55.登頂の下準備

(マジックポーションの価格の裏取り。それと重要なのはルーンマウンテンの魔素エーテルが湧くポイントか。……やみくもに山探しても埒が明かないだろうからな)

 

 前者のマジックポーションの価格は、街で売られている販売価格を調べる事でわかるだろう。クラリッサはBランクのマジックポーションの相場が銀貨二〇枚くらいと言っていた。

 後者の魔素エーテルの湧くポイントは錬金術協会を当たろうと思っていた。協会ならばある程度、素材の収集地点は網羅している筈である。


「エリア、ロイドと一緒に留守番を頼むよ」

「……スレイさん、お出かけですか?」

「ああ、明日の為の準備だ。色々調べてくるよ。万が一、お客さんが来たら応対して貰えると助かるな」


 この街外れのアトリエにエリアを残しておくのは少し心配だったが、ロイドはエリアの絶対的な守護者である。

 何も心配はいらない。スレイはロイドを信頼していた。


「わかりました。お気を付けて」

「何か土産でも買ってくる。楽しみにしててくれ」

「……あっ、スレイさん」

「ん?」


 先程のクラリッサにまつわる失言が頭を過ぎり、スレイは思わず表情を硬くさせた。

 

「……外套マントの襟がまくれてます。ちょっと待ってくださいね」


 外出の為、先ほど着込んだばかりの外套マントが整っていなかったらしい。

 エリアが首元に手を伸ばすと、立っていた襟を正す。触れる細い指がくすぐったく感じた。


「これで大丈夫です」

「ありがとう。……これからの商売を考えると、ガサツさを改善しないとな」

「きめ細かですよ。ですが自分の事になると、ちょっと疎くなると思います。……私はスレイさんの、そういう処がとても好きです」


 エリアはそう言って微笑みながらスレイを見送った。

 スレイは少し照れた表情を浮かべ、街外れのアトリエを後にした。


     ◇ 

 

(……Bランクのマジックポーション一本で銀貨二二枚ってとこか。本当に高騰してんだな)


 スレイはルーンサイドにある道具屋を回り、卸売りされているBランクのマジックポーションの価格を調べていた。

 三軒回った結果、瓶代を除いた中身で大体一本につき銀貨二〇枚~二四枚。クラリッサの言っていた通り、マジックポーションの高騰は間違いないようである。


「Bランのマジックポーション、相変わらず高えな」

「……銀貨二二枚か。ぼったくりじゃねーのか。はぁ」


 四軒目の道具屋に入ると、ローブを着込んだ若者の二人組の声と溜息が聞こえた。丁度マジックポーションの話題である。

 スレイは他の商品を品定めしたふりをしつつ、二人に聞き耳を立てた。


「……ったく、錬金術師どもの仕業だろ。アイツらは嫌いだ。足元見やがって」

「ああ、談合価格って奴さ。……おっと、あまりこういうのは言わない方がいいのか」

「……錬金術師はすべて貴族様だからな。怖い怖い。……まあ、買うしかないわな」


 文句を言いつつも、二人の術師はマジックポーションの瓶を手に取り、カウンターへ精算に向かった。


(そういや、フレデリカお嬢様と上級錬金術師がポーションの価格で揉めてたみたいな事を言ってたか。……こういった状況下だと、安売りは悪目立ちしそうだな)


 このセントラル王国の商売において、談合、つまり示し合わせての価格設定は合法である。

 そして、それに対し自由競争を仕掛ける事も当然合法であり自由である。

 ただ、価格競争の恩恵は需要がある買い手であり、供給側の売り手ではない。つまり同業者に目を付けられる可能性を伴う。スレイは安請け合いした事について少し心配になっていた。


(……まあ、俺の場合は単発の依頼だからな。一回安売りした処で目を付けられるって事もないだろ)


 スレイは物事を楽観的に考えつつも、道具屋を後にした。


     ◇


 マジックポーションの価格調査を終えたスレイは、続けて錬金術協会に向かった。

 協会内に入ると、スレイは早速カウンターにいる受付嬢のイライザに、ルーンマウンテンの魔素エーテルについて聞いてみる事にした。


「……魔素エーテルの沸くポイント? スレイさん、ルーンマウンテンに?」

「ああ。依頼でマジックポーションを取り扱う事になってね。魔素エーテルを自力で調達しようと思う」

「ふむふむ。わかりました。……では、地図を貸し出ししますね」


 席を外したイライザはしばらくすると、羊皮紙を丸めたものを持ってきて広げた。


魔素エーテルの沸くポイントが記された地図をお渡ししますが、赤丸の採取しやすいポイントは素材業者に抑えられていますね。……そこでは採取しない方がいいですよ。明確に駄目ってルールはないですけどね」

「まあ、そうだろうなあ。……調達屋からの印象が悪くなるとな。将来的にお世話になるかもしれないから」

「ええ。素材ギルドというのもあるので、一度挨拶に伺ってみるのも良いと思います。……彼らの縄張りを荒らしたら、そこの組合員からは何も売って貰えなくなると思います」


 ギルドの結束力、そして力は強大である。必要なもの全てを自力で調達出来るとは限らない。敵対視されれば今後の商売が大きく制限されるだろう。

 今は必要としていないが、イライザの言う通り今後の為に一度顔見せしておくべきかもしれない。


「目をつけられない処で採取するとしたら、ある程度、山を分け入った場所に行かないと難しいか」

「青丸のポイントですね。道外れの山中にあって採取量も少ないので、まず素材業者は手を付けません」


 道外れの山中となれば、ある程度は危険を覚悟する必要がありそうだった。

 登頂ルートと比べ、怪物の出現率も段違いだろう。


「ありがとう、イライザさん。これで何とかなりそうだな」

「どういたしまして。……そういえばロイドちゃんは元気ですか? また会いたいですね」

「元気だよ。ちゃん付けは良くないかな。……怒ったりはしないが、アイツはロイドって呼ばれる事を好むから」


 スレイはイライザにお礼を言いつつ、錬金術協会を後にした。

 天気が良ければいよいよ明日の朝出発となる。

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