第8話 二人きりの場所

「今日、たまたま車なんだ、マジでついてるわ」

悟がリカを助手席に押し込んだ。


「相変わらず強引というか……」

リカが不満気に言う。


「それで?なんで学校にいるの」

悟も運転席へ。


「……忘れもの届けに来ただけですけど」

「忘れもの、ね……」


悟がニヤニヤと笑う。


「先生って車で通勤していいの?」

話題を変えるため、リカは悟を無視して言った。


「いや、うちはダメ。今日は研修会の会場遠いから特別」

「早く行かなくていいの……?」

「行かないといけない」


悟はリカにキスする。


「バカじゃないの!?まだこんなに学校近いのに……!」

「それ言うなら車乗ってる時点でアウト」

「……降ります」

「はは、もう遅い」


悟は車を走らせた。


「ちょっとやめてよ、私まだ仕事中だし……」

リカは慌ててまくしたてる。


「早退して」

「は?」

「俺も仮病使うから」

「バカじゃないの!?」

「ああ、ちょっとだまって。考えてる」


リカは呆れて何にも言えない。


「お、今日は素直だな」

リカの方をチラッと見て悟が笑った。


「……本当にキライになった」

「やっぱり俺のこと、好きだったんだ」


ダメだ、この男とは会話にならない。


しばらく走ると、悟はリカの自宅マンションの駐車場に車を止めた。


「……うちにあがる気?」

「まさか。あれだ、あれ」 


悟が頭を整理しようと、手を縦に降って話しだした。


「忘れものを届けに来た保護者が、校内で足をひねったので、ご自宅までお送りした、と」


「……めちゃくちゃ背中押してたじゃない」

リカがすかさず突っ込む。


「研修会で急いでたんだ」

「……見られたよね、私の小走り」

「保護者じゃなきゃ平気」


沈黙が続く。


「今夜、ちゃんと会いたいんだけど」


悟が珍しく真面目な顔をしている。


「……」

リカはむくれている。


「どうした?」

悟がリカを覗きこむ。


ほっといたくせに、リカはそう思いながら

「夜は無理だよ」 

と、横を向いた。


じゃあ、いつなら会える?

2人とも考えていることは同じだろう。


堂々と会える時間なんて、最初からないのだ。


「まずい、今日はもう時間切れだ。また連絡するよ」

「……どうやって?」


リカはまだ横を向いたまま。


「それも含めて考えるから。待ってて」


リカは改めて気付き、寂しくなった。


どれだけ考えても答えなんて出ないのだ、この関係では。


「リカ……?」

「勝手に名前呼ばないでよ」

「……こっち向けよ」


しばらくの沈黙。


「やだ」


リカは助手席のドアを開け、外に出た。すぐにエントランスに向かう。


しばらく歩くと急に足を止め、振り返った。


悟は運転席から、それを見ている。


「さよなら」


リカはそう言うと、今度はエレベーターまで振り返らずに走った。


ダメだダメだダメだ。

無理矢理理由をつけないと会えないなんて、連絡手段さえ言い訳考えないといけないなんて……!


▲ボタンを連打し、急いでエレベーターに乗り込んだ。11階を押す。


「リカ!」

「……え?」


驚いて顔を上げると、悟が閉まるエレベーターを無理やりこじ開けて入ってきた。


「何で……? 時間切れでしょ?」


悟が冷静に『閉まる』ボタンを押す。

扉がゆっくり閉まりはじめる。


まだ扉が閉まり切る前に、悟はリカにキスする。


「お前、足ひねってる設定なのに走るなよ、言い訳できなくなるだろ」


エレベーターが動きだす。

悟のキスは激しさを増す。


悟にきつく抱かれながら、ああ、もう完全につかまってしまった、とリカは思った。


お願い。今だけは、誰もこないで……。

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