の子相手に誉め言葉を並べるような、いわゆるモテ系の格好よさを目指しているわけではない。もっと硬派な俺を演じていると思う。

 モテ系を目指して――失敗しているのは真の方だ。


 武瑠が女の子を褒めた。しかも少々ケンカしても仲直りなんて必要ないぐらい自然に一緒にいる幼馴染愛衣を。


(もしも武瑠くんが愛衣ちゃんを好きなら、わたし、かなわない)


 どんどん思考が暗くなっていく。

 なにかあったかいものでも飲めばちょっとは落ち着くだろうか。

 そう思って真衣はキッチンにおりていった。


 キッチンの隣のリビングで、両親が机の上を見つめている。

 彼らの視線の先には、チェス盤。

 ホットミルクの準備をしながら、ちらちらと親を見ると、二人は楽しそうに駒を動かし、考えている。


「どうしてチェス?」


 ミルクパンをコンロにセットして、真衣もリビングの両親のそばに寄った。


「ちょっと片付けてたら出てきたの」


 母がにこやかに言う。

 元々このチェスは、結婚する際に母の父、真衣の祖父が持たせたものだ。子供が産まれたら知育玩具として使うといい、と。


 そういわれてみれば一時期、母からチェスやってみない? と誘われたことがあった。

 愛衣も真衣もあまり興味がなくて断ったら母はそれ以上言ってこなくなったから忘れていた。


 どうやら母も忘れていたらしく、片付けをしていて出てきたから、懐かしくて父と遊んでいるところなのだ。


 父はどちらかと言うと将棋の方が似合いそうな気がするなと真衣は思ったが、それは言わないでおく。


「チェスと将棋ってどう違うの?」

「真衣は将棋の方に興味があるのか?」


 将棋の話題に触れると父の笑顔が輝いた。やはり父は将棋の方が好きなのかもしれない。


「そういうわけじゃないよ。ちょっと疑問に思っただけ」


 言いながら真衣はキッチンに戻って出来上がったホットミルクをマグカップに注いだ。


「将棋もチェスも発祥は同じらしいよ。西洋に渡ってチェスになって、中国から日本に入ってきたのが将棋だって話らしい」


 駒や盤のマス目の数など、父は将棋とチェスの違いを挙げてくれた。


「一番の違いは、取った駒を使えるか使えないかかな。チェスも将棋も戦争とすれば討たれた兵士は戦死するのか捕虜になるのかの違い、みたいな感じで」


 なるほどと真衣は感心した。


「こういう遊びは性格が出るな。どんどん攻めていく人とか、守りから反撃する人とか、遊び方に癖が出る」


 父は自分の言葉にうんうんとうなずいている。

 なおもうんちくを口にしそうになる父の気配に、真衣はそそくさとその場を離れた。


 部屋に戻ってホットミルクをすすりながら考える。


(わたしと愛衣ちゃんと、武瑠くんをめぐって「戦い」になっちゃったら、どうなるんだろう)


 愛衣は行動的で明るい性格だ。真衣もそこまで内気というわけではない(と自分では思っている)が、愛衣を相手にそもそも戦意がわくだろうか。


 もしも武瑠が自分を好きになってくれたなら、好きだと言ってくれるなら付き合うということになるだろう。


 だがその武瑠は、おそらく愛衣が好き。


 そもそも勝負の舞台に上がることすらできないのではないか。


 そう思うと、せっかくのホットミルクも胸を温めてはくれなかった。

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