4:44

ミトト

1




 ———オカルト部。一般的には、何をやっているのかイマイチ理解されないマイナー部活だ。


 むしろその存在すら疑われる時がある。


「へー本当にあるんだ(笑)」だとか、「良く部費がおりたね(嘲笑)」等と不名誉な事を言われまくるこの部活に、私こと三神あかりは三年間在籍している。お陰様で部長である。


「ねえ、三神さん。ちょっとおもしろそうな話があるんだけど調べてみない?」

「ヘぇ〜! ヨスガがそんな事言うなんて珍しいな」


 そのオカルト部の室内でダラダラとしていると、唯一の活動メンバーである平坂ヨスガが話しかけてきた。


 コイツは変わった名前だが、まあ、今はやりのキラキラネームなんだろう。絶対、名前を弄られてきたに違いない。あんま突っ込んでやるのも可哀想なので、親しみを込めて名前で呼んでやることにしている。


「ちなみに内容は?」

「幽霊について」

「は〜ベタだね〜」


 マジでありきたりな話に鼻で笑ってやった。すると、ヨスガはムッとした顔になる。


「あのさあ。そうは言うけど、この話、結構信憑性があるんだよ? ほら、三神さんが使ってる通学路に神社があるでしょう?」

「ああ、そういえば」


 確かに、ある。ただし、古びているからか誰も近寄らない場所だ。

 

 立ち入り禁止の看板が鳥居に括り付けられているし、ここの前を通ると何故かいつも肌寒い。真夏でも鳥肌が浮き出るくらい、妙な怖気を感じるのだ。


「確かに気になるけどさ。別にここじゃなくても良くない?」

「でも、前に心霊スポットに行って写真を撮るって言ってたじゃない。番組に送るんでしょ?」

「ああ……」


 言った。これも確かに。だって、こういう場所で運良く心霊写真が撮れて、尚且つ番組に採用されれば金一封が貰えるのだ。


 目立った活動もしていないし、そろそろ何かした方がいいのかもしれない。


 部活のメンバーはそのほとんどが幽霊部員で、実際に活動してるのはこいつと私のみである。


 うちの学校は、生徒は必ずなにかしらの部活に入らないといけない決まりがあり、さっさと帰りたいと思っている奴らの格好の餌食となっている。


 まあ、名前だけでも貸してくれるのはありがたい。こちらとしても部員が5名以下で廃部になるので持ちつ持たれつと言ったところか。


「しかもその場所、生前、仲の良かった人と会えるらしいよ」

「……それって本当?」

「もちろん」


 それなら話は別だ。私にはどうしても会いたい人が居たから。


 両親が共働きで、鍵っ子だった私にとても良くしてくれたおじいちゃんに。大きくなったら必ず恩返しをしようと思っていた矢先におじいちゃんは心筋梗塞で亡くなってしまった。


 私は当時小学生で、その日は登校していたからおじいちゃんの死に目に会えなかった。もう一度だけどうしても会いたい。そう思っていたからか、ヨスガの話に飛びついた。


「よし、行くか」

「そうこなくっちゃ!」


 ヨスガはとても嬉しそうに、にんまりと笑った。


 


 部室を出ると、グラウンドの方から爽やかな声が私達にかけられる。


「おーい! 今日も活動するのかー?」  


 声の主は、元オカルト部員———相馬春翔という。こいつはオカルト部初期メンバーだったが、後にできた彼女と同じ部活に入るからと言う理由で辞めていった薄情者である。ちなみに今は陸上部だ。


「そー! 今日は神社にいってみるつもりー!」

「そうかー! 気をつけろよー」

「あいよー」


 爽やかに手を振ってくれるので、私とヨスガも振り返す。活動し終えたらそのまま帰るつもりなので、私たちはカバンとカメラをもって件の場所を目指した。




 ——— 4:44。この時間は、あの世とこの世が繋がりやすくなる時間なのだという。


 なんでもヨスガが言うには、死んだ人間は生きている人間と変わらずその辺を普通に歩いているらしい。


 普段は決して交わる事ができないけれど、条件さえ揃えば認識する事が出来るのだとか。神仏との関わりの深い場所が繋がりやすく、尚且つ4:44でなければならないのだという。


