7. 第三戦目『Little Giant』下
息を整える。
袈裟かけに固定された愛銃の感触を確認し、ついに俺は高層ビルの一階エントランスロビーへと飛び込んだ。
そして一歩。
視界の左隅で何かが点滅していることに——気がついた。
その時、すでに俺の体は爆発音と共に吹き飛ばされていた。
「——ッッ⁉︎」
瞠目した。
負傷したことでエフェクトが大きく揺れる。キーボードを打つ指に勢いが激しく回避を試みる。だが、すでに宙を舞ったアバターを見て、悪る足掻きと悟り、散漫してしまった思考を無理くりまとめあげるために全力を注いことにした。
何が起きた?——爆発だ。目的は?——勿論、奇襲……!
導き出した結論、次いで現状把握を急ぐ。
吹き飛ばされ俺のアカウントはエントランスホール右隅に設置された長椅子の裏に横たわっていた。
大丈夫だ、落ち着け。画面下の体力ゲージは、まだ小指を机の角にぶつけて耐え抜けるぐらいの体力は残っている!画面一杯真っ赤だけど大丈夫‼︎
肝を冷やし、未だ温めきれていない俺だが、今は回復道具が一式揃っているカテゴリーを即座に選択する。回復カテゴリーのそれらから長方形の回復キットを選択。次いで、電気信号を受諾したアバターが、伏せながらも指示通りに実行に移した。
ちなみに、今使用した回復キットは、減りに減ってしまったをHPの八割を癒してくれる効果を持つ優れものだ。もちろん一瞬で治癒されるわけではなく、画面上には十秒カウントが表示される。これが回復キットで治癒されるまでに要する時間を表しているのだが……。
——しかし、まさかこのタイミングで奇襲を仕掛け来るとは予想もしていなかった。
仮に、仕掛けてくるのなら設置爆弾を使用した確実性の高い手段を用いたエレベーターの中か、あるいは非常階段だと高を括っていた。
だが、現に俺を襲った攻撃は、奇襲と呼ぶに相応したものだった。完璧にこちらの意図の意表を突いた不意打ち。
思わぬ奇策に冷や汗を流しながらも、その
続け様に、回復カテゴリーからボトル型のアイコンをタッチ。先ほどと同様、即座にアバターが同種のボトルを手に取り、ごくごくと喉を鳴らす。これは微量ずつだが、一定時間だけHPを自動的に回復してくれる効果を持つ回復アイテム。
丁度、画面下の八割ほど占めている白いHPゲージが徐々に割合を増していくのが見てわかる。時期にHPゲージが全回復していてくれるだろう。
「……」
回復に専念していた意識を戻す。今もなお、周囲を覆い尽くす爆煙の中、俺は低姿勢を保った状態のまま周囲の警戒に当たる。
そんな俺の鼓膜に聞き慣れぬ駆動音が響いてきたのは、まさしくその直後だった。
————ウィィ————…………。
何事かと息を潜める。
そしてそれが何を連想させる駆動音だったのか、その正体を察したとほとんど同時だった。証拠と言わんばかりに、『チン!』とこの場に似つかわしくない垢抜けた音が
「……っ」
その駆動音は、現代でもお馴染みの報告音。昇降機、工学分野ではその名をエレベータとも呼称する。
静かに愛銃に手を伸ばす。
スリングから手慣れた動作で銃身を抜き取り、素早くグリップを握りしめ、息を殺す。
次第に空間を覆う爆煙は失せ、砂煙とかし、やがて消えた。
アカウントと連動しているかのような緊張感からゴクリと喉を鳴らす。だが決して焦らず、銃身を長椅子の上に構え直す。リアスコープ越しに周囲を捉え、音を立てずトリガーに手を引っ掛ける。
リアスコープによってさらにクリアになった視界に映るエントランスホール、視界を巡らしエレベータの位置を再確認。そして、前方十メートル辺りにそれらしき扉の位置を把握。
しかし一足遅かった。映されたエレベータの扉は開閉されおり、正方形の壁で囲まれたそこはもぬけの殻状態。
(——っ‼︎)
背中に嫌な汗が流れる。
一度目の奇襲を許した、ゆえに二度目の奇襲には最大の警戒をもって対応していたはずなのに、蓋を開けてみればこの体たらく。
(くそっ、何やってんだ俺は!)
