46.心配事と夜歩き
ロイドが吠えているのは、ルーンサイドの市街地側に設置された窓である。
それはスレイが毎日往復している方角でもあった。
(──向こうは月の輪亭の……まさか)
スレイは二週間前に起きた忌まわしき事件を思い返していた。
二階の窓からスレイを乗せて飛び降り、危機にあったエリアの元まで駆け抜けた、神通力のような直感をロイドは持っている。
「おい……ロイド。まさか、エリアに何かあったのか?」
深刻そうな表情のスレイは窓を開放すると、ロイドの身体に跨がりつつ、身体をさすりながら問いかけた。
しかし──。
ロイドは大きくあくびをして身体を崩すと、再び眠りについた。
先程の唐突な咆哮は何だったのかというくらい、落ち着いた様子である。
「……おい、スレイ、何やってるんだ」
その一連の様子を見ていたヘンリーが、スレイに対し訝しげな視線を送っていた。
「……いや、以前こうなった時は、ロイドがお前たちの危険を察知したんだよ」
「野生動物の気配でも察して追い払ったんじゃないの? ……エリアの滞在する月の輪亭は、市街地にある安全な宿って言ってなかったか」
「ああ、いや、そうだが。……何だよお前、いきなり吠えて心配させやがって」
スレイはロイドから降りると、眠りについたロイドの頭に触れたが何の反応もない。
それが、まるで主人を
◇
その後、ヘンリーが帰ると、ベッドの布団に包まっていたスレイは、ぼんやりとした不安に襲われていた。
さっきのロイドの動作で、妙にエリアの事が心配になってしまったのである。
(流石に月の輪亭は安全だろう。……だが、ロイドに会いたがってエリアが夜間外出するって事はあり得ないか)
夕方過ぎにロイドを迎えにいった時のエリアは落ち込んでいたように見えた。
夕食を終えての別れの際は、ロイドとの一時的に引き離される事もあって大抵そうなのだが、今朝方のつれない自分の態度は良い選択ではなかったのかもしれない──そんな
(……いや、心配しすぎだろ。夜間は部屋の鍵をかけておくように言ってある)
そう思い直し、スレイは布団を被ると目を閉じた。
◇
結局それから数十分しても中々寝付けずにいた。
完全に意識が覚醒してしまっている。眠りの手助けとなる酔いもそれほど残っていない。
夜明けまで一徹するコースに乗りかけている──スレイは読みかけの本の続きを、と一瞬考えたが、すぐにその考えを改める。
きっと今の気分だと文が滑り、頭に残らないだろう。落ち着いた状況以外で本を読みたいとは思わなかった。
「……おい、ロイド、起きてるか」
月明かりが照らすだけの暗い部屋で、眠りについているロイドに一度だけ声をかけてみた。
もしロイドが動けるようなら、夜の散歩という
すると、ロイドは一度の声かけで目を覚まし、ベッドに横たわるスレイの顔の間近まで寄ってきた。視線が合う。
「ロイド、お前……俺の考えを見透かしているわけじゃないよな」
「ワゥ」
「……悪かったな。出来の悪い主人で」
スレイは布団を
秋の夜風は心地良い冷たさを帯びていた。往復で小一時間の道のりとなる。風邪をひかないように気を付けなくてはいけない。
◇
月の輪亭に到着すると、扉には満室の札がかけられている。
試しに二度ノックをすると、十数秒ほど後、扉が開く音と共にジュリアが応対した。普段ロールアップしている赤い髪が解かれ、緩やかなウェーブを描いている。いつもの
「……スレイさん。こんな夜分にどうしたんですか?」
結局スレイは降伏化したロイドを連れて月の輪亭まで歩いてきた。
時刻は二二時を回った頃。おそらく大半の者が眠りについている頃だろう。
「随分と遅くまで起きてるな。……夜の散歩だよ。目が冴えたんでね」
「もう寝るつもりです。スレイさん、今日は既に二往復してますよね。これで二往復半……歩くの好きなんですね」
ジュリアは半ば呆れたような口調で告げた。
「エリアはもう寝てるよな。……というか、ちゃんと部屋に居るよな」
「食堂には誰も居ませんよ。こんな遅くに出歩いたりはしないと思いますけど。……確認してきますか? ……というか、泊まっていったらどうですか」
「扉には満室ってあったが」
「……エリアさんが借りている部屋は二人部屋ですけど」
そう言い残すと、ジュリアは階段を昇っていった。一瞬止めようと考えたが止めなかった。
寝ていたら悪いとは思ったが、折角ここまで来たのだから、睡眠の妨げとなっていた安否確認をしたいと思った。
しばらくするとジュリアが階段を下りてきた。
「エリアさん起きてます。起こしてしまったかもしれませんが。スレイさんに話があるから来て欲しいって言ってますけど」
「ああ。そうなのか……」
「扉閉めていいですか。冷たい空気が入ってきます」
ジュリアは玄関の外で棒立ちになるスレイの手を引っ張った。
そして、玄関の扉を施錠する。
「もし宿泊しないなら、マーロックさんに頼んでから外に出て下さいね。鍵をかけないとまずいですから」
そう言い残すと、ジュリアはスレイを置きざりにしたまま、玄関の隣にある自室の方へ行ってしまった。
マーロックはカウンターのすぐ傍にある小部屋のベッドで睡眠を取っている。仕込みなど早朝から忙しくしているので、無闇に起こす事が迷惑となるのは間違いない。
スレイは髪を掻くと、意を決して音を立てないように階段を昇り、エリアの泊まる隅の部屋へ向かった。
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