25.錬金術師試験・実技の部-後編
「フレデリカ様!」
「
試験の最中にも拘わらず興奮さめやらぬのか、フレデリカに対する拍手と賞賛は中々止まらなかった。
この様子にはフレデリカも面食らっていたようだった。こういった公正が求められる場で、特別扱いして欲しくないのかもしれない。
「……皆様。実技試験の最中ですわ。静粛にするべきではなくて」
目を閉じながら、自らを賞賛する受験生を嗜めるフレデリカだったが、顔を赤らめているのが分かった。どうやら賞賛が嬉しくないわけではないらしい。
言う通り試験中のマナーとしては、どうかという処ではあるが、目上の者である公爵令嬢の成し遂げた事と考えれば、その余韻を害する事は無礼とも無粋ともいえるかもしれない。スレイもフレデリカが止めるまで、皆に合わせるように小さく拍手を送っていた。
試験官のアルバートは無表情のまま、拍手と賞賛が止むのを待っているようだった。
(……これでフレデリカは筆記試験と実技試験を完璧にこなしたわけか。本当に努力をしているんだな)
才能がある上で研鑽を積んでいる努力家である。そしてファーストコンタクトの時も、貴族にありがちな高圧的な態度はほとんど見られなかった。少なくとも公ではない場なら、偉ぶる態度を取る必要はないと考えている。
上級貴族に良い印象を抱いていなかったスレイは考えを改めた。もっともスレイは伯爵より上の身分の貴族と接する機会は数える程しかなかったので、その数える程のケースが良くなかったという事である。
ヘンリーといった貴族の知人もいたが、彼はそこまで裕福とはいえない子爵家の三男坊だった。魔術では名の知れた家の生まれだったが、学費の工面等で家は中々蓄財が出来なかったらしく、彼はそういう事もあって育ちこそ良かったが割と庶民的な思考をしていた。
(ノースフィールド公の四女と言ってたか……俺なんかじゃ想像の付かないような苦労もあるに違いない)
そんな事を思いつつも、スレイは再開された受験者の実技の様子をぼんやりと眺めていたので、フレデリカが一度送った視線には気付かなかった。
◇
「82番、スレイ。前へ」
アルバートが受験番号と名前を読み上げた。スレイが一番目の机の前に立つと、多くの者の視線を感じた。フレデリカの時ほどではないが、平民による筆記試験満点合格は、多少の興味の的になっているのだろう。
(──師匠。こういう時は貴方の力を借りてもいいのか)
当初スレイは金の変成を終えて最低限の実技で試験を終えようと考えていた。認定はおまけであり、合否はあくまで金の変成が出来るかどうかである。
だが、筆記で満点合格を取り、お互いにライバル宣言したフレデリカという実力者を目の当たりにして、スレイの中で一つの迷いが生まれていた。
「……では、82番。始め」
アルバートが宣言すると、スレイは最初の机にある銅塊に向けて手をかざした。
『変成術式。
スレイは素早い動作で詠唱を始めると、10キログラムの銅塊は1キログラムの銀塊に姿を変えた。
天秤に1キログラムの銀塊を乗せて釣り合いを確認すると、銀塊を手に第二の机に移動した。
『変成術式。
第二の机に置いた銀塊1キログラムは、100グラムの金に姿を変える。そして同じように秤の釣り合いが確認出来た。
この金の変成成功の時点で、スレイの錬金術師試験の合格は決定した。
周りの者も、その点は特に驚いてはいない。金の変成までは出来ると目していたのだろう。今後スレイがどこまでやるのかを注視していた。
スレイとしては、ここで終わりを宣言しても問題はない。ランク認定は試験に兼ねて行っているおまけのようなものである。
だが、スレイは変成を終えた100グラムの金を掴むと第三の机に移動した。
「あ……まさか、
「いや、それより、あいつ……ペースが早い……動作もやけに」
スレイの詠唱はこの場に居る誰よりも流暢で速かった。
その速さは
『変成術式。
第三の机で、スレイは
間違いなく釣り合いは取れている。それを確認すると、スレイは
「や……やりやがった。変成Bランク。5人しか達成してないのに」
「最後の机に……あいつが
「馬鹿な事をいうな。フレデリカ様に決まってるだろ」
「……でも、あいつの方がペースが……条件が同じなら完成した速度が関係しないか」
「そんな馬鹿な。後番が有利過ぎる欠陥だろ」
耳の良いスレイは、聞かない方が良い雑音まで聞こえてしまっていた。
一瞬だけフレデリカの方を振り返ると、彼女は緊張したような面持ちでスレイの変成を見守っている。
(ここまでは昔からできた。──これ以上は公平なライバルに対してというなら)
目を閉じたスレイの手が止まった。
そして表情を落とすと、10グラムの
「──82番。終わりかね」
「ああ」
アルバートの問いかけに対し、スレイは
「……82番スレイ。Bランク認定を以って、実技試験を合格とする」
アルバートの宣言が終わると、スレイの実技に対して一斉にどよめきが起きる。
「……脅かしやがって。流石に
「だがBランク認定。……あの詠唱速度といい、フレデリカ様ほどではないが実力はあるって事だ」
「……アイツ、本当は
「……まさか。それはないだろう。あの表情は無理だと悟った感じだったぜ」
スレイはアルバートに一礼すると、大きく息をはいた。
そして、元の位置に戻る最中、フレデリカと視線が合う。
フレデリカは賞賛することなく、無言のまま軽蔑の眼差しとも取れる冷たい目をしていた。
彼女が怒り、そして落胆している様子がスレイにもありありとわかった。
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