第9話 悪いこと

2人は開き直ることも、隠し通す覚悟も出来ないでいた。


唯一、二人にできる事は、スマホでの暗号めいた会話と、短い密会だけ。


学校に緊急連絡先として登録してあったリカの携帯番号に、悟からショートメッセージが届いた。

悟個人の携帯番号だった。


しかし。


この番号、なんて登録する……?


リカは思う。


加藤先生?いやいや、見られてもいいように、女の子の名前で?


悪い事をしているから、後ろめたい気持ちになるのだろうか。

私たちの関係は、やはり『悪いこと』なのだろうか?


携帯番号の登録1つでこんなに取り繕っているのに、うそはつくな、隠し事をするな、と、タクミに教えるのだろうか。


母親、教師。

どちらの立場であっても、堂々といたい。

そう思うような自分であり、相手であってほしい。


でも……。


リカはスマホを握りしめている。

もし連絡があったら、飛び出して行けるように。

葛藤の中でも、たとえ10分だけでも会えるなら……。


リカの携帯がなる。


『18』


悟からのメッセージだ。


18とは、18時に待ち合わせ、という意味だ。


タクミは塾に通っていたので、リカには唯一水曜日、19時まで少し1人の時間があった。


マスクや帽子で後ろめたさを隠し、駅から少し離れたひと気のない小さな駐車場に車を走らせる。


18。


ただ、悟の顔を少し見るだけ、少し話すだけ……。


これが2人の精一杯だった。


舞い上がった頭を冷やし、なるべく冷静に、ほんの少しの二人の時間を、ひたすら隠す。


リカは駐車場についた。

悟の姿はまだ見えない。リカが先に着いたようだ。


後部座席に移る。


「待った?」

5分後、悟が同じく後部座席に乗り込んで来た。


「……ずっと待ってるよ」


二人は、目が合うなりキスをした。


心と体がまるで反対で、正しい大人と正直な子どもを行ったり来たりする。


どちらも自分では制御できない。


タクミと住むようになってから、もう3ヶ月が経とうとしている。


これからいつまで、こんな関係が続くのか。


タクミに2人の事を話し、認めてもらう?

きっと、反対はしないだろう。


しかし、リカは母親になりたかった。

母親として軽蔑されること、それだけは避けたかった。


すでにそれだけの事をしてしまっているとしても。




その日、二人が車中で束の間の時間を過ごしていると、『コンコン』と助手席をたたく音がした。


思わず固まる二人。


え?誰?


そう思いながら、リカはゆっくり窓越しに目線を上げた。


リカが見たのは、リカの姉、ミナミだった。

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