5. 第四戦目『LittleGigant』上
『
それは、世界規模の人気を誇る屈指のTPSバトルロイヤルゲームの名称だ。
『Little Gigant』は、ゲーム界隈で数々のヒット作を生み出しできた某有名会社の力作として宣言され、強い関心と興味の目にさらされてきた作品だった。
そんな中、いち早く配信されたベータ版に触れたきたプレイヤー達が口々を揃えて、『神ゲー』だと公言したものだからより一層期待値が跳ね上がったそうだ。
そして、ゲーマー達のお墨付きを受けながら、遂に迎えた配信当日——。
全世界のゲーマー、またそうではない非ゲーマー達でさえも巻き込み、『Little Gigant』という一作品が世界中を熱狂の渦に巻き込んだことはまだ記憶に新しい。
広大で多種多様な地形と環境が揃ったフィールド、特殊なルールも能力も不必要で、決められた種々雑多な武器や戦術を駆使し、世界各国からランダムにマッチングされたプレイヤーと凌ぎを削りあう、単純明快、痛快無比なバトルロイヤル、それが当初の『Little Gigant』だった。
そして、十年という月日が流れてもなおその勢いは衰えることを知らず、人気はアップデートされてから右肩上がりを維持し続けた。
その集大成ともいえる結果、全世界に向けて配信された『Little Gigant』は、配信から約十年の時を経ておよそのプレイヤー総人口が二億人を突破した。
ちなみに、配信当時小学生だった小田原俊をゲーマーの道に引き込んだのも実は『Little Gigant』だったりする。
だがそれも仕方がないことだったと、高校生になった今でもそう思う。
忌憚のない話、遅かれ早かれっといった問題だったのだろう。
そんなことを頭の片隅に、視線を隣に移す。
そこには亜麻色の髪を腰まで伸ばし、ピンと真っ直ぐ背筋を伸ばして座る幼馴染みの姿があった。
今、隣に座る幼馴染みはその実、校内でも屈指の権力を持つ生徒会の副会長なのだ。
類稀なる整った容姿とモデルのようなプロポーションを併せ持ち、泰然自若とした落ち着きと素養のある態度から、校内の憧れの的となっている。
そんな彼女と今、俺はゲーム対決をしている。
すでに第一戦目、リズムゲーム『アップテンポ』、第二戦目、シューティング×ホラーゲーム『ロックオン』を経て、その戦績はイーブン。
しかし、第二戦目の『ロックオン』を黒星で飾ったばかりの俺の方に勢いがあると言ってもいいだろう。
ましてやこの後に控える運命の第三戦目、『Little Gigant』は俺が小学生の頃から慣れ親しんできたバトルロイヤル。勝機は十分にある。
一方、当然ながら彼女、音無やおいにも『Little Gigant』に対する相応の知識と技量は有している。だが、いくら有しているとはいえ俺ほどではないはずだ。加えて、このところ生徒会の職務を忙しなくこなす彼女よりも普段から『Little Gigant』に触り続けている俺の方に軍配があるだろう。
「勝敗はどう決めるんだ?」
『アップテンポ』と『ロックオン』では、俺が勝敗の内容から対戦モードまで相応に決めてきた。ハンデという訳ではないが、先に二ゲームともルール内容から何まで決めといて言える立場でもないが、順当に行けば最後はやよいに勝敗ルールの決定権を持つことになって然るべきだろう。
やよいは起動する画面を正面に捉えたまま、薄らと桃色に色付いた唇に軽く人差し指を当てて、一頻り考える仕草を取ると、
「一対一のワンマッチ制。使用武器の制限はなし。ステージはランダム。勝敗は先にキルされた方の負け、そこにルールは問わない……って感じかしら」
「まあ、妥当だな」
別段反対することもなく俺は了承の意思を持って頷いてくれた。
決定された勝敗は特に制限もなくシンプルな方が『Little Gigant』で勝敗を喫するあたりより楽しめるというものだ。故にどんなに悪逆非道な手段を尽くそうが一切問題ない。これがバトルロイヤルである限り、またそれでこそバトルロイヤルというものなのだ。少なくとも俺とやよいはそうやって様々な勝負を繰り広げてきた。
ピロリン〜♪
ふと、二台のPCから『Little Gigant』を立ち上げ終わったことを知らせてくれる軽音が部室内に鳴り響いた。
素早くスタート画面が表示され、ゲーム内におけるメイン画面に映り変わる。
「それでは、私がルームを開いておくから入ってきてちょうだい」
「あいよ」
先にメイン画面に切り替え終えていたやよいの言葉に返事をしてから数秒後——。
俺のPC画面上の右上に連絡事項を告げる吹き出しが現れた。見遣ると、『きゃっとふぁいたーさん』なるものからルームのお誘いが届いているとのこと。
もちろん、『きゃっとふぁいたーさん』とはやおいのアカウント名だ。ツッコミどころは満載の名前だが、実はこのアカウント名は小田原駿考案のものだったりする。そして、考案者も人間なので随分前に名付けた経緯も由来も、今となってはわからいからどう反応して良いのかかなり困っている次第です。
まあ、付けられた本人が今もなお使用中なので気に止むことは逆に無礼千万なのだろうと思って、最近は気にしないでいるのだが……、でもやっぱりなんかあれなんで、この場をもって謝罪しときます。……なんかすみませんでした。
謝礼もほどほどに、俺はマウスのカーソルを『受諾』ボタンの位置に移し、ワンクリック。
小気味よいクリック音、すぐに画面が切り替わる。
切り替わった先には、正体主である『きゃっとふゃいたーさん』が鎮座していらっしゃった。
『きゃっとふぁいたーさん』とファンシーな命名をされていながら、やよいの扱うキャラクターのフォルムはタンクトップを我顔もので着こなす筋骨隆々のおっさんキャラだったりする。
幼気な少女に操作されるタンクトップのおっさん……、情景を思い浮かべるだけでシュールすぎる光景になんかすっごく笑えてくるんですけど!
