52.街外れのアトリエと来訪客

「こっちがエリアの部屋だ。ロイドと一緒に寝泊まり出来るから、ゆっくりしていってくれ」

 

 小一時間ほど歩き、街外れにあるアトリエまで到着すると、簡単に二階の部屋の案内を終え、ソファーで身体を休めていた。

 テーブルには温かいベルメ草のお茶が注がれたカップが二つ置かれ湯気をたてている。

 神妙な顔をしているスレイとは対照的に、エリアはずっとにこやかな笑顔を浮かべていた。


「どうかな。……きっと、すぐに月の輪亭が恋しくなるぜ。来年には建て替えするかもしれないって物件だからな」

「スレイさんに聞いていた通りでした。私はとても素敵だと思います。ここならロイドもすぐ外出できそうですね。散歩は任せて下さい」


 予想とは違いエリアの反応は良好だった。以前から街はずれの住家の事は彼女に伝えてあったので、想像とのギャップはそれほどなかったという事かもしれない。


「……実物を見てどう反応されるか心配だったんだけどな。賃貸料も安いし。今はお金に余裕があるから、移転を考えてもいいと思っているが」


 思う処があれば遠慮なく本音を言って貰いたかったが、あえて駄目出しを求めたい気分ではなかったので、スレイはここ以外の選択肢もある事を伝えてみた。

 

「私はスレイさんらしい選択だと思いました。……将来はこういった家で、のどかな処で生活したいです」

 

 その言葉を聞き、一瞬エリアとの辺境での生活を頭に思い浮かべた。

 そういう含みを込めて言ってくれたのだろうか。自分にとって都合の良い妄想を考えかけたが、すぐにそれを取り消して、エリアに視線を送る。

 向かいにいるエリアはそれに気づかず、少しうつむき加減で、何か言いたげにしているようにも見えた。


(……故郷に帰るったって、正錬金術師になってから、少なくともあと一年は先の話だ。今はそれを考えない方がいい)


 エリアと一緒に居ると、心が満たされた気分になるのを感じている。

 緩ませ過ぎてはいけない。スレイはお茶に手を伸ばし口をつけると溜息をついた。

 

「……スレイさん、フレデリカさんを御存知ですか?」


 先ほどから何かを言いたげにしていたエリアが呟いたのは、スレイがルーンサイド滞在中、もっとも強い印象を残した少女の名前だった。


「……エリア。それは、金髪でドリルのような髪型をしたお嬢様の事か?」

「ド、ドリル……? ……えっと、はい、そうです」


 エリアは戸惑いを見せつつも、肯定するように頷いた。


「フレデリカお嬢様の事なら良く知っている。……いや、それほどは知らないな。面識はあるよ。顔見知りだったのか」

「……実は絡まれた魔法学院生から助けてくれたのが、彼女の護衛のクロエさんで。その縁もあって、アトリエに伺わせて貰いました。私から見学をお願いしたという経緯もあります」

「それはまた凄い偶然だな。……フレデリカのアトリエはどうだった?」

「素敵な空間でした。フレデリカさんは、とても忙しくしているみたいです。……スレイさんの事をライバルと言っていましたね」


 ライバル。その言葉がスレイを刺した。


「ライバルか。そう言われても会わす顔がないな。……まあ、試験の段階では確かにそう言えなくなかったが」

「錬金術師試験で知り合ったのですね。ライバルという事は、お互い試験の結果が良かったのでしょうか」

「そうだな。筆記試験で満点を取った間柄とでも言えばいいのかな。実技についても色々あったが、そう認識させてしまう事はあった」


 スレイの話を聞いていたエリアは再び考え事をしていた。

 それは何かを思い出そうとしている仕草にも見える。 


「スレイさん。リチャードという上級錬金術師の方は御存知ですか?」 

「リチャード……いや、それは知らないな。……その人がどうかしたのか」

「クロエさんに気を付けるように、と言われました。……そのリチャードって方が、帰り際にフレデリカさんと言い争いをしていたので心配です」

「言い争いか。何かあったのかな」

「ポーションの価格について何か言っていたような……すぐにアトリエを出たので詳しくは分かりません」


 その話を聞いて、スレイは何となく事情を察した。

 忙しくしている見習い錬金術師のフレデリカ。上級錬金術師との言い争い。ポーションの価格について。

 それらを断片的に繋げるだけで、どういった事でトラブルになったのか容易に想像出来た。

 

「……商売っていうのは競争だからな。台頭するには元居た相手と利益争いをする必要がある。……この錬金術師のお膝元であるルーンサイドで頭角を現すっていうのは大変な事だ。出る杭は打たれるっていうだろ」

「確かにそうですね。……スレイさんはそういった事を考えて、この目立たない街外れを?」

「それもある。特に俺みたいな後ろ盾もない平民は、遠慮なくぶっ叩けるだろう。見習いが解けるまでの一年の滞在で、サンドバッグになりたくはないな。錬金術協会としてもそれを分かっているだろうから、派手な実績をあげなくても見習いは解いてくれると思う」

 

 スレイがルーンサイドの一年を穏便にやり過ごそうとしている理由の一つだった。

 嫌がらせに留まらず、生産者のギルドを無視した結果、凄惨な末路を迎えたという話も聞かない話ではない。

 錬金術師も商売である以上同じだろう。そして立場は対等ではない。


「フレデリカお嬢様はノースフィールドの公爵令嬢だからな。俺なんかと違って強い後ろ盾がある。リチャードっていうのが上級錬金術師だろうと、おいそれと打つことは出来ないだろう。心配はいらないさ」


 心配そうな表情のエリアを安心させる為に、スレイは楽観的な意見を伝えたが、フレデリカの護衛であるクロエが警戒を示した、リチャードという上級錬金術師の名前は記憶に留めておこうと思った。

 

     ◇


「スレイ。約束通り依頼人を連れて来たよ。……エリアも来てたのか。ちょうど良かった」


 翌日、約束通りにヘンリーが依頼人の学院生を同伴して姿を現した。

 彼の隣に居たのは、魔法学院の制服に短いケープを纏った少女。


「こんにちは。クラリッサと言います」


 挨拶をしたクラリッサと名乗る少女は目立つ特徴をしていた。

 まず膝より上にある短いスカートの丈が少し気になったが、何より特徴的なのはサファイアブルーの髪と大きな胸。そして横にぴんと張った長く大きい耳。


(……アカデミックなエルフか。ヘンリーの奴、随分と珍しい依頼人を連れてきたな)

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