 どこで仕入れてきたのか、こいつはやたらとそっち方面の話に詳しい。そんな話をしながらやつと歩いているうちに目的の場所へ辿り着く。けれど———


「相変わらず寒気がするな」


 まだ日のあるうちに来たというのに、この周辺だけ異様に重苦しい気配がする。手入れされていない木々が生い茂っているからだろうか。


 入り口にある朽ちた鳥居には立ち位置禁止の看板が括り付けられており、しめ縄のようなもので鳥居全体を封鎖している。


「やっぱりやめようかな……」


 怖気づいた私を見て、ヨスガが呆れたように溜息をつく。


「ここまできて何言ってんの? ほら、行くよ」

「うわ! ちょ、ちょっと……」


 ぐいっと私の腕を引っ張り、ヨスガはズンズンと階段を登っていく。この先は境内に続いている筈だ。一歩登っていく度に、身体中に纏わり付く怖気が酷くなっていく。段数はそんなにない筈。なのに、延々と登っているような気がしてしまう。


 やがて階段を上り切ると、ヨスガはピタリと足を止める。様子のおかしい彼に声を掛けようとして———辞めた。


 境内の先。そこには季節外れのお祭りが開かれていたからだ。


 一見すると、普通の縁日にそっくりだった。りんご飴や、焼きそば、かき氷にたこ焼き。食べ物系の屋台が多い。


 非日常的な光景の癖に、食べ物は妙に美味しそうで食欲を唆る。私の視線に気がついたのか、ヨスガは呆れたように口を開く。


「言っておくけど、こう言う場所では食べるのはご法度だよ?」

「あ、ああ。“よもつへぐい”ってやつだろ?」


 あちらの世界のものを食べたら、こちらの世界に戻れなくなる。ヨスガはそう言いたいのだろう。


「なんだ知ってたか。後は死んだ人間から貰ったものを食べてもダメだけど」

「まあ、オカルト部としては当然」


 そう言いながら、私とヨスガは行き交う人達の姿を眺める。皆が皆半透明で、実体がない。屋台の人も、通行人も。私達を除いた人間は全て。


「これ……」

「あの話は本当だったみたい。ねえ、この中に、三神さんの会いたい人はいる?」


 淡々と告げる声を聞いてハッとした。そうだ。ここでぼーっとしている場合ではない。こういう場所は長く居続けると良くないと昔から相場が決まっている。


「わからない……でも、おじいちゃん、昔は鈴カステラが好きだったと思う」

「わかった。そこへ行ってみよう」

「あ、ああ」


 ヨスガは私の腕を引いたまま、迷いなく境内の奥へ進んで行く。すると、社の手前に鈴カステラの屋台があるのが見えた。急いで辺りを伺う。すると———


「おじいちゃん……?」


 いた。屋台の角の方でぼんやりと佇む懐かしい人の姿が。今度は私がヨスガの腕を引っ張りながら、急いでおじいちゃんの元へ掛けて行った。


「おじいちゃん!」


 声をかける。けれど、おじいちゃんは私をぼんやりと見るだけで返事がない。


「おじいちゃん……?」


 もう一度声をかけてみる。すると、おじいちゃんはゆっくりと口を開き、微かな声で言葉を紡ぐ。


「あかり……お前はもう、あちら側には帰れないよ……」

「おじいちゃん……?

「お前はとっくに目をつけられてしまった。可哀想、可哀想にねぇ……」

「なにそれ、どういう……」


 背筋を嫌な汗が伝う。見知った筈のおじいちゃんがとても怖い。立ち竦んでいると、ぐいっと手を引かれる。


「行こう。三神さん。様子がおかしい」


 くいっとアゴでおじいちゃんを指し示す。おじいちゃんは私達をみて震えながら何事かを小さく呟いていた。


「わ、わかった」


 それから私達は境内を駆け抜けて、急いで来た道を戻って行った。階段を降りていき、あの特徴的な鳥居を潜る事ができて心底ほっとする。


 安心したからか、身体中からどっと汗が吹き出る。あたりはまだ明るいままで、スマホの時刻を確認すると、ちょうど4:45に表示が切り替わった。


「時間が全然経ってない」

「きっと、あの世に行ってたせいだよ。戻って来れたから、時間が動き出したんじゃない?」

「そっか」


 無事に戻って来れたのか……?


