54.依頼の参加者

(……まあ、ヘンリーの協力があれば何とかなるか。ロイドもいるし)


 スレイは部屋の天井を見上げた。

 視線の先、二階の部屋には大灰色狼ダイアウルフのロイドが居る。今は初の依頼客を驚かさないよう、部屋で待機していた。

 接近戦闘をこなせるスレイとロイドがいれば前衛は何とかなるだろう。加えてヘンリーの魔術や神聖術による後方支援。二人でもバランスは取れそうだった。


「……エリアも行く? 山歩きは嫌いじゃなかったよね。気分転換になると思うけど」

「はい。もしスレイさんとヘンリーさんが行くのであれば同伴します」


 ヘンリーが問いかけに、エリアが即答する形で応じた。


「……エリア、身体は大丈夫なのか。無理はしなくていいからな」


 スレイはエリアの体調を気遣うように確認をした。

 ルーンマウンテンは登頂難易度の高い山ではない。全く危険がないわけではないが、護衛を伴っての登山客もいるくらいである。

 ただ、それはあくまで登頂までの登山ルート話であり、魔素エーテルの採取となれば別かもしれない。

 街のすぐそばにある開かれた山とはいえ、決して気は抜けないと思った。


「冒険を終えてから一カ月近く間が空きますが、私も元冒険者ですから。こないだのような強行軍でもなければ身体は持つと思います」


 エリアは『爆ぜる疾風ブラストウィンド』では一番スタミナがなかったが、それでも五年もの間、過酷な冒険者稼業を務め上げた熟練の冒険者である。

 数多くこなした依頼の中には険しい山を舞台とした冒険もあった。これが初の登山という訳ではない。それを踏まえると、体調を考慮しての事だったとはいえ、彼女に失礼だったかもしれない。


「それもそうか。……悪いな。エリアの事が少し心配だったんだ。まあ、いざとなったらロイドも居るから」

「スレイさん、気遣いありがとうございます。最近まで体調を崩していたのは事実ですから……足手まといにならないように務めます」


 エリアはそう言い終えると、やわらかに微笑んだ。

 回復役が二人となれば不慮の事故に陥る可能性は大きく減る。それに先ほど言った通り、いざとなればロイドがエリアを背に乗せてくれるはずである。心配はないだろう。


「……あの、わたしも連れていって貰えますか」


 依頼人であるクラリッサが右手を上げ、参加表明の意思表示をした。


「クラリッサさんが?」


 スレイは目の前にいるサファイア色の髪をしたエルフを見た。

 エリアやヘンリーは長年を共にした信頼できる熟練の元冒険者である。だが彼女はどうだろうか。スレイは可否を即答せず、彼女に問いかけるに留めた。


「魔術と召喚術が扱えます。特に召喚術は護衛戦力として役立つかと思います。土精霊ノームなんかは守備力ディフェンスに定評がありますね」


 クラリッサはぐいぐいと自分を売り込んできた。


(……召喚術。そういやエルフは召喚術の使い手が多いと聞くな。ローザもそうだった)


 エルフは人里に出てくる者こそ少ないが、高い知能と魔法の適性があり、そして先天的な才能である召喚術の適性者が人間より圧倒的に多い。

 力こそ人間に若干劣るものの、高い反射神経を持ち、冒険者としての適性は総じて人間より高い傾向にあると言えた。


「クラリッサさん、山歩きの経験は?」

「ルーンマウンテンなら登頂した事があります。魔素エーテルの採取ではなく登山客としてですが」

「そうか。それなら問題ないかな。戦力としてクラリッサさんを頼るって形になれば、当然タダってわけにはいかないな」

「そうですか、それなら依頼料に還元して欲しいです。今の相場よりなるべく安くというのがわたしの希望ですから」


 スレイは腕を組むと、十数秒もの間、思案し、提示価格を決めた。


「今の相場が、Bランクのマジックポーション一二〇本で金貨二四〇枚と言ってたな。それを高騰前の相場、半額の金貨一二〇枚で引き受けるよ。で、その中からクラリッサに護衛料として金貨二〇枚払う」