「これが最後の試合だというに大した自信なのね」
こみ上げてく笑いを堪えていると、それを目敏く横目で見ていた御本人さんがジロリとした視線をこちらに投げかけてきた。
「い、いや、これはその、あれだ、お前とこうして本気で勝負をするのも久しぶりだったからつい楽しみで……」
苦し紛れに出た言葉は口先三寸、口から出任せもいいところ。
けれど、
「ふふ、それを言うなら私だった同じよ。そう……おんなじ」
やよいはそう笑って応えてくれた。……非常にいい子である。
でも、その後に浮かんだ瞳からどこか寂寥感地味たものを感じたのが気のせいだろうか。
どこか心にひっかりを覚えた俺は、その真意を問いかけようとしたが、隣で座るやよいは思い出すかのようにぽんっと手を打つものだから何事かと口を紡いだ。
そして、思いもしなかったことを口にしたのはまさにそんなタイミングだった。
「ねえ、次のゲームで、勝者が敗者になんでも一つ、言う事を聞かなければならない、というルールを設けてみるのはどうかしら?」
「……は?」
一瞬、思考が停止した。
厳密に表現すれば、無責任に放たれた言葉の真意を汲み取るために不必要とした回路を断っただけ。
しかし、その甲斐ならず、結局思考しようがしまいが理解できたのは上辺だけの日本語のだけだった。
呆然とする俺だが、それでも、意地でも挑戦的な山吹色の瞳から汲み取れる何かを探す。
「……ぐぬぬぬ、わ、わからん」
唸る俺に唯一理解できたのは、次に行わらえるPCゲームが俺の中で最も得意とする『Little Gigant』という名のバトルロワイアルゲームだという事。そして、『Little Gigant』は俺の得意ゲームゆえに、やよい相手にも勝ち越しているゲームのうちの一つだという二点。
今、俺の脳を悩ますのはやよいが口にした条件ただ一つだけだというのに……。
気になって仕方がない。先ほどの言葉の裏にはどんな意図がある?どんな想いが詰まってる?……どんな願いがこもっているのだろう?——と、思考するも束の間、気が付けば言い淀みながら問い掛けている俺がいた。
「……次のゲーム対戦ゲームでってお前……、ほんとにそれでいいのか?いや、別にこっちから特に反対する気もない……というか願ってもない話と言いますか……。そ、それになんでもってよ……」
うわ言にように呟きながら、俺は考えを改める。
これはチャンスだ、こちらとしても願ってもない提案だ。俺にも伝えなくてはならい話、想いの丈もあるのだから。
やよいが何を思って、突然、そんな言葉を口にしたのか、あるいはしてしまったのか、皆目見当もつかないが、やはり断るにはあまりにも魅力的な提案だった。
ゴクリと生唾を呑み込む俺を視界に捉えていた幼馴染みは、思わせぶりな笑みを浮かべて、何事もなかったかのように肯定の言葉を追随してきた。
「ええ、構わないわ。あなたの思う言葉通りの意味合いで解釈していいわ。なんでもよ、そこに制限も規制も設けていないわ」
「……待てよ、その条件って、もしかしなくても俺にも適用しているわけですよね?」
打算が伴ったことで一瞬で正常な思考に戻る。我ながら現金なものだ。
思わず問い返した言葉に、やよいは確かな口調で当然のことのように呆れた口調で言った。
「当然じゃない。女の子一人にこんな条件を課そうだなんて、私の幼馴染みの腐敗進行率がここまでとは思わなかったわ」
そう言って、やれやれと肩を竦めて我が幼馴染み。……しかしこんな条件とはよく言えたものだ。全部きみのお口様から嘯かれた発言だったと思うんですが……?
なんて疑問文は当然言葉に出さないし、そもそも出せる度胸もなかった。
なぜなら、紅葉のように綺麗な山吹色の瞳の奥に有無を言わせぬ覚悟と気概が見えたからだ。拒否権は初めから求められていない。それに、対戦相手と同一のペナルティーでなければ、フェアじゃないし、俺のゲーマシップに反することになる。
どちらにせよ、俺に残され選択肢など決まっていた……ということか。
「……いいぜ、その条件でいこう。どうせ勝つのは俺だ、何も問題ない」
せめてもの意趣返しとばかりに放った虚勢じみた言葉を最後に、結局その後、やよいからの返答はなかった。
その代わりに画面上に浮かび上がったのはゲーム開始を告げるスリーカウント。
「……なるほどね」
もはや、言葉など意味をなさいということだったのだろう。……やり返された、チクショウ……。
だが、確かにそうだ。
俺達が今から語り合う舞台は目の前の画面の中に存在しているのだから——。
ただこのとき、俺の全身には、形容し難い高揚感と緊迫感、あるいは武者震いなのか。そのどちらでもないにしても、この胸を焦がすほどたける想いを前にすれば言葉では語れない、決して語りきれない熱量を感じていた。
短く息を吸い、深く吐き出す。
そして俺は、最後の戦場に意識を集中させるのだった。
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