4. 第三戦目『ロックオン』

第一戦目を終えてすぐのこと——。

 ソフトダウンロードしていた『アップテンポ』を切り替え、予定通り、俺達は第二戦目の勝敗を喫するため、PCゲーム『ロックオン』のアイコンをクリック。


「第二戦目は予定通り『ロックオン』でいいな?」

「ええ」


 俺の念入りな問い掛けに、やよいの短い了承の声を上げてくれた。

 途端、HHDハードディスクドライブが駆動音を伴って仕事を再開、画面は切り替わる。

 第二戦目、ホラー×シューティングゲーム『ロックオン』とは、3Dシューティング型アクションゲームのことで、その舞台は中世ヨーロッパ時代。

 とある城の謁見の間にて、とある傭兵の集団が世界に溢れ返ったゾンビ達から「国境前の砦を防衛せよ」と国王から命令を与えられることから物語は始まる。

 主人公もその一人だ。無性髭を生やしたどこにでもいそうな中年の男。

 伝令によれば、すでに周辺国家も巻き込んだゾンビ達による汚染拡大が主人公達の暮らす王国の一歩手前まで及んでいると伝えられる。

 主人公達傭兵集団は早急に現場に向かうため、使い慣れた愛銃に手を伸ばす。文句も泣き言とすら一切言わず、ただ、愛する家族を守るため、国に住う無辜の民のその笑顔を守るために、彼は立ち向かうのだった——。


「……くっ、毎度ながらこのOPムービーには泣かされるぜ……」


 家族のために自らを犠牲にする漢気に、最終エンドさながらの迫力に、早くも涙腺崩壊。


「……もう三桁ぐらいは見ているでしょうに、相変わらず泣くのね」


 涙ぐむ俺の横から漏れ出るため息にも似た呆れ声。ふと視線を向ければやよいは苦笑していた。


「当たり前だこのやろう……くそっ、制作会社めっ、ありがとうございます」

「ふふ、何それ、怒っているか感謝しているのかわからないじゃない」


 そう言って、やよいはスカート中からハンカチを取り出して、「仕方ないわね」なんて世話を焼くように手渡してきた。

 俺はそれを有り難く頂戴して、くぐもった声で意見を述べる。


「いいや、あれは千回見たら千回とも泣くこと間違いなしの神OPだ、つまり製作者に感謝するにせよ侮辱なんてもってのほかだろ」

「そうね、その言い分には素直に同感するわ」


 隣でうんうん頷きながら微苦笑を浮かべたやよいも納得してた声を上げた。

 ピロリン♪

 益体のない話をしている間に、早くも一仕事終えたPCから放たれたBGM。瞬時に俺達の思考は切り替わる。

 視線を向ければ、そこには見慣れたゲームスタート画面が映し出されていた。先ほどまでの『アップテンポ』のようなポップなスタート画面とは一変して、『ロックオン』のスタート画面は黒を基調とした物恐ろしさを直感させられるムードを漂わせている。

 俺がこのゲームに手を出したのは中学の頃だった。

 思春期特有のちょっとした好奇心と探究心からホラーゲームを探し求めてネットの海を彷徨っていた時、俺の前に現れたのが『ロックオン』だったのだ。

 いきなり本格的なホラーゲームに手を伸ばし、トラウマを植え付けられることを危惧していた俺からしてもシューティングゲームとホラーを掛け合わせた『ロックオン』はその時のニーズにずばり応えられた作品だった為、即買いしたのを覚えている。

 そしてその数週間後、作り込まれた演出、物語の構成、綺麗なグラフィックでおりなされた『ロックオン』という一つのゲームに、俺は取り憑かれるように魅了されていた。

 その間、家に遊びに訪れた幼馴染みを無視して、どやされたこともあったほどだ。

だが、結局その後、俺のPCゲームに興味を示したやよいと、わいわい言いながらプレイしたことは今でもいい思い出となっている。

 結局、数時間しないうちに、やよい自身もその毒牙に掛かってしまい、自ら購入し直し、三日後に同じレベルにまで成長させて俺の前に現れた時は本当に驚愕したことを含めて……。

 在りし日から思考を戻し、俺は幼馴染みに問い掛ける。


「今回もチャレンジモードのゾンビ撃破数対決勝負で問題ないよな?」


 撃破数対決とは、数あるチャレンジモードの一つで、撃ち倒したゾンビの数を競い合うシンプルかつ奥深いモードだ。当然そこには、キーボード操作は基本の事、マウス操作、視野の広さ、判断力、集中力といった『アップテンポ』と同等の技術が求められ、なおかつ砦の守備、仲間のケアなどのサポート関係にも気を向けなければならない。

