26.試験終了
実技試験が終わり、午前午後に渡って行われた試験の全ての日程が終了した。
-錬金術師実技試験-
Aランク認定1名
Bランク認定6名
Cランク認定38名
Dランク認定(不合格)12名
認定なし(不合格)3名
首席合格者 43番フレデリカ
実技合格者は六〇名のうち四五名。実に四分の三が実技試験を通った事になる。
不合格者は、金ないし銀への変成が出来なかった者たちで、この中には普段は変成が出来ていたのに、緊張からか実力を発揮できずに失敗してしまった者も多くいるようだった。
逆に金の変成に一度も至ったことがないのに、駄目元でぶっつけ本番で挑んだ者はいずれも上手くいっていない。
そんなまぐれ当たりがあるほど変成術は甘いものではないと断言できる。
確立してからまだ歴史の浅い新興分野の魔法で、魔術や神聖術といった古の時代から知られている魔法よりノウハウが少なく制御が難しいからである。
魔術もBランクまで扱えるスレイの見解からすると、変成術Cランクでも魔術Bランク並の術式構成の難易度がある。将来的には分からないが現段階の変成術は1ランク上にスライドさせて考えるのが妥当と言えた。
「……これにて錬金術師試験を終了とする。合格者は受付でバッジを受け取る様に。解散」
そして、試験官を務めたアルバートの宣言をもって、錬金術師試験は終わりを迎えた。
筆記・実技共に合格した者は、見習い錬金術師の証であるバッジを手渡される。
これ一つで効果があるわけではない。このバッジが効力を示すには、後で名入りで配布される合格証書が合わせて必要となる。後はその発行を待つばかりであった。
◇
「スレイ殿」
解散後、錬金術師協会の入り口付近で、フレデリカの護衛であるクロエに話しかけられた。
だが、彼女の主であろう金髪ドリルのお嬢様、フレデリカが居ない。
「……ええと、クロエさんか」
「ああ。実技試験で何かあったようだな」
その言葉を聞いたスレイはフレデリカの冷たい視線を思い出すと共に、自らの鼓動が高まっていくのを感じていた。
次に何を言われるのかと身構えたが、クロエから出た言葉は説教ではなかった。
「スレイ殿にも事情があったのだろう。……錬金術師試験は競争ではなく、個人の技能を示せるかどうかと言っていたな。私もそう思う。仮に何かあったとしても他者との比較ではなく個人の問題だ」
その台詞は半分は救いとなったが、もう半分は自己嫌悪となって心に渦巻いた。
個人の問題と考えるならば、なおさら、あの半端な行動の
あんな半端に実技を終えるなら、当初の予定通り金の変成を終えて手を止めれば良かったのだ。
それならばペーパーテストだけしっかり対策してきた平民という扱いで終わっていただろう。
(フレデリカへのライバル意識……いや、ただの自己顕示欲だろ。筆記といい、あの場に居た貴族たちに一泡吹かせたいという気持ちは間違いなくあった。中途半端だな俺は)
そして様々な感情が渦巻いた結果、
実にどっちつかずな事をしたものである。
「……フレデリカお嬢様は?」
「挨拶を頑なに拒否をされていてな。今は会いたくないと言っている」
その言葉によって、スレイが気まずそうな表情を浮かべたのに気付いたのか、クロエが助け舟を出すように続けた。
「……私ごときがフレデリカ様の心持を推し量るのは無礼に当たるが、一つだけ。
それを聞いたスレイは、ほっとしたように大きく息をした。
相手は公爵令嬢であり雲の上の存在であるが、あれをもって絶縁というのは、あまりにも後味が悪い気がしたからである。
「わかった。わざわざありがとう。俺が悪い。ライバルとして受けたのに半端な事をしてしまった。……直接謝りたかったが、クロエさんから伝えておいてくれないか」
「了解した。……もしフレデリカ様の方から謝罪があれば、スレイ殿に受け入れて貰いたい」
「それは当然だ。……俺みたいな平民が畏れ多いよ」
卑屈になっているつもりはない。だが、相手はかの四大公爵家ノースフィールド公の令嬢である。
許してあげないなんて選択肢は考えられない。何より彼女の性格は嫌いではなかった。
「……私もフレデリカ様のお供として、一年ルーンサイドに滞在する予定だ。また顔を合わせる事もあるだろう。それではスレイ殿。失礼する」
クロエは一礼すると、スレイの下から去っていた。
◇
「スレイさん、お帰りなさい! ……って、その表情はまさか」
月の輪亭の宿屋の娘ジュリアは、玄関に姿を現したスレイの元気なさそうな様子を見て青ざめていた。
「ただいま、ジュリア。……いや、一日がかりで疲れただけだ。合格はしたさ」
スレイは手に持っていた、見習い錬金術師の証であるバッジをジュリアに見せた。
「よかったです。もう準備しちゃってましたよ。スレイさんが合格は間違いないって自信ありげに言ってましたから」
ジュリアの視線に誘導されるように、一階の食堂に目をやると『合格おめでとう!』などと書かれた張り紙がしてあった。
他の客も僅かながら居るのである。恥ずかしい事この上ない。朝方は無かったが、いつから準備をしてあったのだろうか。
「合格祝いと称した飲み会は今日だったのか。……ああ、弁当ありがとう、旨かったぜ」
「どういたしまして。……スレイさん、合格したというのに、そんな浮かない顔をして。一体どうしたんですか?」
何処か冴えない雰囲気のスレイを見て、ジュリアは首をかしげながら不思議そうな表情で尋ねた。
「……いや、色々あってな。心配はいらないよ。ロイドに会ってくる」
ゆっくりと宿屋の階段を上がり、借りている部屋に戻ると、主人の帰還に気付いたロイドが駆け寄ってきた。
「ロイド、俺はとうとう夢への一歩を踏み出したぜ。……必ずお前を俺の故郷に連れていくからな」
スレイは駆け寄ってきたロイドに身体を預けた。
こうやってロイドと戯れていると、嫌な事があっても大抵は忘れる事が出来る。
だが、今回の件は完全にはいかないかもしれない。それだけ今日会ったフレデリカという公爵令嬢は、強い印象をスレイに残していった。
(ああ随分と半端な事をしたな。……どっちつかずって意味ではヘンリーの奴を悪く言えた義理じゃない)
ふと、かつての仲間だった片眼鏡の賢者の事がスレイの頭に浮かんでいた。
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