第4話 その日

―――――最後の日。

いつの時代も、

物語の最後は急転直下と相場は決まっている。


「…カッツェ…カッツェ!おい起きろ!カッツェ!」


シルターの声で目を覚ます。

もう…身張り番の交代……?

夜の暗闇が徐々に白み始め、視界は薄墨色だ。


「いいか…気を取り乱すなよ。あれを見ろ」


うつらうつらしながら重たい身体を起こし、ボサボサ頭で辺りを見渡し、そして…戦慄する……!

身体中の産毛という産毛が逆立ち、一瞬にして眠気がぶっ飛んだ。どうして…なぜ…こんな事に……。



息を呑んだ。



あたり一面を竜の群れに取り囲まれている………!


しかも、多い……!

40頭…いや50頭近い竜の群れが私達を取り囲んで、こちらをギョロリと凝視しながら、空中を忙しなく飛び交っている。

ぐるぐると旋回しては、お互いが広げた翼を見せつけあい、近付いては離れてを繰り返しながら、甲高い声を出していなないている。


「……信じられない…あんなにたくさん!」


心臓の拍動が聞こえてくるほどにドクドクと脈打ち、ぶわっと汗が滲むのを感じた。

この耳をつんざくような金属音は、私達が一番最初に教わった…「竜ノ言葉」。


あれは「獲物を見つけ、捕らえる時の鳴き声」。


私達を囲んで空中をぐるぐる旋回しているのは、誰が1番最初に獲物を食らうのか決める為だ。

ああやってお互いの体を見せつけあう事で、力比べをして、やがて1番体の大きな竜がこちらに向かってくるだろう。


どうしてこんな事になるのだろう。

あぁ…今日を乗り越えさえすれば、今日が終わりさえすれば、今日を生きてさえいれば。

そんな言葉がぐるぐると頭をめぐっては、通りすぎてゆく。



…なんで。

…なんで。

…なんで。

なんでこんな風になるんだろう。

私が、シルターが、一体何をしたって言うのだろう。

今日1日、もう1日だけで良いのに……。


どうしてこんなにも、私の世界は残酷なのだろう。

いつも…いつも…何も守れずに全てを失ってしまう。


時間がない。もう、時間がない。時間がないよ。

手が、足が、歯がガチガチと小刻みに震えた。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたくない……!!





シルターはこちらを振り向いて、私をじっと見つめると、次の瞬間…。


「!?」

突然の事だった。何を、するの?





びっくりして、全身の筋肉をきゅっと強ばらせる。


…その両腕で…私をぎゅっと抱き締めた。

フワッと広がる…私ではない、違う人の匂い。





私の背中に両腕を回して、慣れない手つきで、それでも私をぎゅっと抱き締める。





…思考が止まり、世界が停止する。

膝から力が抜けて、腰が砕けそうになるのをこらえ、どうにかその場に踏み留まる。


あったかい。


私も慣れない手つきで、シルターの背中に腕を回す。

…うん…そうだね。私も怖いよ。


そうやってぎゅっとしているうちに、浅い呼吸が落ち着いてきて、冷静さを取り戻し始める。


「………シルター」


その温もりを感じながら、私は2人で助かる方法を、必死に模索していた。


「竜ノ言葉」を使って、追い払えないだろうか?

―――――――私達のような未熟者の「竜ノ言葉」は決して万能ではない…せいぜい、数匹を追い払うのが限界だ。


ここから走って逃げようか?

―――――人間の足と竜の翼、どちらが早いかなんて考えなくても分かる。


数匹程度の竜ならまだしも、あれほどの規模の群れとなると…熟練の《竜使い》でも完全に追い払えまい。

すなわち、あまりにも運が悪かった。

天に見放されたんだろう。

―――――――――――――――詰み、だね。


「…カッツェ。先生が言っていただろう?

竜と対峙する時は何が起こるか分からない…どんなに優秀な《竜使い》でも、どんなに備えをしていても、相手が竜であり、俺達より圧倒的に強者である以上、どうにもならない事だってあるって」


うん。


「カッツェ……カッツェ……」


うん。


「カッツェ……俺達、ここまでだな」


………………………。

………………………………。

………………………………………。


「………うん」


……力強くて、暖かい。

シルターの心臓の音が聞こえる。ドクンドクンと規則正しく拍動を刻み、今この瞬間、私達は生きている。


あの甲高い鳴き声が消えた。

もうすぐ、最初の1頭が翼をひるがえして、こちらに飛んでくるだろう。


「ねぇ…シルター?」


「…うん?」


すぐそこまで、出かかっている言葉。

2文字と5文字の言葉。

とても、とても、簡単な言葉。

たったそれだけの言葉なのに、喉にひっかかって、口から出てこない。

シルターの背中に回した両腕にぐっと力を込める。


「…カッツェ?」


「…す……っ…………」


シルターは穏やかな笑みを浮かべている。


シルターの背中の向こう側に、もの凄い速さで、すぐそこまで迫り来る竜の両翼を肉眼で捉えた。

まるで、空気を切り裂く、鋼の薄刃。

…あんなの食らったら、ひとたまりも無いな。


神様!私に…少しだけ勇気を。


シルターの笑顔がこびりつく。

私の人生、後悔ばかりだけど、最期に私の瞳に写るのがあなたの笑顔で、本当によかった。


ねぇ…シルター……。


「すき…………」


「……俺も」


「ほんとうに……今まで…あ………………………」


……………。


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