 総じて、事『ロックオン』におけるチャレンジモード撃破数対決勝負の肝は『砦を守りつつ、それが自分と仲間、ひいてはミッションクリアに直結し、撃破数にも比例していくことを理解できているかどうかなのだが、もちろんやよいもその辺は熟知しており、今回も苦戦を強いられることになるだろう。

 ちらりと横目に捉えた表情にも余裕の色が見える。その証拠といわんばかりに、俺の問いかけにも彼女は憮然と応えて見せた。


「ええ、構わないわ、けれどこれで私が勝利したら三戦中二戦二勝となり、必然的にこの勝負、私の勝ちということになるわね」

「——ぐっ」


 確かに、全くその通りだ。間違いない、間違っちゃいない。……でも、それでも最後に勝つのは俺だ。そして、あえてこの言葉を口にする意味もない。これから俺が語らなければならないのは画面上、つまり『ロックオン』というゲーム内だけで十分なのだから。


「………?」


 隣から訝しげな視線を感じるが、それはきっと、いつのように言い返して来ると思っていたのだろう。その証拠にやよいの瞳には慮外の色が浮かび上がっていたりする。

 そんな時、ピロリノリン〜♪と、先ほどとは異なったBGMがや部屋中に鳴り響いた。

 その音は『ロックオン』チャレンジモードの開始を告げる合図。

 俺とやよいは耳聡く、やはりほぼ同時に反応した。言うなれば阿吽の呼吸。

 PCを体の中心に、意識の真ん中に持っていく。

 ロード中の画面が切り替わり、はじめに映し出されたのは——空。

 鉛色にくすみ、どんよりとした雨雲が所狭しと上空に蔓延っている。

 次いで、左右に視線を巡らせると、見えてきたのは——緑。

 目線よりもわずかに低い位置に見える木々は、左右から彼方先まで挟み込むように続いていて、押し寄せてくる圧迫感には毎度竦んでしまいそうになる。

 そんな空と森林と地平線がおりなす先の光景はやけに暗い。

 百メートルほどのあるであろう道幅が隙間なく何かが詰まっている。しかし、あの漆黒に映る全てが今回の敵、また勝利条件を担うゾンビ達なのだ。

 そも数、総勢十万体。

 あまりにも出鱈目な数の前に、俺は毎度のことながら早くも鬱になりそうであった。

 震える指先に力を入れ、そして、螺貝が轟かせる合戦の合図から第二戦目、『ロックオン』は幕を上げたのだった——。


 ◇


「はあ、はあ、死ぬかと思ったが……こ、これで、イ、イーブン!」


 第二戦目、ホラー×シューティングゲーム『ロックオン』開始から早くも二十分が経過した頃——。

 俺は波のように押し寄せてくるゾンビ達を蹴散しに蹴散らし、さらにその蹴散らしらたゾンビ達をさらに蹴散らし、画面上に眩く映った『You Win』の六文字に歓喜していた。

「むぅ……」

 一方隣には、マシュマロのように柔らかそうな頬を膨らませ、むくれにむくれた幼馴染みが恨めしそうに『You Lost』の七文字を矯め眇めつ見ている。

 結果から言えば、第二戦目『ロックオン』チャレンジモードゾンビ撃破数対決勝負の行方は、俺の勝利で幕を閉じた。

 しかしその一方で、内容的にはかなり接戦したゲーム展開だった。

 序盤は互いの実力が拮抗し、スコアは同等だった。

 俺達は、前衛のゾンビ達を次々に薙ぎ倒していき、砦に接近させないようなオーソドックスな試合運びが出来ていた。だが、流石に撃破数対決を謳っているだけはあって、湧き出てくるゾンビ達の総数は計り知れたものではなかったが。

 そして雌雄が明確に決したのは、後にも先にも互いに緊張の糸を張り巡らし、なおもスコアが肩を並べる中、迎えた終盤のことだったに違いない——。

 チャレンジモードも残すところ三分を切った時、それは突然牙を剥いたのだ。

 砦から約二十メートル離れた地面の一つが突如としてボッコリと膨らみ始めた。

 しかしそれはほんの序章に過ぎなく、視界一面、気づいた時には無数に隆起し始める土壌。

 砦の上からその光景を見ていた傭兵集団の中にも、そして画面外で同じ景色を見ていた俺の中にも不吉な予感が過ぎる。

「おいおい、ここに来て千分の一の可能性引き寄せちゃったのか……」

 こと『ロックオン』チャレンジモードおける撃破数モードには、製作者側からプレイヤー側にもっと楽しくプレイして欲しいという願いを込めて、とあるギミックが仕掛けられていたりする。

