50.聖女の街歩き-後編<エリア視点>
「初めまして、フレデリカさん。神聖術師のエリアと申します」
エリアはフレデリカに続き自己紹介を行った。
普段は聖女である事は伏せ、神聖術師の肩書を使っている。
以前聖女と名乗った事で、余計なトラブルの種を招いたのが原因だったが、自らは名乗るほど聖女らしさはないと思っている事もあった。
するとフレデリカは、エリアを俯瞰するように視線を送ると、頬に手を当てた。
「失礼。……もしかして貴方は王都の冒険者をしている聖女エリアではなくて。……スレイと狼のロイドという名は御存知かしら?」
「えっ、どうしてそれを」
フレデリカは聖女エリアの事を知っているようだった。
「スレイとは錬金術師試験で知り合いましたの。その際にエリアの事も窺いましたわ」
◇
「……わたくしの仕事場を見学したい? もちろん構いませんわ」
それからエリアは、フレデリカに案内されてアトリエ内にある仕事場を見学した。
仕事場には硝子細工の器具、陶器製の乳鉢と乳棒、そして大量の空き瓶らしきものが整然と並べられている。
錬金術師という職業に対するイメージがぼんやりとしていたエリアは大きな戸惑いを感じていた。
(……薬品を作製しているように見えますね。……錬金術師というのは、お薬を作るお仕事なのでしょうか)
スレイが真面目な顔で、この部屋の器具を使いこなす姿を思い浮かべようとしたが、上手く想像が出来なかった。
彼が勉強家な事は良く知っていたが、エリアの想像するスレイは、手際よく野営準備をしたり、ロイドと共に颯爽と野山を歩くアウトドアなイメージが強かったからである。
「フレデリカさん、ここでポーションを作っているのですか」
エリアは置かれている青色のポーションを見ながら訪ねた。
青い液体に見える独特の輝きは、MP回復の為のマジックポーションで間違いなさそうである。輝きは
「ええ。今の処は変成術を用いたポーション作製が中心ですわ。……エリアは錬金術師がどういった仕事が御存知かしら?」
その質問に対しエリアは首を振ると、フレデリカは妖艶に微笑んだ。
「変成術を用いた成果物による金銭取引。それを行う者をセントラル王国では『錬金術師』と呼ぶのですわ。……例えば」
フレデリカは作業机に置かれている金貨を一枚手に取ると、手のひらで詠唱を行う。
『変成術。
フレデリカの傾けた手のひらから、一〇枚の銀貨が零れ落ち、再び作業机に置かれた。
「金属から別の金属への変成を行う事で、手数料を取るお仕事も錬金術師と呼びますわね。……まあ、この枚数の両替では商売にはなりませんけど」
フレデリカ曰く、変成術による商売を行う者は、総じて錬金術師となるらしい。
使い方次第でいかようにも形があるとも取れる。スレイがどのような形の錬金術師を目指しているのか、エリアは気になっていた。
◇
仕事場の見学が終わり、エリアは玄関の近くにあるテーブルでフレデリカと談笑していた。
来客の応対用の柔らかなソファーは上質なもので、エリアはロイド以外の感触の心地良さを久々に感じていた。
「セバス。御苦労ですわ」
途中、執事服の老年の男性から、紅色のお茶をいただいた。
ティーカップを手に取り、お茶を飲む動作一つにしても優雅であり、フレデリカの育ちの良さを窺う事が出来る。
彼女に冒険の話をせがまれ、エリアは半月前の事件、そしてパーティー解散に至る事情、そして冒険者を引退しルーンサイドに滞在している事を話すと、フレデリカは納得したように頷いていた。
「それで、ロイドが二階の窓から飛び出しましたの。……とてもお利巧ですこと。そういえばスレイに会っていませんわね。……彼は今どうしてますの?」
フレデリカは扇で顔を隠しながら、興味津々といった様子でエリアに尋ねた。
「まだ本格的には活動していないと思います。……スレイさんに迷惑をかけてしまいました。私がルーンサイドに来た事で、彼の出鼻を挫いてしまったと思います」
「お話を聞く限りでは、決してエリアのせいではないと思いますけど。……では、わたくしのライバルは、まだ動いていないという事。……楽しみですわ」