「ねえ」


 ヨスガが口を開く。


「おじいさんに会えて良かったね」

「ああ。でも、なんだか怖かったな。ぼんやりとしていて、様子が変だった」


 それに———私をみて、『可哀想』と言っていた。一体どう言う意味だろうか。思い出したせいか、震えるような寒気が駆け上がり、口の中が酷く渇く。


「大丈夫? 飴ならあるけど食べる?」

「あ、ああ。ありがとう」


 そう言ってヨスガが私に手渡してくれたのは、闇色の包装紙に包まれたでっかい黒飴だった。


「渋っ! お年寄りかよ」

「……三神さんさ。本当失礼だよね。貰えるだけありがたいと思ってくれる?」


 気遣わしげにしていたヨスガの顔が一気に脱力した。こいつには悪いが、お陰でやっと日常に戻ってこれたのだと頭が理解する。


「ごめんごめん。ありがとう」


 お礼を言いながら、私は飴玉をスカートのポケットにしまった。


「ちょっと。なんでしまってんの」

「今黒飴の気分じゃないわ」


「本当信じらないこの人……」とか言いながら、ヨスガはぶつぶつ不機嫌そうに呟いている。好意でくれたところ申し訳ないが、マジで今は黒飴じゃないんだわ。


 多分ソーダ味ならすぐに食べていただろう。





 翌日の放課後、とりあえず部室に来てみたものの、どうにもやる気がでなかった。

 

 昨日おじいちゃんが言っていたあの言葉が妙に引っかかる。気に入られた? 一体誰に?


 その時の光景を思い出してしまい身体が竦む。こんな時には気分転換が必要だろう。


 そういえば、と思い出す。ヨスガから貰った飴玉をポケットに入れたままだった。手を突っ込んでポケットから黒飴を取り出すと、包みを開いて口の中に放り込む。


 コロンと舌で転がしてみるけれど。うーん……やっぱり若向けじゃないって言うか。おじいちゃん家の味だわ。うん。


 今日はもう帰ろう。そう思い、部室のドアを開けると、いつものように相馬春翔に声をかけられる。


「よ! おつかれ! 今日も一人で活動してるの?」

「はあ?」 


 なに言ってんだコイツ。私がヨスガと一緒にいるのを何度も目撃してるくせに。


「一人じゃないっての。いつもヨスガがいるじゃん」

「誰?」

「だからヨスガだって。3ー2の。お前と同じクラスの」


 相馬春翔は本気で困惑した顔をしている。


「……俺、そんなやつ知らない」

「…………え?」

「つーか、うちのクラスにヨスガなんてやついないぜ? お前本当に大丈夫か?」

「……嘘」

「本当だって! 大体そんな変わった名前のやつがいたら嫌でも忘れないだろ?」

「それは……」


 確かに、あの名前はどうしたって忘れられない筈。


 そういえば、今日はヨスガの姿を見ていない。





 相馬春翔と別れてから、自宅への道を歩いていくうちに、ヨスガと話していた事を思い出す。


『———あちら側の食べ物を口に含むと、こちら側に帰って来れない』

『死人から貰ったものを食べても同じ』


「———あ」


 ぼんやりとしながら歩いていたからか、ちょうど、例の道の前に来ていたらしい。時刻は4:44。私の通学路の、古びた神社の前に。


「ねえ」


 後ろから聴き慣れた声が聞こえてくる。口の中に含んだ飴玉がカリ、と音を立てて割れる。


 ゆっくりと後ろを振り返ると———


「飴玉、食べてくれた?」 


 見慣れた筈のヨスガが楽しそうに微笑んでいた。


「三神さん、迎えにきたよ」


 全身にあの怖気が絡みついていく。“平坂ヨスガは存在しない”と相馬春翔は言っていた。それなら、一体。




 ———コイツは誰だ?



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