 それは確率的な問題からそうそうお目に掛かれないレアギミックで、発生確率はわずか千分の一。

 プレイ回数千回に一回の低確率を誇り、俺自身も今でに一回しか体験したことがない超高難度ギミック。出会うにはひたすら数をこなすしかない周回制。そのため、大半のプレイヤーがギミックの発動する前に飽きが来るが先か、その存在を気づかぬまま本編をクリアしてしまうか先かの双方の別れる。

 当初の俺もこのギミックのことなど露知らず、やよいと本編クリア後にうだうだとプレイしていたら、いきなりでできてあら不思議☆、恐怖と未知の高揚に終始興奮したのをよく覚えている。

 だが、一度は経験したことがあるギミックとはいえ、悠長なことも言ってられないのがこの低確率さを誇り所以なのだ。

『ロックオン』のプレイヤー界隈では件のギミックを敬称して『アンリーズナブル』と呼んでいる。要するに滅茶苦茶で破茶滅茶なのだ。

 手。手。手。手。手。手。手。手。

 地中から次から次へと天に向かい這い出ててくるように真っ直ぐ伸びる無数の手。一見、野に咲き乱れる花のように思えるそれは、どこをどう見ても人間の手。いや、この場合は言わずもがな、ウォンテッドのかいなだった。

 そして、『アンリーズナブル』と恐れ慄かれるだけあって、出会ったらまず最後、砦は崩壊の一途をたどるもやむなしと囁かされていたりする。

 実際、初めて『アンリーズナブル』に遭遇した俺の砦は木っ端微塵だった。有無を言わせぬその勢いと数に圧倒されて、噂にたがわぬ有様になったのだ。雲集霧散。嵐のように現れて、すべてをなぎ倒し、奪い去っていった。

 唯一、行き場のない悔恨と不甲斐なさだけが残りるそれは、まさに『アンリーズナブル』。

 あの時の衝撃は心底に刻み込まれ、生涯忘れることはないだろう。

 だから俺は備えていたのだ。リベンジを果たすことが出来るその日を——。

 だがしかし、そう、しかしなのだ!

 待ち望んだ時が来てくれたのは感情深く、実に喜ばしいことは間違いない。

 ただ違うだろう、そうじゃないだろう!

 俺は、打った。指を、ただひたすらに、無我夢中にキーボードに打ち続けた。無駄だと分かっていても、無意味だと理解していても、心底から溢れ出してくる感情を全て吐露した。


「——こ、このクソ野郎がぁ!出てくるタイミングが悪る過ぎなんだよ、極悪なんだよ!空気読めよ!お願いだから察してくれよ!こっちは今世紀最大、俺史上最高の修羅場迎えてんだよ!そんな時に限ってしゃしゃり出でくんなよこの大バカ野郎——‼︎」


 そして、怒気に任せてキーボード音を轟かせること約三分、気づいた時には件の六文字が液晶画面に鎮座していたというわけだ。

 確かに、『アンリーズナブル』は驚異だ。千分の一の超低確率も肯ける危険性に満ち溢れている。だが一方で、俗に言うピンチとは時にチャンスという可能性をも秘めている。

 チャレンジモードゾンビ撃破数モードに設定されたゾンビ達、言うなればNPCの動きの速度は随時決まっており、一定の場面を超えなければ移動速度は変わることはない。

 考え方を変えればそれはつまり、地道に、しかし正確に撃破数を稼ぎ、なおかつ砦の守備を行わなければならいのだが、今回俺に舞い降りた不運の前にしたら、そんな戦略など無用の長者もいいところ。それこそゲームオーバーを迎えること請け合い。

 大切なのはこれまで研鑽してきた技術とプライド、運、そして多少の自暴自棄やけぐらいなのだ。

 あの時の俺はとにかく必死だった。

 絶望の淵に落とされながらも、しかし一切諦めず、全てを本能に任せることで源泉のように湧き上がってくるゾンビ達というアドバンテージを逆手に取り、無事チャンスに変えることが出来たのだろう。

 果てには砦を破壊しにかかる有象無象を撃ち抜き、弾切れが訪れ様ならその瞬間に、血迷った獣のように自らゾンビ渦巻く中に飛び込む暴挙に出ては、脳筋よろしくとばったばったと投げ飛ばす暴挙も効いていたに違いない。

