24.錬金術師試験・実技の部-前編

「強敵か。……フレデリカお嬢さん。錬金術師試験は競争試験ではない。あくまでも個人の技能を示せるかどうかじゃないか」


 スレイはライバル意識をあらわにするフレデリカを嗜めるように伝えた。

 だが、フレデリカはスレイの言った事に簡単には納得せずに食い下がった。


「そうはおっしゃっても、合格したら一年はルーンサイドに滞在するのでしょう? 競争相手になるのではなくって」  

「まあ確かに。ただ、俺は誰よりも名を上げようとか、そういう思いはないよ。もちろん試験は合格はしたいけどな」

「謙遜していらっしゃるのね。……それはスレイの出自を弁えての事かしら」

「そういう面もなくはない。まあ、そう言いつつも満点に嬉しさを覚えるのは、他者より優れたいという思いが全くないわけではない」


「いずれにしましても」


 フレデリカは一拍おいて、続けた。


「わたくしは、もう一人の満点合格者である貴方をライバルと仮定して実技に臨もうと思いますわ。よろしくて」


(よろしいとは思えないな。……ただ、悪いお嬢さんではなさそうだ。無下にするのはよくないか)


 スレイはライバル意識を露わにするフレデリカに内心困惑しつつも、無理矢理に笑いかけフレデリカに伝えた。


「わかった。俺もフレデリカお嬢さんをライバルと思って臨む事にするよ。よろしくな」


     ◇


 昼休憩が終わり、筆記試験合格者六〇名は、大きな部屋に集められた。

 部屋の真ん中には等間隔で四つのテーブルが並べられている。

 スレイから見て左端のテーブルにはそれなりに重量のありそうな銅塊が置かれ、傍にはアルバートが立っていた。


「これから錬金術師試験、実技の部の説明を始める」


 試験官は引き続きアルバートが担当するようである。

 アルバートは白手袋をはめた手で、銅塊を持ち上げた。


「10キログラムの銅塊だ。これを1キログラムの銀に変成し、天秤をもって釣り合いを確認する。成功したらそれを手に二番目の机に移動する」


 アルバートは続けた。


「二番目の机で1キログラムの銀を、100グラムの金に変成する。この変成が成功した時点で、変成術Cランク相当とみなし、実技試験は合格とする」


 金属等級の低い銅や銀から金を作り出す。それは『錬金術』の名の示す通り錬金術の起こりの原点ともいえるものだった。

 実際はアルバートが言った通り、変成には多くの銅や銀を必要とするので、それによって富を生み出す事は叶わなかったが、錬金術師試験には相応しい実技といえるかもしれない。

 

「もし、さらに変成が出来るのであれば、三番目の机で金100グラムを白金プラチナ10グラムに。四番目の机で白金プラチナ10グラムを霊銀ミスリル1グラムにしても良い」


 アルバートは最後に付け加えた。


「銀の変成でDランク認定。金の変成でCランク認定。白金プラチナの変成でBランク認定。霊銀ミスリルの変成でAランク認定を与える。……何か質問は」


 変成によるランク認定は、受験者は事前に知っている情報で、アルバートの説明はその再確認である。

 錬金術師を名乗るにはつまるところ、金の変成が出来るCランク以上の変成術を行使できる必要があるという事だった。

 

     ◇


 実技試験は受験番号順に行われるらしい。

 複数の職員で一人ずつ見ている為か待ち時間がある。暇を持て余している受験者の中には小声による会話をしている者も居た。


「……どうせ大半がCランクだろ。なあ白金プラチナの変成出来るか?」

「俺は無理だよ。お前はどうだ?」 

「無理。この受験者の中に一〇人居るか居ないかってとこじゃないのか。霊銀ミスリルに至ってはフレデリカ様専用に用意したものだろう」


 例の貴族三人組である。筆記でギリギリと言っていた一人も合格していた。

 その会話内容からして、彼らは全員、変成術Cランク認定相当の使い手のようである。


「……あの満点取った平民はどうなんだ。ちっ、白金プラチナの変成をされたら、俺たちの面子が丸潰れだな」


 筆記試験をギリギリで通った貴族がつぶやいた。確かアルバートに70点と読み上げられガッツポーズをしていたのを覚えている。

 その時点で既に面子もクソもないだろう。そして、やはり平民をナチュラルに見下している。 


(だから聞こえてるって。……まあ、どうでもいいが。こうして見ると、フレデリカは、かなりまともに接してくれたんだとわかるな)


 スレイは腕を組みながら、遠巻きに試験の様子を眺めていた。

 大半が金の変成を以って試験を終えている。中には緊張して実力を発揮できなかったのか、ぶっつけ本番だったのか、銀の変成に成功したものの金の変成に失敗し、Dランク認定止まりで不合格になる者も居た。


 そして43番。金髪ドリルの公爵令嬢、フレデリカの出番が訪れた。

 お喋りをしていた少数の受験者たちも流石に静まり返り、視線が一斉に彼女に集まる。


『変成術式。青銅ブロンズ──白銀シルバー

 

 フレデリカが銅塊に手を触れ詠唱を行うと、10キログラムの銅塊は銀塊に姿を変えた。

 変成された銀塊を机に設置された天秤に置くと、つり合いがとれたのを確認出来た。

 フレデリカは二番目の机に移動すると、1キログラムの銀塊を机に置く。


『変成術式。白銀シルバー──黄金ゴールド


 銀塊は金へと姿を変え、同じように釣り合いを確認する。

 この時点でフレデリカの錬金術師試験の合格は決まった。だが、これで終わりではないだろう。

 彼女は100グラムの金を手に取ると、三番目の机に向かった。

 

(……随分と様になっているな。なめらかで美しい術式だ。フレデリカが相当の修練を積んできているのは間違いない)


 詠唱の動作を見る限り彼女は紛れもない天才であり、そして相応の努力を積んでいる。

 スレイはフレデリカをそう評した。


『変成術式。黄金ゴールド──白金プラチナ


 三番目の机で、フレデリカの白金プラチナの変成が成功した。

 これでBランク判定。そして、フレデリカは10グラムの白金プラチナを手に取って、四番目の机に移動した。

 周辺からどよめきが起きる。

 

 フレデリカは、すぐに変成をしなかった。

 四番目の机に置いた10グラムの白金プラチナを前に、緊張した面持ちで大きく深呼吸をする。

 そして、フレデリカの様子からして、確実に成功すると確信するまでには至っていないのかもしれない。

 成功すればAランク認定となり、上級錬金術師相当の実力が示される事になる。錬金術協会の職員でも、この領域まで至っていない者も多く居るだろう。

 

 やがて、どよめきが途絶え静まり返った部屋で、ようやくフレデリカは手を伸ばすと、変成術の詠唱を始めた。


『変成術式。白金プラチナ──霊銀ミスリル


 そして、白金プラチナは、硬貨ほどの大きさの霊銀ミスリルに姿を変えた。

 フレデリカは震える手で、机に置いてある秤に変成された霊銀ミスリルを置く。すると天秤は1グラムのつり合いを示した。


「……43番フレデリカ。Aランク認定を以って、実技試験を合格とする」


 アルバートが静かにそう告げると、周囲からは満点合格発表の時以上の、どよめきと大きな拍手が巻き起こった。

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