47.夜分遅く

 スレイが二階端にある二人部屋まで訪れると、エリアが扉の前で待っていた。


「……スレイさん、こんばんは。とりあえず入ってください」


 エリアは小声で囁くと、スレイを部屋に招き入れた。

 施錠音。密室となった事に少し鼓動が高まったが、スレイは極めて平静を装うと、気付かれないように呼吸を整えた。


「エリア、こんな夜遅くに悪かったな。まあ、他にも悪い事だらけだが」


 寝間着姿のエリアから目を反らしつつ、ばつの悪そうにつぶやく。

 部屋の中は、魔光石と呼ばれる明かりを放つ魔石が机に置かれ淡く照らされている。スレイが来訪した為、エリアが荷物から取り出したのだろう。それが何とも妖しげに映った。

 普段と違う事は色々と刺激が過ぎる。だが、とりあえず視線さえ送らなければ、普段通りを装う事が出来そうだった。


「スレイさんは、何も悪い事なんてしていません」


 エリアは凛とした声で、スレイの意見を否定したが、スレイは首を振った。


「いや、色々としてるんだ。例えばロイドは信じられないくらい賢いからな。使役能力がなくても恩義のあるエリアの言う事なら聞いてくれるだろうし、夜も部屋に残したままで問題なかったと思う。……降伏化が使えないと、流石に街歩きは難儀するだろうけどな」


 降伏化したロイドを床に下ろし、スレイは表情を落とし、手をかざす。


「それを認めたら……いや、主人としての小さい矜持プライドだな。……俺のやる事は、いちいち中途半端なんだよ」


『降伏化解除』

 

 そしてロイドの降伏化を解いた後、外套マントを外すと、空いた方のベッドに腰を掛けて仰向あおむけに倒れこむ。

 アトリエで焦燥感を覚えていた時は目が冴えていたが、ここまで辿り着いて安心したのか、眠気が押し寄せてきていた。徒歩による疲れもあるかもしれない。


「満室らしいから、ここで一晩寝ていくよ。……アトリエでは、朝の事がどうにも頭に引っかかって眠れなかった」


 スレイはそう言った後、離れたベッドに腰を掛けているエリアの方を一目見ると、恥ずかしそうに顔を紅潮させていた。

 朝の出来事は彼女としても想定してなかった行動なのだろう。ロイドが眠りについていた事による気の緩みだろうか。それ以上は聞かない方が良いと思った。

  

「あの……朝の事は、本当にごめんなさい。スレイさんの好意に甘えて負担をかけてしまって。……お店の方も大変な時期なのに」

「悪い気はしなかった。……あと、店の方がどうしようもないのは、俺が怠惰なだけだよ。故郷でスローライフを送るにはもう一山あるのにまずいとは思ってる。……ルーンサイドに留まるつもりならば見習いのままでも問題はないんだけどな」


 見習い錬金術師から錬金術師になると、魔法都市ルーンサイドからセントラル王国領全域に商売の範囲を広げる事ができる。

 つまりルーンサイドに留まって商売を続けるのであれば、実の処、見習いのままでも問題はなかった。

 ただ当然、見習いの店と正錬金術師の店、そして上級錬金術師の店では当然看板の重みが違うだろう。

 変成術の実力がいくら高くても、肩書きが見習いでは多くの者にとって見習いという認識である。


「見習いのうちは何処かのアトリエで錬金術師の弟子になるケースが大半なんだ。でも、俺には身請け先のあてがないから」 

「……それは、スレイさんが平民だからですか?」


 エリアの問いかけに対し、スレイは肯定するように頷いた。


「錬金術協会の監査役や受付の人は親身にしてくれているし、平民でも対等に接してくれる受験生も居たけどな。基本的には腫れ物扱いって事なんだろう。どうして平民なのに錬金術師なんて目指したんだって具合にな」


 イレギュラーが歓迎されない事は最初からわかっていたので、スレイは見習いのうちから独立するつもりで、マーロックの紹介を受け、街外れにある空家を借りている。

 だが立地も悪ければ、見習いという立場も悪い。そして宣伝も行っていない。当然訪れる客は皆無だった。

 手作りの簡素な看板に目を向けなければ、狩人の住む小屋とでも勘違いされそうな程である。


 ここ二週間の尋ね人は、アトリエを開く前に錬金術協会の監査役アルバートが来訪し、一応の許可を貰った事。そして近況報告の為にヘンリーと家飲みを二度行っただけである。


「スレイさん」

「ん?」

「……お店、これから頑張ってみませんか? ぜひ私もお手伝いしたいです」


 離れたベッドで横になっているエリアは、スレイの方を見て、少し張り切った口調で訪ねた。


「この二週間、スレイさんに恩返しをと考えていて。……身代わりの首飾りの事もありますし。……あの時は本当に助かりました」

「トータルなら助けられた回数の方が圧倒的に多いだろ。今まで何度、エリアの神聖術でパーティーが救われてきたかな」

「それはスレイさんだって同じです。……聞いてください。スレイさんが追放された後、三回の冒険をしました」


爆ぜる疾風ブラストウィンド』追放後の話。これからエリアが語ろうとしている事は、スレイにも少し興味があった。

 

「遺跡探索では半分以上の財宝を諦める事になりました。魔術による収納だけではなく、スレイさんの変成術が大きかったとヘンリーさんが説明していました。……他の人は認めようとしませんでしたけど」


 エリアはさらに続ける。


「……怪物退治の依頼ではスレイさんとロイドの護衛がなくなったせいで、ブリジットさんが大怪我をして、それが原因で追放にまで至ったんです。……野営の準備もスレイさんに任せきりだったから、みんな不得手で……」


 その後もスレイの知らない『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の出来事を、ぽつりぽつりと話し続け、スレイがいかに重要な役割を担っていたか力説すると、エリアは瞳から涙をこぼし始めた。

 どれも聖女の誇る強大な神聖術の力に比べれば些細なものに聞こえたが、もちろん軽視できない重要な役割であり、スレイがその場に居れば確実に成し遂げられた事だった。


 彼女はずっと見てくれていたのである。スレイは感極まってエリアから再び目を反らした。

 そして『爆ぜる疾風ブラストウィンド』のトラウマはまだ完全に癒されていない。話の流れのあやとはいえ、とても悪い事をしてしまっている。


「大変だったみたいだな。……俺の亜空間部屋サブスペースルームが使えなくなって大変そうだとか、後衛の守りはガンテツが入ってどうなるとか、俺がやってきた雑多な事の引継ぎが出来てない事とか、その辺りは気になってはいた。……もしエリアから見て俺の力が役に立ってたって事なら自信になる」


 スレイは意を決したように話を続ける。


「……明日から少しずつ動き出そうと思う。けど、貴族の鼻を明かそうとか派手にやりたいとは思っていないぜ。俺の力を必要としてくれる人間が一人でも二人でも居たら、それに応えたいっていうのが俺の理想だ」


 そして、言いたかった事をようやく伝えようとしていた。

 

「エリアに手伝ってもらえるなら嬉しいし歓迎するよ。……まあ、もう今日は遅いし、どうするかは明日以降に考えようぜ。時間はいくらでもあるからな」


 それだけ言い終えると、スレイは返事を聞く前に布団を被って目を閉じた。

 合わす顔がない。そんな心境だったからである。

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