腑抜けた己を自戒する。油断したのは確かだが、俺はまだこの地に立っている。
思考を巡らす。
思えば、不可思議な点がある。音だ、厳密にいえば、アバターが移動する際に生じる足音が全く聞こえなかったのだ。
予測、ひいては危機察知能力は、バトルロイヤルにおいて重要なファクターを果たす。常に先を見据え、いかに迅速に迫り来る危機に対応できるのか、ことバトルロイヤルでは常に問われるカテゴリーの一つ。
俺はキーボードとマウスを巧みに操り、アバターの右足を主軸に百八十度体を反転してみせる。
そして、方向転換してみせたその先で、トリガーに掛けおいた指をノールックで力の限り引いた。
————ドドドドドドドドドッッ——‼︎
轟く重低音と共に眩い閃光が視界を覆う。それに起因して、アサルトライフの中でも一際強い反動を持つAK−47の銃身が大きく波打つ。
我が愛銃は、初心者ならず多くのプレイヤーから忌避される銃器として名高い。しかしその反面、狙撃銃にも引きを取らない火力を持ち、使いこなしさせすれば大抵の銃撃戦で撃ち負けることはない。要するにAK−47も人を選ぶのだ。
かくいう俺も、無反動で使い熟すまでの域に達しているわけではないが、世間一般的に言う『使い熟す』レベルには達していると自負している。
そんな愛銃から発砲された7・62ミリメートの円錐型の弾薬が飛来していく先には、エレベーターを除いたこのビル唯一の移動手段となる、非常階段の入り口があった。
躊躇いもなく放った弾薬。五月雨のように被弾した非常階段入口付近一帯は蜂の巣と変わり果てる。
十秒ほどで弾薬は空となり、現在は砂埃が舞い上がっている。
そして俺は見逃さなかった。
立ち込める砂埃の中に、怪しげに揺らめくいた影を——。
(——ちっ、外したか!)
違和感は覚えていた。先ほど放った銃弾には全くといって良いほど手応えがなかった。実際に目視で確認してものをいっているのはわけでないが、しかしだからといって適当に判断を下したわけでもない。いうなれば感覚的、即ち経験則、直感的に肌でそう感じたまでのこと。
しかし、経験とは実に雄弁なのだ。時に知覚している以上に目に見えない『何か』を語るのだ。それに、この程度の攻撃であのやよいを仕留めれられるとも思っちゃいない。そこまで俺は自信過剰でなければ夢みがちな男でもない。
自分の経験と勘を信じ、俺はもう一度長椅子の影に身を潜め奇を
「……っ」
躱されたことはわかっている。問題は次だ。どこにいる?この煙幕の中か?それとも既に移動したのか?——いや、このフロアの中で息を潜めている可能性が最も高い。
幾つもの可能性が脳裏を過っては——消える。
ここから先は可能性の世界。むやみやたらに飛び込むことは、即ち敗北と同義。しかしだからと言って逃げ腰人なるのは論外だ。
——考えろ、狼狽るな、音無やよいの、幼馴染みの思考を読み取れ、感じ取れ。あいつらなら……どうする——!
一瞬閃き、あるいは直感を経て、俺は瞬時にでんぐり返しの要領で長椅子を飛び越える。刹那——先ほど立っていた場所がノータイムで爆発した。
(——ぐぅッ!)
