53.魔法都市の山

 ヘンリーが連れて来た依頼人、エルフの魔法学院生クラリッサを応接間に案内した。

 時計回りにスレイ、エリア、向かい側に移ってヘンリー、クラリッサ。

 テーブルには四個のベルメ草のお茶のカップが置かれている。


「えっと、まず何から話していいのか……」


 クラリッサはおどおどした様子だった。緊張しているのかもしれない。


「とりあえず、何を依頼するのか、欲しい物の内容を教えて貰えるかな」

「あ、はい。……マジックポーションです。Bランクの」


 クラリッサが告げた依頼物は、意外でもなんでもない、ごくありふれたものだった。


(Bランクのマジックポーション……まあ、魔法学院生だからな)


 マジックポーションは、魔法を使うための燃料となるMPを回復させる為の青色の液体である。

 魔法都市ルーンサイドにおいては当然需要が多く、魔法学院生となれば尚更だろう。

 

「……クラリッサさん、マジックポーションなんてそこらで売ってないか? もちろん、俺の処に依頼してくれたのは嬉しいが」


 需要が見込まれるだけあって、ポーションをメインに扱う錬金術師はそれなりに多い。こんな街外れまで足を運ばなくても、手に入れようと思えば手に入るはずである。

 

「最近、価格が高騰しています。Bランクのマジックポーションで銀貨二〇枚。普段の倍ですね。以前ならば銀貨一〇枚で買えていましたから」


 その返答にスレイは顎に指を当てながら、ポーションの価格を思い出してみた。


(……Bランクで銀貨二〇枚か。確かに高い気がするな)


 クラリッサの言う通り、Bランクのマジックポーションは銀貨一〇枚前後というイメージがあった。

 ただ、相場というものは基本的には需要と供給のバランスによって決まる。もし需要過多で供給が追い付かない状況下であれば当然価格も上がるだろう。

 とりあえず彼女の目的、そしてこの街外れのアトリエを選んだ理由はわかった。


「なるほど。マジックポーションを今の高騰した価格より安く調達したいって事だな」

「はい。ここは閑古鳥が鳴いているから安く引き受けてくれるだろうって、ヘンリーさんが」


 その歯に衣着せぬ言葉にスレイは一瞬顔をしかめ、それを伝えたであろうヘンリーの方を見たが、特に意に介した様子はなく、あくびなどをしていた。


「……作る事は出来るよ。だが設備の問題と材料の問題があるな。クラリッサさん、まずポーションの空き瓶ブランクボトルはあるのかな」

「はい。亜空間部屋サブスペースルームに保管してあります」


 亜空間部屋サブスペースルームが行使出来るのであれば、クラリッサは少なくともBランクの魔術は行使出来るという事になる。

 それなりに魔術は研鑽しているようだった。魔法学院生という身分は確かな物だろう。

 

「必要な本数は?」

「Bランクのマジックポーションを一二〇本。今の相場で普通に買えば銀貨二四〇〇枚、金貨にして二四〇枚ですね。それを出来る限り安くお願いしたいです」

「安くっていうのはわかった。……それにしても多いな。個人で使うのか?」

「いえ。私の所属している研究室の常備用です。ストックが切れかけててそろそろ買い出ししないと、って時にこの高騰で困りました。予算もありますし……えっと」

「詳細な事情は言いたくなければ構わないよ。個人用ではないって事だけ確認したかったから」


 クラリッサは何かを言いたげにしていたが口ごもっていたので、スレイは発言を制止した。

 憶測になるが、高騰する前に買っておくはずだったマジックポーションを何らかの理由で買っていなかったとか、そんな理由だろうか。


「引き受けたいとは思うが、マジックポーションを変成するには魔素エーテルがほぼ必須だ。……話を聞く限りそれも高騰しててもおかしくない。そもそも仕入れルートを確立してないんだよな」

「スレイ、変成術でも魔素エーテルは必須なのか?」

「必須だな。性質が近いものほど変換効率がいい。変成術を使う際の消費MPが少ないって事だ。どんな物質からでも理論上はマジックポーションは作れるんだが」


 ヘンリーの質問に対し、スレイは返答すると、テーブルに置かれていたカップを手に取った。


「例えば、このベルメ草のお茶をマジックポーションに変成するとしようか。俺の全MPを消費しても小さじ一杯分も作れないよ。……今のは物の例えだが、とにかく魔素エーテルがないと始まらないと思ってくれ」

 

 スレイはカップをテーブルに戻すと、一つ溜息をついた。

 変成術はなんでも自由に作り出せるわけではない。変成には法則があり、性質が異なる物質ほど膨大なMPをコストとして消耗する。

 そういった制限のない者がこの世に存在し、変成術を極めていれば、あらゆる物からあらゆる物を作り変えられるかもしれない。それは全能の神といっていい存在だろう。


「まあ、そうだと思った。……スレイ、魔素エーテルなら現地で調達してくればいいじゃないか。折角ルーンサイドに居るんだからさ。僕も手伝うよ」

「それは俺も考えたよ。……ルーンマウンテンか。まあ、現地調達するスタイルっていうのは俺の目指すやり方ではあるが」


 ルーンマウンテン。標高八〇〇メートル程の単独で聳え立つ、ルーンサイドを象徴する峰である。魔法都市ルーンサイドはこの山の麓に存在した。

 頻繁に魔物討伐が行われる為に怪物の出現率は低く、今は護衛を伴っての登山観光客も多いらしい。学者の中ではここを聖地と唱える者もいた。


 そしてルーンマウンテンでは、魔素エーテルが採取できる事で有名だった。

 魔法研究が王都セントラルシティではなく、一〇〇キロメートル以上離れたルーンサイドで発展を遂げたのは、このルーンマウンテンから採取される魔素エーテル、それによって作られるマジックポーションの存在が大きかったのである。

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