第15話 男心

手紙を何度も読み返しながら、車の中でリカはただただ、泣いていた。


ミナミへの気持ち。


タクミが小さい頃の家族写真を見て、ここに写っているのは私だったのに……!と思ったこと。


ミナミから大切なものを奪いたい。

そんな思いで真っ黒になって、私はタクミを引き取ったのかもしれない。


「……最低だよね。選ばれなくて当然」

リカは泣きながら言う。


悟は黙って聞いている。


タクミの父親への気持ちも気づいてやれず、悟との関係も絶ちきる事が出来ず、母親としても最低だった。


「はじめっから信用されてなかったもんね、私」

「タクミに?」

「うん、ママよりマシ、ってやつ?」

リカは、ははっと笑った。


「リカは自分の事を好きなわけじゃない、って吹き込まれてたからな、あいつは」


「……好きだったよ、私」

リカは言う。


「タクミが誰の子でも、大好きだった」


悟が優しくリカを抱き締めた。


「……お前は男心が解ってない」

「え?」

「タクミはリカの事好きだから、離れたんだよ」

「……慰めようとしてるの?」


はあっと、悟はタメ息をついた。


「違うだろ」


リカにはよく解らなかった。


「ウタやミナミの事は関係なく、純粋に私がタクミを好きだって事、やっぱりどこかで信じきれなくて……ミナミの方に行ったんじゃないかな」


悟はリカの頭にポンッと手を置いた。


「いいや、タクミの方が大人なだけだ」

「どういうこと?」


悟はゆっくりリカを引き寄せた。


「いいか? 何でタクミは父親が欲しかった、なんて手紙に書いたんだ?」


リカは悟の顔を見た。


「なんでって、本当にそう思ってたからじゃ……」


「それだけじゃない、よく考えてみろよ」

「……?」

「何でそんな書かなくていいこと書くんだよ、お前が傷つくような事を」


しばらく考えていたが、リカには解らない。


「正解は、男心ってやつ」

悟が笑って言う。


「タクミはリカの事を選ばなかったんじゃない。お前を、ちゃんと選んだんだよ」


「…………私を?」


「お前は一緒にいてくれる、そう信じたから、一緒にいたいとは言えなかったんだ」


「どうして……?」

「リカが困るから」


「困るって……」

「お前を一生、親として縛り付けてしまう。タクミには、それが解ってた」


「……じゃあ、私のためにミナミの所に行ったの? そんなの全然嬉しくない……」

「そうだろ?」


ほら、とでも言うように、悟は言った。


「だからタクミは、自分が行きたくて行くんだってきちんと解ってもらえるように、あんなこと書いたんだよ」


悟は続ける。


「解るか? お前が俺と幸せになれるように、離れてくれたんだ。お前が大好きだったから、お前のを、選んでくれたんだ。本当は一緒にいたかったんだよ、お前とも」


リカは悟の言葉が信じられなかった。

そして、しばらく考えてこう言った。


「…………タクミ、私のこと好きだったと思う?」

「当たり前だろ」


リカはまた、声をあげて泣いた。



悟は思った。

……リカは気づいていないが、ウタも同じだろう、と。


子どものいる未来をリカに与えたい、そのために、ミナミを利用した……。


泣いているリカを見て悟は言い出しかけたが、これは内緒にしておくことにした。


『死んだ元カレを思い出す必要ないしな』


悟は泣いているリカの顔をそっと持ち上げ

優しくキスをした。


「俺が一番好きなんだよ、お前のこと」




翌日、悟は校長に呼び出された。

車の中で保護者と抱き合っていた、と学校に連絡があったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る