爆風に背中を煽られ、俺のアバターは背中から地面に強打。二、三回ほどバウンドを果たし、ようやく止まった。
即座に画面下のHPバーがみるみる減少し始め、やっと停止したと思えば六割強削られていた。HP バーMAX状態が緑、半分以上磨耗した今は黄色く表示されている。
俺のHPバーを瞬間的に、それも意図もたやすく削り取ってしまい、なおかつ直前まで悟られずに行える攻撃手段など知れている。そう、それはスモークグレードと同じ、投擲武器の一つ——ハンドグレネード。またの名を手榴弾。
一応の安全装置である頭部のピンを外せばそれは無類の攻撃力を発揮するそれは、球体を模した物あれば筒状のものまであり、内部に秘めた炸薬を糧に爆発を起こす危険極まりない投擲武器だ。
一度まともにくらえば如何にゲーム内とはいえど、高確率で四肢をもがれ、無慈悲に
吹き飛びゲームオーバーとなること請け合いの最凶武器。
故にプレイヤーの中には、真剣勝負の場においてグレネードは忌避する嫌いを持つ者もいる。しかしそれは単なる言い訳に過ぎないと俺は思っている。
『Little Gigant』の掲げるコンセプトは、よりリアルな戦場なのだ。
ともすれば、グレネードもまた立派な投擲武器の一つであり、それを用いられる場所を戦場と呼び、戦闘を戦術と呼ばずしてなんと呼ぶ。
だから今回の三本勝負の規定違反にもならいし、文句を言うなどもってのほかである……などと、格好付けたいのはやまやまなのだが、やはりその攻撃に一切の温情はなかった。ゆえに、先ほどやってのけたように、逃げおおせることしかままならないのが現実なのである。皮肉なことにそれが最も生存率が高いのだ。
(……にしてもやよいのやつ、こんなにもまどろっこしい戦闘スタイル、いつの間に修得していたのやら……)
本来、俺の知っている音無やよいという少女の戦闘スタイルは、性格無比な狙撃をベースにおいた『一見必殺』。
視線が交わったが最後、ヘッドショットを撃ち込まれて終了という、実に無慈悲かつ効率的な戦闘スタイルを真髄にしていたはずだ。
確かに、このビルに到達するまでに彼女の攻撃スタイルを封じたのは事実だ。だが俺がこの場に到達するまでに狙撃ポイントを変えることもまた確かなのだ。
そすれば、廃都エリアの特色を活かした彼女の戦闘手段と、得意とするリーサルウェポンで一方的な展開となったのは自明の理。
しかし、現に彼女が選択したのは肉薄戦。意表を突き、その一瞬で勝負を終わらそうとう腹だったのだろか……。
(……やよいらしくない、よな?)
接近戦に持ち込まれた時点で俺の勝率はグンと上がる。それを彼女自身が理解していないわけがない、あの明瞭な幼馴染みにわからないわけがない。
ともすれば、やはり——。
地に伏せ、身を屈めながら気を窺う俺は体勢を立て直しにかかる。
煙幕が蔓延る一帯は、いわばやよいが作り出した一種のステージ。
やよいの持つリーサルウェポンから遠距離戦を得意と思われがちだが、しかし厄介なことに実は彼女自身、近距離も器用にこなしてしまう。
そして今、その近距離戦ではグレネードをベースに置き換え、意表を突き、
嫉妬の炎を胸に抱きながらも、俺は脇に抱えた愛銃ごと移動を続ける。その間絶え間なく爆発音がそこら中から轟いている。
もはやなす術なし。
地に這いつくばり、次々に往来するグレネードに内心悪態吐きながら怒涛の攻撃をひたすら回避の一択。
だが、次々に往来する爆撃の隙をつき、なんとか壁際に移動を果たすことができた。
現在、俺からやよいが見ていない。つまり、彼女にも俺の姿は捉えきれていないと同義——という淡い願いを抱きながらゆっくり体を起こす。
地鳴り、爆煙、画面越しに映る光景を一言で表すならば、きっと終焉で間違いなし。もはや見る影もなくなったエントランスホールに同情してしまう。
そんな中でも、エントランスホール全体を見渡せる今の俺の位置からタンクトップを着こなすおっさんは見えない。
今まで防戦一報だったが、さしもの俺でも出来ることはやっていた。その一つに、我がHPバーは回復の一途を辿っており、今や全回復目前だ。
そして、近・中距離型の銃器を持つこちらに武があることを、今から証明して見せよう。
(こいつはほんのお返しだ——)
エントランスホール全域を目掛け、銃口を光らせる。イメージは真一文字。銃口の角度を平行にして、銃身が傾かないようにしっかり押さえ込むようにして——後はトリガーを引くのみ。
ドドドドドドドドドッッ——————‼︎
腹底を震わすような射音を伴いイメージ通り飛来した銃弾、しかし好感触はえられなかった。
(おいおい、なんで一発もあたらねぇんだよ!)
悪態とリロードを挟み、間髪入れず今度はエイムを下げて第二弾——。
しかしその刹那——爆煙に紛れた正面足元付近に
——来た!
タイミングを見計らう。砂埃をかき分けてこちらに向かってくる影。
——今!
