56.ルーンマウンテンへ
翌日。予定していたルーンマウンテンの登頂日を迎えた。
雲一つない快晴に見舞われ、今の処は絶好の登山日和といっていい案配である。
約束となっている朝の七時より少し前には、スレイ、ロイド、エリア、ヘンリー、そして依頼人のクラリッサが街外れにあるスレイのアトリエ前に集まっていた。
「おはよう。いい天気だね」
小鳥の鳴き声が響く中、元気よくヘンリーが挨拶した。顔には愛用の片眼鏡、右手に持つ魔杖は普段通りだが、手に羊皮紙の地図のようなものを持っている。
他の荷物の大半は
「ヘンリー、その地図は?」
「市販の登山マップだよ。銀貨三枚で買っておいたんだけど」
「俺が錬金術協会で借りて来たのに。まあ、予備としてはあってもいいか」
「まあ、僕のは登山マップだから。そっちには名所とか載ってないだろう?」
ヘンリーはやけに調子が良さそうだった。名所という単語を口にした事から、最初から観光として登山を楽しむ予定だったのだろうか。
そういえば、彼はそういった名所巡りが好きだったかもしれない。王都を離れて遠出をする前には必ずそういったものの下調べをしておく。趣味と言っていいだろう。
(……まあ、手伝ってもらえるだけありがたいからな。ヘンリーの実力は折り紙付きだ)
彼が登山を観光気分で楽しんでも悪いことは何もない。
引退したとはいえヘンリーは熟練の冒険者であり、必要な時はちゃんとスイッチが切り替わるのをスレイはよく知っていた。
「あと登山道を使うと銀貨二枚、入山料が必要だから。四人分、いや、ロイドの分も必要かな。じゃあ金貨一枚を僕が出そう」
「詳しいな。……まあ、登山道の管理維持に金がかかるだろうからなあ」
スレイは近くに映るルーンサイド山を見上げた。
登山道まで徒歩四〇分。丁度ここは山岳側に近かったので、集合場所には丁度良かった。
「……わわ。
クラリッサが雄大なロイドの姿を見て驚いていた。
依頼に訪れた時と同じく、魔法学院の制服とケープ姿である。
山を舐めているわけではなく、魔法学院の制服は防護が備わっている高級品で、彼女の私物では単純に一番優れた装備との事だった。
苦学生となれば他の良い装備など持っていないだろう。
「クラリッサさん、怖くないですよ。普段は大人しいですから。ロイドは
驚きの表情を見せるクラリッサに対し、エリアが微笑みかけた。
「ヘンリーさんが賢い狼だと言ってました。
「使役しているのは私ではなくスレイさんですね。……命の恩人という事で私にも懐いてくれていますが」
エリアがロイドの頭に手を伸ばして撫ると、それに応えるようにくすぐったそうに首を振った。
続けてクラリッサが、ロイドの身体に触れる。大人しくしてるのを確認し、思い切って身体を預けた。
「わあ、モフモフしていますね。心地いいです」
「ええ、モフモフしています。疲れたら背中にも乗せてもらえますよ」
しばらく二人してロイドと戯れているのを、スレイは羨ましそうに眺めていた。
◇
アトリエを出発して四〇分。ルーンマウンテン入口に到着すると、小さな建物が登山道を塞ぐように立っているのが見えた。衛兵が二人外に立っている。
挨拶して建物に入り、受付に居る管理人にヘンリーが金貨一枚を渡し、代わりに五人分の割符を受け取っていた。
スレイがそれを受けとって目にすると、割符に納付額と日付が刻印されていた。チケットと領収書を兼用しているのだろう。
「スレイ、どの辺りまで行く予定なんだ?
「ああ。とりあえず一度山頂まで昇る。八〇〇メートルちょっとなら、四時間あれば行けるだろうし、お前もなんか観光したい感じだろ。ヘンリーに付き合ってやるよ」
スレイはイライザから受け取った地図を見た。
登山道から近いスポットは全て赤丸、つまり業者御用達となっている。
ルーンサイド側にない奥の別の登山ルートには青丸に該当する箇所がいくつかある。スレイは頂上からそこを目指そうと思った。
「悪いね。一度登っておきたいなとは思ってたのは間違いないけど。山頂のそばに縁結びの祠、なんて名所があるらしいよ。ほら、エリアとの仲を取り持つって約束しただろ」
「約束ってそれかよ。……そういうのって迷信じゃないのか」
「それはまあ、魔法的な作用はないだろうからね。ようは気の持ちようだな」
「スレイさん、私もぜひ山頂まで登ってみたいです」
エリアが二人に割って入るように呟いた。今の話を聞いていたのだろうか。
「……まあ、最初からその予定だったから。眺めもよさそうだしな」
「とてもいい眺めですよ。ルーンサイド全域を見下ろせます。一度は登っておいて損はないかと」
クラリッサが登頂を後押しするように言った。彼女は一度山頂までの登頂を経験済みらしい。
「山頂まで行かなくても採取できる場所がないわけではないよ。付き合わせていいのかな」
「わたしは依頼人ですが、同時にスレイさんに雇われている立場でもあるので……判断はお任せします」
「……そういやそうだったな。じゃあ山頂までの護衛を頼む。けど、何かあったらサポートに徹してくれればいい。俺やエリア、ヘンリーは荒事に慣れてるからな」
荒事はいくつも経験してきた。クラリッサを除くここに居るメンバーはかつてSランクまで昇りつめた冒険者パーティーのメンバーなのだから。
過去五年の記憶と共に、スレイは久々に冒険者だった頃の感覚が戻ってくるのを感じていた。
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