 そうした艱難辛苦の上に今の俺は一筋の光明を掴んだのだ。

 こんな結末など、恐らくあのやよいでも完全に慮外の範囲だったと思う。俺自身もそうなのだから間違ってはいないはずだ。

 終盤まで勝負は分からなかった。恐らく一スコア差ほどの僅差で勝敗は喫していたのだろうと思う。それほどまでに実力ともに様々な要因が拮抗していた試合だったのだ。

 正直どちらが勝っていようが何ら不思議ではなかったが、最終的には、不運にも偶発したアクシデントを活かした俺が、幸運にも勝利を手にした形で幕切れを迎えただけのこと。

 そして、そうした背景を元に、普段感情を面に出しづらいやよいが、頬を膨らませて悔しがっている姿が隣にはあるのだ。

「おい、そんなにむくれるなって」

 先ほどから、厳密に言えば第二戦目『ロックオン』が終了を迎えて十分そこらんなのだが、相変わらず幼馴染みの虫の居所は悪いらしい。彼女とは長らく幼馴染みをやってきた間柄だが、こんなにほぞを噛む姿を見るのは稀なことだ。

 昔から俺にゲーム関連の勝負事で負ける日があっても、その場では気丈に振る舞うものの、しかし、現在のように素直な感情が表面に現れることもその実はあるにはあった。

 それは、彼女の中で絶対に譲れない『何か』が懸っている時だけだ。

 例えば、花火大会。

 その名を耳にするだけで誰もが浮き足立つ夏の一大イベントの一つ。

 誰もが既知するようにまさにそこは夢の空間。

 子供から大人までも楽しめること請け合い。数多の屋台が軒並みを揃え、夜が深まる頃には夜空に咲く盛大な花が魅力的な催物だ。

 しかし、しかしなのだ。

 俺は、いや、当時の俺の心は『花火大会』という単語には魅力も輝きも、心底を震わせてくれるような感覚のその一つすら感じたことがなかった。

 単純な話。

 俺は『花火大会』という存在より先に出会ってしまっていたのだ。

 キラキラと輝く人類の叡智の塊、日々の生活に潤いをもたらし、娯楽を求める全ての探求者達の魂の結晶とも呼べる逸品に——。

 そんな稀代の大発明品の名は『コンピューターゲーム』。

 このご時世、一度は誰もがその名を耳にしたことがあるだろう。

 けれど、コンピューターゲームと一口で言ってもその用途は実に多様なのだ。

 知名度で言えば、PCやTVといったディスプレイ装置を媒体にして利用する物から、最近で言えば、スマホなどの液晶ディスプレイを取り入れたものだってその一つなのだ。

 でもって、よく昔ながらゲームセンターなどで見受けられる一プレイ百円そこいらのアーケードゲームだって同じコンピュターゲームのカテゴリーに含まれていたりする。

 え?コンピュターゲーム?そんなものやったことないよ?と、思っているそこの君だって、皆、知らず知らずのうちにプレイしてしまっているのがコンピュターゲームという存在なのだ(根拠はない)。……実に末恐ろしい。

 しかし、本体だけではそれはコンピューター『ゲーム』とは正直呼べない。

 そう、ゲームとは勝敗を決めてこそに意義がある。

 あくまでも持論だが、俺から言わせてもらえば勝敗が喫することがないゲームを『ゲーム』とは思えない。

 なぜならそこにドラマがあり、ロマンが宿るからだ。

 言い方を変えれば、雌雄を喫する構想が組み込まれていれば、どんなに世間でやれクソゲーだと卑下され、今世紀最大の欠落品だと揶揄されようがそこには存在意義が生まれるのだ。内容など俺からしてみれば二の次、名作も駄作も関係ない、製作者がどんなに不真面目に、例え何とのく出来ちゃた作品だったとしても笑っていられるし、逆にどうやったら面白くなるのかを自分で思考できて、そこが新たな楽しみになっていくまである。……これを一石二鳥と呼ばずして何と呼ぶのだろうか?

 まあ、そんなわけで、少なくとも俺はそういう思想を持って、誠意と謝恩を胸に数々のゲームをこの手でプレイさせてもらってきた。お世話になってます!

