第2話 焚き火を囲んで

私達は焚き火を囲んで、野宿の準備をしていた。

忘れもしない…


「カッツェ…お前飽きもせずに…まーだそんな日記、書いてんのか?」


隣に座る少年が怪訝そうな顔をしながら、私の手元を覗き込もうとするので、サッと日記帳を懐に隠した。

私が日記をしたためていると、シルターはいつも凄く嫌そうな顔をするのだ。


《竜使い》は職業柄、ひどく文を嫌う。

理由は2つ。


1つ目は「誓い」を立てているから。


「《竜使い》が用いる「竜ノ言葉」を《竜使い》と、それを志す者以外の者には決して教えてはならない」


これは絶対の掟であり《竜使い》は皆、これを遵守するように誓いを立てる。

誓いを破った場合、本人とその相棒バディ、師匠に至るまで「破門」と「自決」を求められるのだ。


故に《竜使い》の技術は、機密漏洩を免れる為、全て「口伝」であり、メモをとる事さえ許されない。


その内容さえ「誓い」に触れていなければ、日記を書く事自体は禁忌ではないが、文をしたためる事自体がどうしてもタブー視されてしまうのだ。

…納得がいかない。


もう1つ理由は、その「縁起の悪さ」にある。


「竜との対峙」はいつも命懸けである。

その爪が、その翼がかするだけで、人間なんて柔らかな脂身の様に切り裂かれてしまうだろう。

だからこそ《竜使い》のしたためる文書は、


シルターは心配性過ぎる。

…私の身を案じているのは、分かっているけれど。


「私が何をしていようが、別にいいでしょ。

先生には何度もゲンコツくらって叱られたけど、誓い破りしてないってちゃんと証明してるもん。

しょうがないじゃん。日記を書くのが日課になってるんだから、今さらやめられないよ。


《竜使い》を志願して、先生の下で修行するようになった3年前よりも前の前の前から……ずっとずーっと毎日書いてるんだよ?」


「お前なぁ…俺が言いたいのは、じゃなくてだなぁ……」


しばらく沈黙が広がる。

夜の森はとても静かだ。時折、焚き火がパチパチと爆ぜる音しか聞こえない。とろ火が彼のなめらかな頬を照らすのを見つつ、私はふぅと溜め息をついた。


「明日が最後の1日かぁ……。長かったような…短かったような。私達、この森で何度死にかけたんだろうね。でも…明日を乗り切ればやっとあの《竜使い》として認められる……!」


それを考えるだけで、蓄積していた疲労も生傷の痛みもふっ飛んでしまう。胸が、何とも表現しようのない達成感と期待でいっぱいになる。


《竜使い》は、この国であの狂暴な竜に打ち克つ事のできる唯一の存在だ。竜と言葉を交わし、巧みに操ることで、人に仇なす竜を人里から追い払う。

私はもう、人が竜に食われるのを見たくない。


《竜使い》になるための最後の関門。

それは、野生の竜がうじゃうじゃ生息しているこの《龍王の森》で、1ヶ月間生き残る事。多くの候補生がこの試練で命を落としてきた。3年間の修行を共に乗り越えた相棒バディと挑み、2人で生きてここを出なければならない。


こうやって憎まれ口を叩いているけれど、シルターがいないと…私はきっとここまで来れなかった。何度も諦めそうになり、何度も挫けそうになった。


シルターはツンツンしてて、素っ気ない所もあるけれど、本当に良い奴なのだ。座学はまぁまぁだけど…、実技はからっきしな私を、いつも支えてくれた。 


「竜ノ言葉」の奏で方を何度も一緒に練習した。

いつまで経っても上達しない体術の練習に、何度も付き合ってくれた。 

ひねくれ者で、どうしようもない私の側に、愛想を尽かさず寄り添ってくれた。


私はその、力強い両腕に…一体…何度、助けられてきたんだろう。


本人を前にすると、胸がこう…キュッとして、心臓がバクバク脈打って、いつも上手く言えないんだけど、結局の所、私はシルターを心の底から信頼しているのだと思う。 


この試練が終わったら、シルターにこの気持ちを…。


「…カッツェは《竜使い》になったらどうするんだ?

ちゃんと明日、生きてここを出る事ができたら…の話だけど、お前はそこからどうするつもりでいる?」


思いもしない言葉にドキッとする。

そういえば、目の前の事でいっぱいいっぱいで、将来の事を深く考えてこなかった。

夢はある。けれど、こんな突拍子もない夢物語を言ったって、きっと笑われてしまう。


「…うーん。とりあえず、故郷に帰るつもり」


シルターは口ごもってしまった私をチラッと見ると、ふいっと目を反らしてしまった。


そして、

「そうか…なら…明日でお別れなんだな」

ぼそっとそう言った。


へ?




私の心に、その言葉が思った以上に突き刺さった。

……お別れ?


涙が出そうになるから、お願いだから、そんな言葉を言わないでほしい。

ズキンと痛む胸をぐっと押さえ、唇を噛み締めた。


           


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