どうやらフレデリカはスレイをライバルと目しているようだった。
彼女にそう思わせるだけの力がスレイにあったのだろう。それを聞いてエリアは少し嬉しくなった。
「フレデリカさん、お仕事は大丈夫ですか?」
「お気になさらずに。回復待ちだったので嬉しく思いますわ。わたくし、本当に体力に余裕がなくて……本当、この身体の弱さが口惜しい」
体力とは魔法を行使する為のエネルギーとなるMPの事だろう。彼女が変成術を使い過ぎたのかもしれないが、言い方からしてMPに恵まれなかったのかもしれない。
あらゆる能力がそうであるように、MPは生まれ持った才能が大きく影響する。魔法を使う上でもっとも重要なのは魔力だが、次いでMPが重要となる。
MPは『
次にヘンリー、差がなくスレイと続く。魔法を補助的に使うレイモンドはそれほど高くなかった。
(ポーションを服用しながらの仕事……フレデリカさん)
回復待ちという事は、マジックポーションを服用したという事だろう。服用していないのであれば睡眠をとらない限りMPは回復できない。
ポーションは遅効性なので、服用後、完全に効果を発揮するまではしばらく時間を置く必要がある。
そして材料である
ここ半月、MPを余らせていたエリアは申し訳なく感じた。先ほど説明に金属の変成術を使わせてしまっている。
エリアは意を決して、一つ提案をしてみる事にした。
「フレデリカさん、
丸々分け与えられるわけではなく、この魔法自体にそれなりの消費コストが発生するので効率はよくなかったが、神聖術を行使する機会がなく、MPを余らせている自分にとってはうってつけである。
「エリア。わたくしの商いに、貴女の力を借りるわけには参りませんわ」
「クロエさんに助けて貰った恩返しと思って、どうか使わせてほしいです」
フレデリカの傍に立っているクロエは、エリアの提案に肯定も否定もしなかった。あくまでフレデリカの意向に任せるという事だろう。
フレデリカは迷った様子を見せていたが、溜息をした後、一度頷いた。
「……では、お願いしますわ。貴女がクロエへの恩を抱えたまま、というのも心残りでしょうし」
二人してソファーを立つと、エリアはフレデリカの両手を握って微笑みかけた。
赤面した様子のフレデリカを前に、エリアは神聖術の詠唱を始める。
『
眩い光と共に、エリアの持つMPが握る手を伝いフレデリカへと移っていく。
フレデリカは両手を広げ、漲る魔法力を確認し、驚きの表情を浮かべていた。
「エリア、ありがとう。……わたくし、貴女の溢れる体力が羨ましいですわ」
エリアは
フレデリカは喜びと共に、羨ましそうな表情を見せ、少しうつむいていた。
その時、来客を知らせる玄関扉のベルが鳴った。
入り口には見知らぬ中年男性の姿がある。それと背の高い付きらしき男性が二名。
「……やあ、フレデリカさん。まだ半月足らずというのに、随分と景気がいいようですな」
中年男性は上質なスーツを身に纏い、その黒いスーツには金属製のバッジがこれみよがしに輝いていた。
「あら、リチャード先生。……お陰様でとても好評ですわ。何処かと違ってリーズナブルな価格で提供させて頂いていますのよ」
「……見習いなのだから、一年は謙虚になされたらどうです。田舎育ちのお嬢様は商売が何たるかをわかっていないようだ」
リチャードと呼ばれた男性も錬金術師なのだろう。
会話内容からすると商売上のライバルかもしれない。何やらただならぬ雰囲気である。
「あの、私、お邪魔でしたら……」
「失礼。……クロエ。エリアを玄関まで送って差し上げて」
フレデリカは笑みを隠すように扇を顔に当てて、リチャードに対し挑発するような視線を送っていた。
◇
「クロエさん、今のは……大丈夫ですか」
「心配は無用だ。……いや、スレイ殿も見習い錬金術師だったな」
クロエが少し考え事をしつつ、エリアに囁くように告げる。
「……先ほどの男はリチャードという上級錬金術師だ。……くれぐれも彼には関わらないよう、スレイ殿に忠告してくれ」
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