 総じて、人生の娯楽に早くも出会っていた俺からしてみれば『花火大会』など持久走大会と何ら変わらない抹消的な存在だったのだ。

 だから俺は、自宅に引きこもり大好きなゲームにうつつをぬかしていたかった……。

 そう、いたかったのだ、そうであって欲しかったのだ、英語だとWant to。

 それはというもの、毎年俺達の住む街には地元でも名の知れた夏祭りが開催される。だが既にご存知の通り、俺という男は祭りや地域のイベント事といった催し物は無関心だったのだ。地域範囲になると二倍増しで。

 しかし、それは結局のところ、小田原駿という個人の問題、ひいては意見でしかない。

 この世の中は、ご都合主義では構成されていないのが現実であり、他人という存在がどこにいても何をしいても必ず寄り添って、その中の誰かしらとは何かしらのコミュニュケーションが必須とされるのがデフォルトであたり前な世界なのだ。

 当然俺もその中の一人であり、小田原駿という男にとってその存在とは、長らく日々を共にしてきた幼馴染み、音無やよいという少女だったまでのこと。

 つまり、今回の祭りの場合、肝となるのは、音無やよいという少女が祭りに興味関心の有無があるかないか。

 結論から言おう。答えはイエスだ。

 意外にも、あの冷静沈着でいかにもお祭りなんて浮ついた催しなど興味がありませんよ?と思っていそうな少女はその実、大にな関心があった。

 だが、ここで一つの問題が発生する。

 音無やよいと小田原駿がという二人の幼馴染みが全く毛色の違う思考回路を持ち、なおかつ、やよいがその祭りに参加するにあたって、この俺をその付き人に駆り出されるという点だ。

 構わずゲームをしたい派の俺と、打って変わって花火に行きたい派のやよい。

 多くの学友を持つやよいがその友人達と参加すれば済む話なのだが、そして実際、数多の誘いを受けているはずなのだが、しかし困ったことに毎年のように俺の家に訪れては執拗に俺と共に参加したがるのだ。

 だが俺の心は花火よりゲームに傾いている。

 だから断る俺、しかしそれを断るやよい、それを断る俺、やよい、俺、やよい……。

 結局、毎度のようにその場(小田原家)では議論の決着はつかず、堂々巡りを三回ほど巡った末に、今日のような『ゲーム対決』に決定は委ねられてきた。

 そしてまさに今、真横で浮かべる不服そうな顔は、俺がゲーム対決に勝った時の顔。つまり、花火大会に不参加決定時の顔——。

 これがまた厄介極まりないもので、そうなった俺の幼馴染みは負けを認めなようとしないのだ。

 しかし負けは負け、ルールはルール、ではどうするか?

 簡単なことだ。


「ねぇ、駿……もう一回。もう一回だけ勝負しましょう?」

 そうそうまさにこんな感じの猫なで声で……、


「っておい、今日こそはその手には乗らねえからな」

「……一体、なんのことかしら?」


 小首を傾げ、大きな二重瞼をパチクリさせたやよいは盛大におどけて見せた。

 だが見限らないで欲しい。俺はそこら辺にいる眼鏡オタクロングコートキャラとは違うのだ。一線を画数と言ってもいい。

 なぜなら、このあざとい女子高生とは良くも悪くも長い間、一応幼馴染をやってきたというアドバンテージがあるからだ。

 俺は上目遣いで訴えてくるあざとい幼馴染みを見下ろし、嘲笑うかのようにこう言ってやることにした。


「ふっ、甘い甘い、その思考、しりとりよりも甘いわ。この俺がそんな見えすいた誘惑に今更惑わされるとでも思ったか?だとしたら思い違いも甚だしところ、そんな暇があるならさっさと第三戦目でけりを付けようじゃないか」


 わざと焚き付ける言い方。俺は泰然とした態度を崩さない。言うならば王者の貫禄……自分で言ってて説得力がなさすぎて虚しくなってきた。

 やよいを見る。

 俯き、亜麻色の前髪がその表情にベールを落とし、感情が読み取れない。

 だが俺には分かる。手に取るように分かる。すんごい分かちゃう。

 あ——。これ、確実に引火しました。

 計画通りといえばそうなのだが、確かに発破をかけるつもりで言ったが、しかしここまで……いや、この場燃え盛る勢いが凄いとは聞いてないよ……。

 あれだ、きっと点火源が優秀すぎたのだろう。……いや待って、どう考えてもそれ俺じゃん……。これ後から怒られるやつじゃん。睨まれる怖いなあ、宥めるのめんどくさいなあ……。最悪、ゲーム内で怒りを晴らしてほしいのが点火源の切なる願いです。

 そんな事を思案していた俺に、やよいは姿勢を正し、真っ直ぐにこちらを見据えて、こう言ってきたのだった。

「私、しりとりってそこまで甘いゲームではないと思うの」

「——って、そっちか——い‼︎」

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