寸前まで引きつけ、瞬時に左足を軸に時計回り。
(お前ならそう来ると思ったぜ!)
遅れてやってきた影と交差し、バックステップで素早く体制を整え、リアサイトを覗いた。
AK−47に標準されたリアサイトは、精度が高いことから使用者の微調整が肝となってくる。その点、視界は広く設けれており素早く照準を合わせられるという利点がある。
俺はその利点を十分と活かし、リアサイトを覗き——そして目を疑った。
————銃口。
あろうことかリアサイト越しに捉えたのは、逆にこちらを狙う狙撃銃特有の狭い銃口だった。
その奥には空中で身を翻した壮年の男の眼光が昏く光らせていた。
果たしてこの至近距離、前提として外すことがありえない距離において、万全の準備を整えたアサルトライフと狙撃銃、初速や弾速を考慮したその先に、一体どちらの弾薬が先にその身を穿つのか……。
俺は思考する。秒数にしておよ0・1秒——。
最初に響いたのは耳を刺す金属音、遅れて耳朶を穿つような銃声があたりを木霊した。
「————⁉︎」
先に放たれた弾薬は俺の右肩を掠め、地面を穿った。一瞬の静寂。一瞬の判断だった。
負けを悟った俺は、反射的に迫り来るやよいの銃口に自身の銃口を左から衝突させたのだ。そして、その反動で生まれた推進力を活かし、一気に右回転。
次いで視界に捉えたのは、迫り来る黒い塊だった。
刹那的な判断を持って、それを右へ移動することで躱す。
——シュンッ!
そんな俺の頭上を、何かが切り裂いた音がした。何事かと視界を上げると、
「ぐぅお!?」
驚愕した。瞬時に嫌な汗が背中を伝った。
なぜなら、いつの間にか狙撃銃を手放していたタンクトップ姿のアバターが目先で眼光を光らせていたのだから。ならば、先ほど飛来してきたのは彼女が愛用する狙撃銃か——!
そして、自らの半身を投げ打ってまで手にして獲物は——ジャックナイフ。
つまり、俺の頭上を横なぎに切り裂いた正体はこいつということか!
「ちっ、厄介な!」
AK−47がいくら近・中距離優れているとはいえど、限度というものがある。
ジャックナイフは超近距離戦闘専用武器だ。肉薄戦では無類の強さを持つ。比べて我が愛銃も遜色ないほど近距離には滅法強いのだが、さすがに肉薄戦と呼ぶほど近距離となれば武は近距離専用武器であるジャックナイフに傾く。
体勢を立て直した俺は、状況不利とみなし、再度左から右へと横なぎに迫り来る刃を身を屈めることで紙一重で躱す。
(くそっ、みっともねぇな俺!防戦一方なんて情けねぇ!)
そして、背後から引っ張れらるように後方へとジャンプ——。
その間に生み出した刹那のチャンスを活かし、両手で抱え込むように握っていた愛銃を構え、リアサイトを覗く——が、覗いたスコープ越しに映り込んだそれを見て、またしても瞠目することになった。
透明なガラスの中央に浮かぶ見慣れた赤点のその先に、迫り来る男の実像がしかと揺らめく姿を捉えたからだ。
状況から鑑みて、アサルトライフを相手取るやよいからすれば、絶対に距離をとられたくないはずだ。だから当然の如く、退行する俺との間合いを、やよいが許すはずがない。だが、真にそ恐るべきキャラクターコントロールに違いない。
さらに、彼女本来が思想としする狙撃銃を駆使したスタイルを既知していた俺だからこそ、ここまで鮮烈に、そして強烈なまでに意表を突かれたてしまった。
他にも俺がてこずる要因として挙げるのであれば、それはきっと、彼女の扱う武器、ジャックナイフが影響している。
元来、『Little Gigant』内におけるナイフといった副武器系の一撃のダメージ量は、決してバカにはできない殺傷性を誇っている。特に防具を装着していないなければ、おおよそ二撃まともにもれえば終わりというほどには危険な代物なのだ。
今なお凄まじい速度で追随の手を緩めてくれないジャックナイフも、残念ながらそのくちだったりする。防弾チョッキを装着している今でさえその脅威は減るものの、計五撃ほど抉られればさしものアラミド繊維でも支障をきたしてしまう。
そのことを念頭に入れつつ、反撃の時を待つ。
右から左、時には突きを挟んでくるナイフ捌きに翻弄されながらその時を待つ。その間掠めていく刃は、容赦無くHPバーを削り取っていく。
(本当にヤベェぞ、このままじゃ——)
そして、俺は見つけた。
袈裟懸けに振り下ろされる腕の隙間を狙いを——。
俺は一瞬の躊躇いも捨て去り、自滅覚悟で頭から飛び込みんだ。空調を舞う間辺りはスローモーションのように流れ、残った両足をジャックナイフが掠めた瞬間を鮮明に捉えた。追って、発生した深紅のダメージエフェクト。それを尻目に、胴体と腕の間を擦り抜け、でんぐり返しの要領で再び起き上がる。
(うし——!)
