6. 第三戦目『Little Gigant』中

 第三戦目『Little Gigant』。

 今回、無作為に選ばれた最後の決戦の地となる舞台は、廃したビル群が所狭しと立ち並ぶ廃都エリアだった。

 無数にそびえ立つビル群からなるこのステージは、死角が多く、高低差も激しい。

 立ち込める雰囲気にはおどろおどしいものがあり、空気中には恒常的こうじょうてきに砂煙が舞い上がってる。この廃都エリアは呼称通り、悪環境蔓延るステージ構造になっていることから、『Little Gigant』では不得手とするプレイヤーも少なくない。


 大して俺も得意というわけではない。

 ただ、長年プレイしていると、問答無用で廃都エリアに飛ばされることがあるため、ある程度の構造やセオリーを把握しているつもりだ。

 そして、俺のアバターが転送された先はとある廃墟の中だった。

 転送されたアバターは、どこぞの眼鏡よりロングコートを着こなしたナイスガイ。その下には今回の対決に際し、規定された防弾チョッキを着込んでいる。

 逞しいその背中には、スリングで固定された我が愛銃AK−47が出番を待ちわていた。

 構造は銃底ストックと呼ばれる照準を安定させる部位から始まり、引きトリガー、トリガーを引き手で握るグリップ、中央には排莢口エジェクション・ボートと呼称される空薬莢を排出する部位を通り、照準器であるリアサイト、フォアグリップ、最後に弾薬が放たれる銃口という順に組み立てられ、実用性に富んだカスタマイズになっている。


 そんなことを考えながら、次に画面下の緑色に光るHPゲージや様々な必需品が収納されたストレージに不備がないことを再確認、最後に現段階におけるスタート地点時の現状を見渡す。


 今立つこの場には、無機質なコンクリート地面から四本の石柱が天井に伸びており、それがこの建物を支えになっていることから二階以上の階層を持つ建物内だということがわかる。さらにあたりを見渡すと、地面の一部に下階に続くための穴が空いていることから、下階に下ることも可能だということだ。

 視線を上げると、四面を囲む壁は窓のない吹き抜け状態、その奥に見える同じ高さのビル群が幾つもそびえ立っていることから、先ほどたてた推論は確信へと変わった。


(まぁ、とりあえず動くとしますか……)


 この場に既存する情報源からこれ以上特出できそうな情報があるとも思えないので、俺は状況確認もほどほどに、ともあれ行動を開始することにした。ひとまずこの廃ビルから出るつもりだ。

 基本的に廃都エリアという建物が多い戦闘下には、いくつかのセオリーが存在していたりする、いや、厳密に言えばこのステージだけに制約した話ではないのだが、こと廃都エリアの場合、その一つに、『廃都エリアでは背の高い建物に率先して取るべし』、という鉄則がある。


 単純な話、高い位置を陣取ることにより、状況判断をスムーズ化し、万が一ターゲットを先に見つけた場合、先制攻撃を仕掛けられるというバトルロイヤルにおける大きなアドバンテージに直結するからだ。          

 そしてこのインテリジェンスは、恐らくやよいも既知していることだろう。

 ゆえに、我先と狙ってくるポイントに違いない。当然根拠もある。なにしろそれは、彼女の扱う武器に大きく起因してくるからだ。


 彼女の得意とするリーサル・ウェポンは狙撃銃。

 俺が得意とする近・中距離型のアサルトライフルとは異なり、遠距離特化型武器だ。今回の廃都エリアに関する話で想定するならば、こちらが軸とする近・中距離型のAK−47とやよいが保持する狙撃銃とでは、いかせん死角や立地的観点から鑑みて相性が悪い。

 だが、その分射線管理の条件に関していえばその範疇に当てはまらないが、それはやよいも同義なので素直に喜ぶことができない。


 ひとまず目先の問題から洗い出したということで、俺は下階に続く階段を下り、廃ビルから離れることにした。

 目指す先は、廃都エリアで最も高い高度を誇るビルの屋上だ。幸運にも場所はそれほど離れていない。

 けれど、この素晴らしい『世の中には備えあれば憂いなし』という教訓がある。

 俺は、過去の偉人に対するリスペクトスピリットを信じ、一応の対策として建物の死角から目的のビルまで歩みを進めることにした。


 しかし、なぜ俺がここまで慎重を期して行動するのか些か疑問に思うだろう。


 それは、やよいの持つ狙撃銃の一発が一撃必殺の威力を誇るという点を危惧しているからである。一方、逆説的に考えれば、威力だけ警戒に当たればあとの対処の仕方はいくらでもあるということにも繋がる。

 それだけならば幾分と楽な試合になっただろうが、今回の敵は、そう易々と勝たせてくれるような生半可な技術のお持ち主ではないのだ。

 俺は知っている。

 今回の敵——もとい音無やよいの強みといえるそれは、倍率の高いスコープから放たれる銃弾的中率が驚異な数字を誇るという点だ。まさに鬼に金棒、慎重に慎重を重ねて行動するに越したことはない。

