23.北方公爵
(……おいおいおい、どうすればいいんだ)
公爵令嬢フレデリカを目の前にスレイは面食らっていた。両サイドのドリルの威圧感に気圧された訳ではない。口を開けば粗相をする自信があったからである。
スレイは多くの貴族のように礼儀作法を学んではいない。言葉遣いの荒っぽさもあって第一声に困り、押し黙ったままだった。
「……失礼。わたくしの自己紹介がまだでしたわね。……ノースフィールド公サイラスの四女、フレデリカと申します。以後お見知りおきを」
フレデリカは微笑むとゴシックドレスのスカートの裾を摘まみ、恭しく挨拶をした。
(ノースフィールド。……北方公爵か。言われてみれば)
四公爵家。それの成り立ちまで完全に説明するにはセントラル王家成立の、五〇〇年ほど前まで遡らなくてはいけない。
かいつまんで説明すると、セントラル王国から東西南北、四方の広大な領地を授かりし名門という事だった。四公爵家は隣国や蛮族からの緩衝や防衛の役も兼ねている。
ノースフィールドは名の通り、王国北部に位置する地方を指す。
スレイは足を運んだ事はなかったが、夏期は冷涼で過ごしやすいが、冬期は山岳地帯から吹き下ろす風で強い寒波と大雪に見舞われると聞いた事があった。
そして、そう自己紹介をされてみると、フレデリカの人形のような顔立ちは、ノースフィールド地方の特徴を持っている気がした。若い内は特に美男美女が多いとされている。
(……とりあえず、座ったままはまずいな。立たないと)
スレイは音を立てないように、おそるおそる椅子を動かそうとした。
そのぎこちない動作を気取られたのか、フレデリカの隣に居る護衛の女性、クロエが口を開いた。
「スレイ殿。この場での粗相は気にしないで頂きたい。フレデリカお嬢様は対等な立場で話をしたいとの事だ」
一応の気遣いだとは思うが、スレイはその言葉に苦笑いを浮かべた。
(……対等って、流石にそれは無理ってものがあると思う)
とはいえ、第一声にすら困っていたので、クロエの助け船はありがたかった。
多少口調がおかしくても気にしなくてもいいという事だろう。それなら何とかなりそうである。
「フレデリカお嬢さん。……俺は育ちが悪い。色々失礼があると思うから、予め謝っておくよ」
そう一言告げてから、スレイは自己紹介を始める事にした。
「……スレイという。知っての通り平民だ。今までは冒険者をやっていた。第二の人生として錬金術師を目指そうと思っている」
「……まあ、冒険者ですの」
「元冒険者な。……王都セントラルシティで五年ほど。一応それなりに名の知れたパーティーに参加していた事もある。……あ、先程はどうもありがとう。助かったよ」
◇
自己紹介を終えて食事を済ませた後、スレイは成り行きで自らの冒険で体験した話をフレデリカに聞かせる事になった。聞きたいとせがまれれば断るのは難しいからである。
一応、王国内の話なので一部実名は出さず、あくまで脚色したフィクションと断ってある。
「……それで、結局、誰が犯人でしたの?」
「ああ、実はその領主の弟が黒幕でな。裏で領主と村民を仲違いさせようとしてたって訳だ」
「……弟。確かに怪しかったですわね。お人好しにみえて実はっていうのは、よくある事かもしれませんわ」
「身に覚えがあるって奴か。俺もあるよ。何処にでもあるだろうな」
一見ミスマッチともいえそうな、今回の受験者の中で最も低い身分のスレイと、高い身分であろうフレデリカの会話は意外にも弾んでいた。
スレイは礼儀作法を知らなかったが、それ以上にフレデリカは世間知らずだった。それで、どうやら冒険者稼業というものに興味があったらしい。
身の回りに冒険者が居なかったのだろう。四公爵家ゆかりの者で冒険者に身を落とした者がいるという話は聞いた事がなかった。
もっとも仮に居たとしても、家の名声に配慮し、四公爵家である事を名乗る者はいないかもしれない。
冒険者というものは誰からも手放しで讃えられるような高尚な稼業ではない。上位にはガンテツみたいな悪名高い男も混ざっているのである。
(……貴族でも冒険者はいるっちゃいるけどな。ヘンリーも子爵家の三男坊だし。……俺の変成術の師匠も貴族だったはずで)
スレイはふと、パーティーの中では親しい方だった知人と、そして今は亡き師匠の事を思い出し、感傷的な気分に襲われた。
故郷での出会いは、スレイが錬金術師を志す事になったきっかけだった。
「冒険話、面白かったですわ。……スレイは、わたくしに何か聞きたい事はありまして?」
笑顔を見せるフレデリカの問いかけに、スレイはわざと考える素振りをした。
聞きたい事が全く無いわけではない。というよりも、彼女を一目見かけてからどうしても聞きたい事があった。
(……一番気になっているのは、そのドリルみたいな髪型を、どうやって作って維持しているのかだが)
その質問がスレイの口から出る事はなかった。
クロエが目を光らせている。対等に接して良いとの事だが、やはり限度がある。
「……いや、咄嗟には思い付かないな。公爵家の事をここで聞くのは流石に拙そうだし。何より今はそれほど時間がなさそうだ」
気付けば休憩終了まで一五分ほどになっている。あっという間に休憩時間は終わりを迎えようとしていた。
「まあ、もうこんな時間。……スレイに聞こうと思っていた事を失念しておりましたわ」
「聞こうと思った事?」
「筆記の最終問題。スレイがどのように、あの難問を解いたのかを聞きたかったのです」
筆記試験の満点を阻む難問。話が脱線して弾んでいたが、フレデリカがスレイの元に来た理由はそれだったのだろう。
だが、それほど種も仕掛けもある訳ではない。
「……ああ、あれか。時間をかけて解いたとしか言えないな。フレデリカお嬢さんもそうじゃないのか」
「そうですわね。そして、おそらくは、わたくしと貴方しか解けなかった」
あの問題を解けて、他で落とすというのは確かに考え難かった。
「……解けた理由は、筆記くらいはしっかりやらないとと思ったからかな」
スレイが特に意識せずに、ぽつりと
「筆記くらいは? ……スレイは実技に自信がないのかしら」
「あ、いや、それは問題無いと思う。一応、冒険者ギルドで技能認定士から変成術Bランクの認定を受けている」
そのスレイの言葉に、フレデリカは、やや難い面持ちを見せた。
「Bランク認定という事は、既に
フレデリカは台詞にライバル意識を垣間見せた。
お互い満点合格者である。そういった意味で、実技では負けたくないと思いからの敵情視察だったのかもしれない。
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