即座に体勢を戻し、再び迫り来るやよいの動きを想定する。
一瞬、このままノールックでトリガーを引いてやろうと思考していたが、——カラン……といった金属音だけを残して、今度はやよいが俺から距離をとった。
「おいおいマジか!」
次いで、コロコロ——と、嫌に響く金属音を響かせながら足元に転がってきたのは、案の定、黒光りした球体だった。
そして、それはあろことか本来頭部にあるべきはずの黄色い栓が喪失していたことに気が付いた。
——始めからこれが狙いだったのか⁉︎
トリガーを引こうとする動作を中断し、無我夢中で後方に向けて走り出す。
直後、耳をつん裂くような凄まじい爆発音と共に、建物全体を揺るがす威力の衝撃が全身を駆け巡った。
それは、画面越しにでも無事とは思えないほどの威力だった。
——俺は負け、たのか……。
一瞬、そんな思考が脳裏を過った。
だが、勝敗が喫したときに流れる『Little Gigant』特有のグラフィックは現れていないし、何より、画面下に見えるHP表示にほんの僅かな希望が残っていた。
グッと下腹に力を入れる。————まだ、まだ負けてねぇ!
グレネードによって引き起こされた爆発現象に付随して発生した爆煙の中、俺のアバターはもう何度目かわからなくなってしまった体勢で地に伏せていた。寸前で逃げ果せた結果、HPもそれほど削られていない。
急いで体勢を立て直す。
そして聞こえてきたのは、タッタッタッ——と迫り来る靴音。
現状は一目瞭然、どこの誰が見ても絶体絶命。一定のリズムを刻みながら近づいて生きた足音が、——ダッ、と、ふいに一際強く周囲に木霊し、立ち上がった俺の前の砂埃が揺蕩う。
あと一撃ヒットさせられようなら、即ゲームオーバーというこの状況で、俺がダンプポーチから取り出したのは医療物資——ではなく、円柱型の表面に無数の丸穴が空いたアルミニウムの塊だった。
その名は——スタングレネード。
グレネード、厳密に言えば
だが、今取り出したフラグメンテーションは、アルミニウムケースの中にマグネシウムを主とする炸薬が内蔵され、起爆と同ときに強烈な爆発音と蝋燭の百万倍の光量を放ち、突発的な立ち眩み、難聴、耳鳴りを発生させ、爆発武器とは一線を画す非致死性兵器として分類されているがその威力と効果は莫大な投擲武器の一つ。
土煙のカーテンが大きく揺らめいたと同時に、俺はさらにバックステップで後退。
直後、タンクトップ姿のきゃっとふぁいたーさんがジャックナイフ片手に往来。
名前と釣り合いが取れていないギロリとした双眸で、疲弊しきった俺を一瞥、そしてトドメをすべくして一歩踏み出したとき——。
「キャッ⁉︎」
やよいの操るアバターの足元から、突如として猛烈な光源が生まれ、刹那にして世界を白く染め上げた。
「くっ——!」
この『Little Gigant』の世界でも、スタングレネードの効力は現実と同一で、回避しきれなかったプレイヤーの画面には白日が訪れる。
事戦場に於いて、一瞬でも視界を奪われる、それすなち死を意味する。
現在やよいのPC画面は白紙を張り付けられたように白く塗りつぶされているはずだ。
グリップを握りしめ、茫然自失と立ち尽くす我が宿敵を照準に捉え、トリガーに指をかけ——俺は言った。
「——チェックメイト」
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