 護衛料として金貨二〇枚のキャッシュバック。つまり実質的に金貨一〇〇枚の報酬で仕事を引き受ける事になる。


「半額……嬉しいですね。そんなに護衛料を受け取っていいのですか。わたしの依頼の為に登頂するのに」

「俺は見習い錬金術師だからな。今は安請け合いでも依頼が欲しい時期でね。確かに依頼の為に逆依頼をするっていうのも珍しい話だが、そこは気にしなくていいよ。俺も安全に山を登りたい。クラリッサさんの召喚術の実力を見込んでの話だ」


 スレイは一拍置いて、さらに続ける。


「それにローザって王都にいる召喚術師は、金貨二〇〇枚で護衛を引き受けている。彼女に比べれば、金貨二〇枚の護衛料は、その一〇分の一に過ぎないから」

「ローザ様は知っています。『野薔薇』として有名な冒険者ですね。異なる集落の出身ですが、エルフとして憧れの存在です」


 そう語るクラリッサは少し目を輝かせていた。ローザが憧れの存在という台詞に偽りはなさそうに思える。

 王都セントラルシティの冒険者『野薔薇』ことローザの名はルーンサイドに滞在するクラリッサにも知れ渡ってるらしい。人間社会では珍しいエルフの同胞となれば、尚更活躍に対しては敏感かもしれない。


「では、お言葉に甘えて金貨二〇枚で雇われたいです。……ありがとうございます」

「……天候が悪くなければ明日にでも取りかかってもいい。朝七時にこのアトリエ集合って事でどうかな」

「わかりました。どうかよろしくお願いします」


 クラリッサが頭を下げる。制服越しでも分かる立派な双丘が揺れ動くのがスレイの目に映り、思わず視線を反らした。目に毒である。


     ◇


「スレイ、どうだった?」


 クラリッサを玄関で見送り終えると、ヘンリーが声をかけてきた。


「とりあえず、まともそうな依頼で良かったよ。……それにしてもエルフの魔法学院生なんて、どこで知り合ったんだ。珍しいにも程がある」

「籠っていたルーンサイド図書館で何度か見かけたから。ローザの話題で盛り上がってね。そうしたらスレイの依頼に繋がりそうな話になったんだ」

「なるほど。それにしても、よく魔法学院に入れたな。裕福なのか?」

「あまり裕福じゃないだろうね。ここで安くポーションを仕入れられたら、研究室からリベートを貰って学費に充てると言ってたから。……クラリッサは二年前、推薦で特待生として学院入りしたらしくて。そうしたら三年目から特待生の話が突然なしに。年ごとに学費免除が決まる仕組みでね」


 特待生のルールはわからなかったが、取り消しは学業や素行に問題があったのだろうか。

 あるいは条件が厳しいのかもしれない。


「そりゃ大変だな。……特待取り消しって才能がなかったってわけじゃないよな。亜空間部屋サブスペースルームを使えるなら、魔術Bランク相当はあるはずだし」

「彼女曰く、推薦した教授との仲の悪化。最初から下心ありきって感じだったみたいでね。教授のいかがわしい要求を拒否したとかなんとか。……まあ、腹だたしい話だね」

「確かに立派なものを持ってたような。……ヘンリー、知り合いになったことだし肩代わりでもしてやったらどうだ。もし退学になったら水の泡なんだろ」

「そういう事はしない主義。無償で恩に着せたら、その教授と同じになるだろ。まだスレイやエリアほど親しい間柄ではないから。こういった紹介とかの形で手助けはしたいと思うけどね」


 ヘンリーは優柔不断でどっちつかずだが、こういう処ではしっかりしていた。バランス感覚に長けている事の表れかもしれない。肩代わりに応じる事がクラリッサの為になるとはスレイも思っていない。

 それに、安上がりで引き受けてくれる錬金術師への紹介は、手助けの一環にはなっている筈である。


「スレイさん。……立派なものって何でしょう」


 突然のエリアの呟きに、スレイは思わず表情を硬直させた。

 一瞬、何の事かわからなかったが、すぐヘンリーとの会話で出て来た事を思い出した。


「……そんな事いったかな。多分クラリッサさんの立派な耳だと思うな。……流石エルフだなって」

「視線、相手にはわかったりしますから。スレイさんもヘンリーさんも気を付けた方がいいと思います」


 スレイはゆっくりとエリアの方を見た。とても、にこやかな笑顔である。

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