 もちろん、その間も周囲の警戒も怠らないが、自然の猛威が視界を遮る砂埃が行手を阻むため完璧な射線管理だと保証もできないが……。

 少し煩わしいところだが、それは狙撃手であるやよおいの非でない。そんなことを考えながらも俺は、スタート地点であるビルを抜け出し、次々に他のビルからビルへと移動を続ける。


 そしてそれは、目的とするビルまで残り数百メートルと迫っていたときだった。不意に——『キュウン——ッッ』と甲高い音を伴った『何か』が右腕を掠めた。


「——ッッ‼︎」


 一切気づかなかった。

 そして、そう思ったと同時に、経験から来る危機察知能力を刹那に展開させていた。

 つまり俺は、ほぼ無意識に近くの柱に体を投げ出していたのだ。

 俺は転がり込んだ柱に身を屈め、銃弾が掠めていった右腕に迅速な応急処置を行う。その間に状況の確認だ。柱の影からチラリと顔を出し、射線から相手の位置情報を割り出す。


 ——やられた。


 俺が移動していた場所はあくまでも建物間。

 これは紛れもなく油断だ。先ほど銃弾を右腕に当てられた時、俺が移動を余儀なくされた場所は、建物が唯一存在しない建物間に存在する道路の途中だった。

最低限の移動で広い道路に身を晒すのはやむなしだったが、しかしその隙を突かれたのはやはり失態に違いない。決して警戒は怠らなかった。それでも一弾、この身に当てられたのだから言い訳に過ぎないけれど……。

 だが、まだだ、まだ熱くなるな、今は自虐と戯れている状況下ではない。現状確認が優先事項だ。

 脳内リプレイ、今、目の前に横断するように広がる道路はこの廃都エリアでは珍しい建物が一切ない露見スポット。しかし、この区間のみ建造物がないにせよ、周囲には三階から四階建てのビル群が競うように立ち並んでいる。

 ともすれば、この場所を狙える地点も限られてくる。


「ちっ、流石だな」


 俺は目標としていたマップ上最も背の高い建物を睨みつける。

 敵ながら、その状況判断力と抜け目のなさ、そして何より距離にして約百ヤードを越えるであろうこの場所をに正確無比なエイムで命中させてこようとは、流石の一言に尽きる。

 思わず息を呑む。頬に伝わる汗は操るアカウントと連動しているようだ。

 不幸中の幸いであるのは、未だ第二弾の飛来を受けていないこと。

 つまり斜線は切られている、といこと。

こと『Little Gigant』然り、射線管理はバトルロイヤルにおいて必須スキルである。


 思えば随分苦労したものだ。

 当時射線管理もままならない小学生だった俺が、好奇心から外国人プレイヤーが多く集るグローバルサーバーに赴き、知りもしない外国プレイヤーから浴びせられるはありがたい洗礼、もとい罵倒の嵐だった。

『Little Gigant』内におけるグローバルサーバーは、ガチプレイヤー達の住処なので、一戦一戦にかける想いの熱量が桁違いなのだ。英語、フランス語、時にはポルトガル語と、訳もわからない言語で頬をたれものだ。めちゃくちゃ口調が荒かったから、やはりあれは怒られていたのだろう……。

だが、当時の俺は、めげずに食らいつき、今となってはグローバルユーザーとはいい関係を築けている。

 ちなみに、ダウン(HPが飛ばされ一定の間無防備な状態)してしまい、地に伏せる俺を救助するために倒れていった各国のゲーマーの皆さん、この場を借りて謝罪致します。ソーリー、パルドン、デスクウバ!


(——って、誤っている場合でもないか、しかし一体どうしたものか……)


 思考を切り替える。

 現段階で判明していることは、目的としていたビルには、すでに先住民である幼馴染みがしっかり固めているという揺るがない事実のみ。まさに立ち往生状態だ。

 加えて、彼女の扱う銃器は狙撃銃。

 遠距離戦には滅法強く、火力も脅威以外の何のでもないが、同時に抱える欠点も多い。


 今回のような廃都エリアでは、先ほどの奇襲の観点から客観的に見ても優位と思えるだろう。しかし、その銃口が火を吹くには彼女のポジション取りが強く作用してくる。

 要するに狙撃銃は人を選ぶのだ。上手く使いこなせれば金棒になり、逆に使いこなせなければその脅威もただの棒切れと対して変わらない。その観点から言えば間違いなく今回は前者だろう。全く我が幼馴染みながら末恐ろしいものだ。

 だからといって臆するのはまだ時期尚早というものだ。

 狙撃銃の定義は、あくまでも狙撃を目的とした銃器に変わることはない。遠距離に重きを置くという事は必然にして近距離、考慮して中距離を不得意とする傾向が強いということ。

俺が扱う近・中距離に特化したAK−47のような短い銃砲身と違い、その細長い銃砲身が何よりも証拠だと言えよう。


 つまり、現段階的に現状を鑑みれば今が最もピンチだということだ。現実甘くねー!


