49.聖女の街歩き-中編<エリア視点>

 目の前に現れたヘーゼル色の髪をした女性が、エリアをかばうように割って入った。

 結われた太い三つ編みが背中で風に揺れている。質の良さそうな身なりからして何処かの騎士だろうか。

 片手にはやや大きな布袋を抱えていた。買い物かもしれない。

 

「……なんだよ、おっかない顔の姉ちゃん。……俺たちはそっちのお嬢さんに用があるんだよ」


 男──トーマスと名乗った軽薄そうな男は凄んだが、女性は全く動じなかった。

 そしてエリアの方を振り返る。涼しげな碧眼の視線が合った。


「私はクロエという。用があると言っているが」

「あの……知らない男性の方です。それに急いでいるので。私は用はありません」


 クロエと名乗った女性に問いかけられると、エリアはうつむき加減で首を振って否定した。

 とくに急ぎではない、あてのない街歩きだったが、男二人を拒絶するための方便である。


「……と、言っているが」  

「おい、邪魔するなよ。……代わりにアンタが相手をしてくれるっていうのか。オレはそれでも構わないんだぜ」

 

 ジョニーと名乗った男がクロエに手を伸ばそうとした。

 すると、クロエは伸ばした手を咄嗟に掴みあげ、手首を捻り上げる。

 ほんの一瞬の動作。もう片手には買い物らしき袋を抱えたままだった。


「あいてててて! ……お、おい、放せよ! いだっ!」

「身体に触ろうとするからだ」


 ジョニーと名乗った男は、手首を捻り上げられた激痛からか悲鳴を上げた。 

 クロエは無礼を嗜めつつも、言われた通りにすぐに手を離すと、鼻を押さえ訝しげな視線を送った。


「酒臭いな。魔法学院のエリートと言っていたか。……よく考えて行動しろ」

「なんだと……アンタ、どこの家の騎士だ」


 喧嘩の様子に周囲には少しずつ野次馬が集まってきていた。

 

「おい、まて、ジョニー。人が集まってきてる。……それに、あの紋章はノースフィールド公爵家の……」

「は? ……四大公爵家の……おい、それは間違いないのか」


 トーマスが腰に下げた剣の紋章を指さして説明すると、ジョニーの顔がみるみる青ざめていた。

 その名前はエリアにも聞いた事があった。四大公爵家が一つ、ノースフィールド。

 北方の広大な領土を王国家から授かり、王国と同じだけの長い歴史を持つ名門。


「……あの……すみません。人違いでした」

「その言い分を通してやる。さっさと行け」

 

 クロエに叱責されると、ジョニーとトーマスと名乗った男たちは一目散に逃げ出した。


「……やれやれ。魔法都市とは言うが、誰もが理知に溢れているわけではないようだな」


 大きな溜息をついた後、クロエはエリアの方を向いた。


「……随分とタチの悪そうな相手に見えたのでな。お節介だったら申し訳ない」

「すみません、本当に困っていたので助かりました。……私はエリアと申します」


 エリアはクロエに頭を下げ、自己紹介を行った。


「エリア嬢。何処かで……いや、失礼した。私は先ほど名乗った通りクロエという。ルーンサイドに滞在中のノースフィールドの騎士だ」


 そう言うと、クロエはエリアに対し敬礼した。

 その佇まいと顔立ちは、少し前にお世話になったエルフの冒険者ローザを彷彿とさせた。

 数年前、このような立ち振る舞いに憧れた事があり、形だけ真似をした事がある。似合わないと指摘され、すぐに止めてしまったのを思い出し、エリアは赤面した。


「……急ぎと言っていたな。引き留めてすまなかった」

「あの、急ぎというわけではないんです。特にあてもなかったので。……お礼をさせて頂けませんか」


 エリアの誘いに、クロエは少し考え込むような仕草をすると、


「申し訳ないが、頼まれたお使いを済まさなくてはいけない。……私の仕えるお嬢様は錬金術師でな。すぐアトリエに戻らなくては」


 錬金術師。その言葉にエリアの頭の中で何かが奔った。

 立ち去ろうとするクロエを引き留め、懇願するような表情を浮かべる。


「……あの、クロエさん。……そのアトリエの方に伺わせて貰っていいでしょうか。お客さんとして」


 これから見習い錬金術師となったスレイのお手伝いをする事になっている。

 お客としてクロエにお礼をしつつ、今後の為になる事を見て学べるかもしれない。エリアは錬金術師がどういったものか知らなかった。


     ◇


 クロエと一緒に歩く事、五分ほど。

『フレデリカの工房アトリエ』と、目立つ看板がかけられた建物に到着した。

 ルーンサイドやセントラルシティでは見かける事のない、優美な建物が目を引いた。

 もしかしたらノースフィールドの地では一般的な建築様式なのかもしれないが、北方の地に赴いた事のないエリアには分からなかった。


 扉にはクローズと書かれた札が掛けられている。既に店じまい、あるいは昼の休憩中という事かもしれない。

 クロエは二度ノックをした後、扉を開いた。

 心地よいベルの音が鳴り響く。

 

「フレデリカ様。只今戻りました」

「クロエ、遅かったですわね。……また人助けでもしていたのかしら。……あらまあ、其方の方は」

「ええ。少々タチの悪い男に絡まれていた処を。たった今知り合ったばかりです」

「クロエ。恩を着せて、といったやり方は、わたくしの方針に反しますわ」

「そのような事は決して。彼女がお礼にぜひ伺いたいという事で」


 目の前には渦巻くようなツインテールの金髪の少女。

 黒を基調とした優美なドレスで着飾った人形のような顔立ちは、彼女が高貴な者という事を一目見てわからせた。


「失礼。わたくしフレデリカと申します。ようこそ、フレデリカの工房アトリエへ」


 フレデリカが笑顔を浮かべ、恭しく挨拶をすると、エリアは心音が高鳴るのを感じた。

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