 そこまで考えてところで、俺は思考のチャンネルを切り替える。

ビルの石柱に身を隠した状態のまま、視線だけ警戒に当て、腰に備えたダンプポーチに手を伸ばす。

 そこには数多の投擲武器が備えられとおり、様々な用途に対応できるように予め用意していたものだ。

 俺は、その中の一つであるスモークグレネードを手にする。

 スモークグレードとは呼んで字の如く煙幕を生み出すことが出来る投擲武器の一つだ。

 用途の多くは、敵に視界を奪い撹乱させること。そして、今回使用する目的は例の如くやよいの視界を惑わすためだ。

 ちなみに今回事前に用意してきた投擲武器は計十二個。そのうち、スモークグレネードは三つを占めている。

 改めてその数と形を手触りで確認する。浅く息を吐き、アバターに自分を重ねるイメージ、脳内で生成、完了。これから行う一連の動作に狂いはいらない。目指すは三十メートル前方に見える道路を挟んだ奥、つまりやよいの死角となる往々にして建ち並ぶビル群の中。

 確かなシュミレーションを経て、


(うし——!)


 俺は、スモークグレードを道路の真ん中に投擲した。

 俺の取るべき行動は一つ。

 それは、射線を絞らせないこと。つまり、回避の一手。

 放ったスモークグレードは目先五メートルほどでくすみがかった白色の煙幕を辺り一帯に撒き散らす。寸分だがわず、俺は迷わずその中へと飛びこむ。


「キン——!!」


 遅れて空気を切り裂く金属音が耳朶を打つ。ヒヤリとした感情はこの際無視だ。

 高鳴る心音を振り切るようにただ目先の屋内を目指すことだけに意識を集中させる。幸い、狙撃銃という武器には、一般的なアサルトライフに比べ、その威力相応のリロード時間要する。一弾目を躱した時点で、俺の姿はスモークに隠されているはずだ。

 ともすれば、ここで危惧されるのはその有効範囲であるのだが、当然ぬかりはない。一つ目のスモークグレネードを前方に向けて投擲したその瞬間、ダンプポーチから素早く二つ目のスモークグレネードを手中に確保していたのだ。

 そして、煙幕を走れ抜けると同時に、目指すビル群まで十メートル手前で頭部の安全ピンを抜く。刹那——、ビル群までの道のりに再度ベールが掛かる。

 その後、煙幕に身を預けながら移動を続ける俺のアバターには、ダメージエフェクトやHP減少の確認はされず、危なげなく次のビルへと無事移動を果たしたのだった。


 第一関門を抜けた俺は、足早にビル間を移動する。

 予測通り、死角が多く入り組んだ廃都ステージがやよいの銃口を遠ざけてくれていた。空高くこちらを睥睨へいげいする狙撃者にとってこれほどのアドバンテージは相当な痛手なはずだ。

 俺が狙撃者の立場だったら舌打ち必須。

 しかし付け入る隙はとことん付いていくのはゲーマーのセオリー。もはや一種の挨拶のようなのだ。

 先ほど百メートルほど離れた距離も今となっては三十メートル手前まで近づいている。ここまで来ればもはや近距離、ひとまず山場を乗り切ったようだ。

 だが安心するにはまだ早い。ビル群も完璧な死角ではないのだ。警戒心を留め、俺は散漫的にビル間を移動する。

そして——。


(……着いた)


 目前に見上げるそれは、廃都エリアきっての高度を誇り、天高く聳える建つ高層マンション。今、泰然と佇む建造物の屋上には、我が宿敵がその時を待っている。

なんとか逸る気持ちを抑え、俺は一度、記憶の中に眠るマンション内の構造を思い浮かべることにした。

 ワンフロワ三メートル、およそ六十階、つまり地上から百八十メートルの高度を誇るビルの中には、その高度ゆえに廃都エリアの廃ビルという設定を嘲笑うかのように、極めて普通にエレベーターが使用できたはずだ。……電気はどこから通っているの?なんて思うのはやぶさかってものだ。

 そもそも、『Little Gigant』内におけるプレイヤーは基本的にエレベーターを使用しない。

 なぜなら、もし乗り込んだエレベーターの中に設置型爆弾が仕掛けてあればどうなるか想像に難くないからだ。四肢爆発、ゲームオーバー請け合い。もちろんやよいの手持ちに設置型爆弾自体がない可能性も疑われるが、彼女は用意周到だ。ほぼ高確率で準備していると踏んで損はない。

 ならば残る手段は非常階段に絞られるのだが……。

(……あれ、実は俺、もしかしてつんでない?)

 何気なくよぎった可能性の世界では、どうやら俺はピンチのようだ。屋上まで向かう方法を考えれば残る移動手段は一つ。それも一方通行、設置型爆弾の餌食……今日一の冷や汗ものである。

 だからと言って諦めるには早計だ。手はまだある。

 俺は最後の決戦となる舞台を見上げ、ゆっくりとカーソルを動かしたのだった

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